『日本人はどう住まうべきか?』2

<『日本人はどう住まうべきか?』2>
図書館で『日本人はどう住まうべきか?』という本を手にしたのです。
おお 養老さんと隈さんが、ニッポンの住宅を語り合った本ではないか♪
住宅政策や住宅広告の裏まで突き通してばらしてしまうような内容ではないかと、期待するのです。


【日本人はどう住まうべきか?】


養老孟司, 隈研吾著、日経BP社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
都市集中。過疎。自然喪失。高齢化。そして、震災、津波。21世紀、どこに住み、どう生きるのが幸せだろう。
【目次】
第1章 「だましだまし」の知恵/第2章 原理主義に行かない勇気/第3章 「ともだおれ」の思想/第4章 適応力と笑いのワザ/第5章 経済観念という合理性/第6章 参勤交代のスヽメ

<読む前の大使寸評>
おお 養老さんと隈さんが、ニッポンの住宅を語り合った本ではないか♪
住宅政策や住宅広告の裏まで突き通してばらしてしまうような内容ではないかと、期待するのです。

rakuten日本人はどう住まうべきか?



第1章「だましだまし」の知恵を見てましょう。
p12~16
<津波はノーマークだった建築業界>
養老:隈さんは震災のとき、どちらにいらしたんですか。

隈:台湾にいました。東京の事務所のスタッフと電話をしていたのですが、初めは普通に「揺れてます」と言っていた電話口のスタッフの声がだんだん切迫してきて、そのうち裏返ってしまったので、これは尋常じゃないなと思いました。1時間ぐらい後から台湾でもニュースがどんどん流れて、とんでもないことが起きたんだと分かりました。

 日本に戻ったのはその2日後です。東北にはいくつか僕が設計した建物があり、それがどうなったかも心配でした。自分の建物が地震でつぶれたとなると、建築家の社会的信用に関わりますから。10年ぐらい前に、宮城県石巻市の北上川沿いに「北上川運河交流館」と、そこから北に行った登米市に「森舞台/伝統芸能伝承館」を設計しました。特に北上川運河交流館は、北上川の河口に近いところにあり、しかも意図的に北上川の土手に埋もれるように作ってあるので、津波を完全にかぶる位置なんです。

養老:その建物は大丈夫だったんですか。

隈:震災から2週間後にやっと電話が通じて、大丈夫だということが分かり、3週間後に現地に入りました。地面は全体が液状化していて、建物の周辺にある歩道はズタズタになっていました。それでも建物本体には奇蹟的に水が入らず、ダメージはなかったんです。建物のすぐ裏側のギリギリにまで津波が来たのですが、建物はほんの少しだけ高さがあって助かりました。運が良かっただけなのかもしれませんが。
養老:北上川は津波が50キロも遡ったという話も聞きました。
隈:3週間後に現地を見たときは、周辺の地面全体が下がったせいで、川の水位が1メートルくらい上がっていました。川は水位が1メートル上がるだけで、景色がまったく変わって違った場所のようになるんですね。村上春樹の小説『1Q84』で主人公が月が二つある世界に来たみたいに、違う世界に来てしまったような感じがして体が震えました。

養老:2004年に起きたスマトラ沖地震で大きな津波被害があったでしょう。僕はちょうどその1年前の同じ時期にプーケットにいたんですよ。1年ずれていたら津波に遭ってエラいことになっていたんだけど、そうういう津波が日本に来るとは思わなかった。

 京都大学の総長をやっていた地震学者の尾池和夫さんによると、スマトラ沖地震について研究すると、日本の巨大地震のことを考えるのに役立つそうです。というのも、同じような形をした列島には同じような現象が起こるんです。列島はプレートとの関係でできるから。地図を90度回転させて日本列島とスンダ列島とを比較するとよく分かるそうです。

 建築業界では、津波についてどう対策を考えていたんですか。

隈:驚くべきことに、津波に関してはノーマークだったんです。日本建築学会では、耐震設計については盛んに研究されていて世界トップレベルなんですが、津波については、部会もなかった。考えてみればこれはおかしかったな、と後でみんな言っていました。

 どうしてそういう空白があったかというと、津波は何メートルになるか予想できないもので、どういう方向から来て、どういうふうに流れるのかも分かりませんから、来ることは分かっていても、何も考えなかったのではないか、と。

 驚くべき無防備の状態ですよね。無意識のうちに、コントロールできるものと、コントロールできないものとの間に線を引いていたとしか思えない。まさしく養老先生がベストセラーに書かれた「バカの壁」ではないかと。

養老:日本人はみんなそういうふうに考えるものなのかもしれない。でも、建築学会って明治から百何十年も続いている学会でしょう。しかもその百何十年の間に、関東大震災でも津波があったし、ペルー沖地震のときだって津波がきたし、奥尻島の地震だって非常に大きな津波被害があった。津波の経験は日本になかったわけじゃないんですよ。

隈:建築学会では、いっぱい部会を作って、つまらないと思えることまでこまごまと研究しているんだけど、肝心な津波に関してはまったく研究されていなかった。今回、悲劇の多くは津波によるものでしたからどうかしていたと思います。

 確かに日本は一番、津波のリスクが高い国であるはずなのに、膝元の日本建築学会が津波は予測不可能だから「ない」ことにしていたのであれば、人間の頭の構造、特に理科系の人の頭の構造というのは、僕自身も含めて、自分のできることしか考えていないのかもしれません。

ウーム あれだけ多重防御を謳っていた原発が全電源喪失に陥ったが、日本建築学会の場合は、津波対策そのものが無かったということに驚いたわけです。

『日本人はどう住まうべきか?』1

この本も主体的な住居とはに収めるものとします。

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