『郊外の20世紀』2

『郊外の20世紀』2
図書館で『郊外の20世紀 テーマを追い求めた住宅地』という本を、手にしたのです。
戸建て2世帯住宅を苦労して建てた大使は、この種の住宅絡みの本はよく読んできたので・・・借りる決め手になったのです。



【郊外の20世紀】


角野幸博著、学芸出版社、2000年刊

<商品の説明>より
郊外に住宅地が生まれて100年。関西を舞台にこれからの「住宅地とテーマ」を考察
この本は郊外住宅地に関心を持って20年ほどになるという著者の郊外住宅地論である。副題に「テーマを追い求めた住宅地」とある。戦後,開発してきた住宅地をテーマタウンと位置づけ,その開発を供給側である開発者と,需要側である居住者の双方の視点から読み解こうと試みた意欲作である。

<読む前の大使寸評>
戸建て2世帯住宅を苦労して建てた大使は、この種の住宅絡みの本はよく読んできたので・・・借りる決め手になったのです。

amazon郊外の20世紀


第4章 「郊外の消失」で、郊外住宅のゴールの姿を、見てみましょう。
p116~120
6:郊外ユートピアの消滅
■阪神・淡路大震災後の阪神間
 平成7年1月17日未明、あの阪神・淡路大震災が発生した。6281人の死者と、19万2706棟の家屋を全半壊させ、4万8300戸の仮設住宅が建設された。震災は、神戸、阪神地域の市街地景観を一変させてしまった。神戸市灘区、東灘区、芦屋市、西宮市の二区二市では、約32万7600世帯のうち、9万2600世帯の家屋が、全半壊した。被害家屋の90%が木造住宅だった。特に戦後に建てられた文化住宅や長屋などの木造賃貸住宅とともに、最も被害がひどかったのが、明治末期から昭和初期に建てられた木造二階建ての郊外住宅だった。

 震災の後、建物が取り払われた敷地には、庭の前栽と、生け垣や塀の基礎だけが、しばらくの間残っていた。それほど豪華ではないが、しっとりとした、趣きのある家がなくなってしまった。このことを、野辺公一は、「サザエさんの家が消えた」と表現する。また彼は、壊れたのは家だけではなく、サザエさん的な戦後家族そのものであるという。震災は、戦前からの伝統を持つ郊外ユートピアの景観と、それにあこがれた戦後家庭の理想像の両方を、消してしまった。

 その後に建てられたのは、軽量鉄骨でできた住宅メーカー系の住宅ばかりだった。たまたま老朽化していた木造住宅が多数崩壊したために、木造住宅は地震に弱いという誤解を生み、在来工法による木造住宅が避けられたことが、軽量鉄骨住宅をさらに増加させる原因にもなった。

 重い日本瓦をのせ、深くのびた軒が陰影を与えるしっとりとした住宅ではなく、カラッとした乾いた住宅ばかりになった。宅地を切り売りしたり、貸し駐車場にすることで、建て直しの費用を捻出するするために、庭は削られ、外構はどこも同じブロック塀と鉄のフェンスになった。だが、そのことを表立って批判する人は少ない。年をとってから重いローンを抱えなければならないなかで、再建できただけでも立派だ、街並みのことにまでお金をまわす余裕などないから、仕方ないといわんばかりに。

 戦前郊外住宅の跡地は、分割されて建売住宅ができたり、絶好のマンション建設用地になった。震災前までは、駅前やその近くにはマンション用地が不足し、山麓や埋立地でしか供給できなかったのに、駅から徒歩圏での供給量が増えた。そのことは、バス圏でのマンションの販売競争力を弱めることにもなった。

 震災後3年を経過した頃から、戦前高級住宅地やその近くでのマンションの折り込み広告が増え始めた。広告の多くは、住宅地としての伝統やプレステージを高らかに歌い上げる。理想の郊外ユートピアでのくらしが手に入るというように。だが、実態としての戦前からの住環境は、急速に崩れている。新築マンション自身が環境と伝統を壊していっているのに、それには気がつかないふりをする。

 しかし実は、郊外ユートピアの解体は、震災のせいではない。仮に震災がなかったとしても、もう解体し始めていた。邸宅の細分化やマンション化は震災の前から始まっていたのである。震災は、向こう10年から20年かけてゆっくり起きるはずだった変化を、一気に引き起こしただけである。解体の兆しは、ずいぶん前から見えていた。

■郊外一戸建て住宅は終の住まいか
 大都市居住者の多くは、戸建て住宅は住み替え行動のゴールであり、また資産保全に役立つと考えてきた。巽和夫・京都大学名誉教授は、1960年代半ばですでに、「住み替えは終局的には庭付き一戸建て住宅を指向しており、それを実現するための宅地需要・意欲が非常に強いという事実」を指摘している。

 こうした認識は、1990年代半ばになってバブル経済が破綻するまで続いた。地価の下落によってこうした認識が変わりつつあるとはいうものの、少なくとも現時点でも多数派であることは変わりない。この意欲は、いくつかの調査結果を合わせれば、「接地居住指向」「資産形成指向」「老後保証指向」等によって構成されている。

 仮に庭付き一戸建て住宅が究極の目的であるにしても、人々は本当にその場所に一生住むことになるのだろうか。実際に住み替え行動のゴールとなるのなら、居住者は土地や家屋を売却の対象とは考えずに、そこで一生を終え、彼らの土地家屋は他の財産とともに子供や配偶者に伝達されるはずである。

 一方、資産形成に役立つとは、必要な時にはこれを売却して、換金できるということにほかならない。この二点は、戸建て住宅という入れ物がもつ、安定性と流動性という異なる二面を表す。

 確かに住み替えの最後に郊外戸建て住宅を求め、そこで一生を終える人は多い。だがその多くは、子供たちは巣立ち、別の場所に家庭をかまえるので、高齢者夫婦あるいは独居老人世帯となる。その後子供たちが相続しても、そこに住み続けられる保証はなく、相続を機会に転売され、細分化やマンション化が進行する。たとえば、図16は、帝塚山におけるある邸宅地の、敷地の分筆状況を、土地台帳によって示したもので、敷地の細分化と狭小化が、何段階にもわたって起こっていることがわかる。一見購入者の所有期間が長く、安定的に見える場合でも、世代交代を機に流動化する可能性が大きい。しかも住宅地の流動化は、土地の細分化を伴うことが常であり、住環境を悪化させる原因ともなる。

 資産として保有し、必要な時に一部または全部を売却するという機能は、確かに震災の時に多数見られた。それによって住宅再建に成功した人が多数いるわけだが、その結果、やはり細分化やマンション化が進行する。
(中略)

 流動性の高い社会において、郊外戸建て住宅地が建設当初の質と環境を維持していくしくみが、今のところ、ない。所有権と使用権を一体化させ、資産として機能させる以上、戸建て住宅地は流動化し、地価が高水準で安定する限り、流動の過程で大きな宅地は分割され、良好であった居住環境はどんどん擦り減っていかざるをえない。居住者の変化は必然の流れだとしても、居住環境を一定水準に維持したままで流動、伝達させるしくみが必要なのである。


昨今のデフレ環境下で、貧乏になった若者たちが住宅を購入することは、より困難になっているわけで・・・
居住環境はますます悪化するのではないだろうか。・・・それから、シェアハウスで暮らすなど居住形態を見直すことも、必要となるのでしょうね。

『郊外の20世紀』1

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