サピエンス全史(上)2

<サピエンス全史(上)2>
図書館で『サピエンス全史(上)』という本を、手にしたのです。
この本は市の図書館に予約し待っていたのだが、大学図書館で見つけて借りたわけです。(いわゆる、学生が本を読まなくなった余波である)
副題に「文明の構造」という言葉があるとおり・・・刺激的な切り口である。


【サピエンス全史(上)】


ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2016年刊

<「BOOK」データベース>より
なぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?国家、貨幣、企業…虚構が文明をもたらした!48ヶ国で刊行の世界的ベストセラー!

【目次】
第1部 認知革命(唯一生き延びた人類種/虚構が協力を可能にした/狩猟採集民の豊かな暮らし/史上最も危険な種)/第2部 農業革命(農耕がもたらした繁栄と悲劇/神話による社会の拡大/書記体系の発明/想像上のヒエラルキーと差別)/第3部 人類の統一(統一へ向かう世界/最強の征服者、貨幣/グローバル化を進める帝国のビジョン)

<読む前の大使寸評>
副題に「文明の構造」という概念があるとおり・・・刺激的な切り口である。

rakutenサピエンス全史(上)


農業革命は、史上最大の詐欺だったとのこと・・・
その続きを見てみましょう。
p107~110
<第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇>
 では、それは誰の責任だったのか? 王のせいでもなければ、聖職者や商人のせいでもない。犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ。

 ここで小麦の立場から農業革命について少し考えてほしい。1万年前、小麦はただの野生の草にすぎず、中東の狭い範囲に生える、多くの植物の一つだった。ところがほんの数千年のうちに、突然小麦は世界中で生育するまでになった。生存と繁殖という、進化の基本的基準に照らすと、小麦は植物のうちでも地球の歴史上で指折りの成功を収めた。

 1万年前には北アメリカの大草原地帯グレートプレーンズのような地域には小麦は1本も生えていなかったが、今日そこでは何百キロメートルも歩いても他の植物はいっさい目に入らないことがある。世界全体では、小麦は225万平方キロメートルの地表を覆っており、これは、日本の面積の約6倍に相当する。この草は、取るに足りないものから至る所に存在するものへと、どうやって変わったのか?

 小麦は自らに有利な形でホモ・サピエンスを操ることによって、それを成し遂げた。この霊長類は、およそ1万年前までは狩猟採集によってかなり快適な暮らしを送ってきたが、やがて小麦の栽培にしだいに多くの労力を注ぎ込み始めた。2000年ほどのうちに、人類は世界の多くの地域で、朝から晩までほとんど小麦の世話ばかりを焼いて過ごすようになっていた。楽なことではなかった。

 小麦は非常に手がかかった。岩や石を嫌うので、サピエンスは汗水垂らして畑からそれらを取り除いた。小麦は場所や水や養分を他の植物と分かち合うのを嫌ったので、人々は焼けつく日差しの下、来る日も来る日も延々と草取りに勤しんだ。小麦はよく病気になったので、サピエンスは虫や疫病が発生していないか、いつも油断ができなかった。
(中略)

 ホモ・サピエンスの身体は、そのような作業のために進化してはいなかった。石を取り除いたり水桶を運んだりするのではなく、リンゴの木に登ったり、ガゼルを追いかけたりするように適応していたのだ。人類の脊椎や膝、首、土踏まずにそのつけが回された。古代の骨格を調べると、農耕への移行のせいで、椎間板ヘルニアや関節炎、ヘルニアといった、じつに多くの疾患がもたらされたことがわかる。そのうえ、新しい農業労働にはあまりにも股間がかかるので、人々は小麦畑のそばに定住さざるをえなくなった。そのせいで、彼らの生活様式が完全に変わった。このように、私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化したのだ。
(中略)

 小麦は経済的安心を与えてはくれなかった。農耕民の暮らしは、狩猟採集民の暮らしほど安定していなかった。狩猟採集民は何十もの種に頼って生きており、したがって、たとえ保存食品の蓄えがなくても、困難な年を乗り切ることができた。一つの種が手に入りにくくなっても、他の種をその分多く狩ったり採集することができた。
(中略)

 小麦はまた、人類どうしの暴力から守られるという安心も与えてくれなかった。初期の農耕民は、祖先の狩猟採集民以上とは言わないまでも、彼らに劣らず暴力的だった。農耕民のほうが所有物が多く、栽培のための土地も必要とした。放牧に適した草地を近隣の人々に襲われて奪い取られれば、生存が脅かされ、飢え死にしかねなかったので、妥協の余地はずっと少なかった。

 農村が強力な敵に脅かされた場合には、避難すれば畑も家も穀倉も明け渡すことになった。そのため、多くの場合、避難民は飢え死にした。従って、農耕民はその場に踏みとどまり、あくまで戦いがちだった。

ウン 時代が進むと幸福になるとはかぎらないということなのかな。とくに狩猟採集から農耕に移行するのは、より悲劇的になったようですね。

サピエンス全史(上)1

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