『朝鮮幽囚記』5

<『朝鮮幽囚記』5>
図書館で『朝鮮幽囚記』という東洋文庫を、手にしたのです。
昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。

先頃『韃靼漂流記』という東洋文庫を読んだが、これら二つの記録ではオランダ人と日本人という違いがあるにしろ遭難時に体験した朝鮮がどんなだったか比較してみるのも面白いと思うのです。


【朝鮮幽囚記】


ヘンドリック・ハメル著、平凡社、1969年刊

<カスタマーレビュー>より
江戸時代、長崎に来るはずのオランダ商船が東シナ海で遭難、30数名の乗組員が李王朝時代の朝鮮に長年に亘って幽囚の身と成ったとき、彼等の目で見た当時の朝鮮を書き残している貴重な歴史的書物。後年英国の旅行家イサベラ・バードが書き残した20世紀初頭の朝鮮の状況と殆ど変わらない姿に、我が国同様に長年鎖国を堅持した朝鮮の、新しい時代の流れを自力で吸収しようとしなかった国の姿を見ることが出来た。

<読む前の大使寸評>
昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。

amazon朝鮮幽囚記


朝鮮人の性癖や貿易あたりを、見てみましょう。
p52~54
<この国民の誠実、不誠実および勇気について>
 彼等は盗みをしたり、嘘をついたり、だましたりする強い傾向があります。彼等をあまり信用してはなりません。他人に損害を与えることは彼等にとって手柄と考えられ、恥辱とは考えられていません。したがってある人が取引でだまされた場合、その取引を破棄することができるという習慣があります。

 馬や牛の場合は3、4ヶ月過ぎると時効になります。土地や不動産の場合は引渡しの行なわれる前であれば破棄することができます。彼等は親切で、信仰心の篤い人々です。私たちは彼等に対し、私たちが何を希望しているかを完全に納得させることができました。人々、特に僧侶は外国人に好意を持っています。彼等は女のような心を持っています。信仰篤い人々は、かなり昔のこと、日本人がやって来て、彼等の王を殺し、町や村を焼き払ったり、破壊したりした時に・・・と私たちに語りました。

 オランダ人ヤン・ヤンスゾーンは、タルタル人が氷を踏んでやって来て
この国を占領した時に、多くの人々が森の中で縊死していたと私たちに語りました。彼等は敵に殺されるよりもむしろこの方を選んだのです。したがってこれは何ら恥辱とは見なされず、多くの人々は、彼等はやむをえずそうしたのだといって彼等をあわれみます。

 またオランダ、イギリス、あるいはポルトガルの船が日本に向けて航海していて、朝鮮の近海を漂流することがよくありますが、彼等は戦争用のジャンクでそれを捕らえようと試みます。しかし、つねに衣服を汚すだけで目的を達せずに引き返します。彼等は血を見ることを嫌います。誰かが足許に倒れたりすると、人人は急にそこから走り出してしまいます。

 彼等は病人、特に伝染病患者を非常に嫌います。病人はただちに自分の家から町あるいは村の外に出され、そのために作られた藁ぶきの小屋に連れて行かれます。そこには彼等を看病する者の外には誰も訪れませんし、誰も彼等と話をしません。その傍を通る者は必ず病人に向かってつばを吐きます。
(中略)
 病人が出た家あるいは村にはただちに松明で垣根が作られ、病人がいる家の屋根にはそのような松明がいっぱい立てられて、知らない人に対する標識とされます。

<当地で行なわれている外国人との貿易および国内での商業について>
 当地には対馬島の日本人以外には貿易に来ません。彼等は東南部の釜山市に商館を持っています。それは、同島の領主に所属しているもので、当地に胡椒、蘇木、明礬、牛角、鹿皮、鮫皮およびその他の多くの品物を持って来ます。それらは我々オランダ人および中国人によって日本にもたらされた物です。

 彼等はそれと引き替えに当地で産出して日本で要求されている商品を入手します。当国民は北京およびシナの北部でも若干の貿易を行ないますが、陸路を馬で行かねばなりませんので、大変な費用がかかります。
(中略)

 この国はタルタル人がこの国の主人となるまでは、非常に豊かで楽しい国で、人々は食事や飲酒や、その他考えられるあらゆる楽しみぬふけってばかりいましたが、現在では日本人とタルタル人のために国土が非常に荒されてしまいましたので、凶作の年には食料が充分に行き渡るかどうか危うい状態です。それは彼等が重い貢物を、特にタルタル人に納めなければならないからで、タルタル人は通常年に三回それを徴収に来ます。彼等は十二の国すなわち王国しか知りません。

 彼等のいうところに従うと、シナはその支配者であり、その他の諸国は昔はシナに貢物を納めなければなりませんでしたが、現在ではそれぞれの主人がいるということです。何故ならば、タルタル人はシナを支配はしましたが、他の国を支配下に置くことができなかったからだということです。

 彼等はタルタル人を勅使とかオランカイとか呼びます。彼等は我が国を南蛮国と呼びます。それは日本人がポルトガル人を呼ぶ名称ですが、彼等は我々オランダ人やオランダのことを何も知らず、日本人から南蛮国という名称を教わったのです。この名称は煙草を通じて彼等の大部分に知られています。しかし5、60年前までは彼等はそれを知りませんでした。

 彼等は喫煙の習慣と煙草の栽培の方法を日本人から学んだのです。そして日本人は彼等に対して、その種子は最初南蛮国から来たのだと語りましたので、現在でもまだ多くの人が煙草のことをナムパンコイと呼んでいます。当地では喫煙の風習が盛んになり、4、5歳の子供も喫煙しますし、現在では男でも女でも喫煙しない人は非常に稀です。煙草が当地に輸入された時、彼等はパイプ1本につき銀1マスか、これと同じ価格の品物を支払いました。

ウーム タバコをやらない人が稀なのか。
当時のタルタル人(満州族)、漢族、朝鮮人、日本人の通商や力関係がよくわかるレポートですね。
遭難した南蛮人にとっては大陸は怖い所であり、その点、日本は安全だったようですね。「窮鳥、ふところに入れば」でんがな。

『朝鮮幽囚記』4:朝鮮の家屋、家具
『朝鮮幽囚記』3:朝鮮国王への謁見とか、かの地での任官
『朝鮮幽囚記』2:朝鮮人との遭遇
『朝鮮幽囚記』1:遭難時の状況

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