『TOKYO 0円ハウス 0円生活』3

<『TOKYO 0円ハウス 0円生活』3>
図書館で『TOKYO 0円ハウス 0円生活』という本を、手にしたのです。
今、加村一馬著『洞窟おじさん』という本を借出し予約して半年以上も待っているのだが・・・要するに、金がなくても生きていくサバイバル術に関心があるわけです。

この「洞窟おじさん」よりも現実味のあるサバイバル術がこの『TOKYO 0円ハウス 0円生活』に載っているだろうということでんがな♪


【TOKYO 0円ハウス 0円生活】


坂口恭平著、河出書房新社、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
「東京では1円もかけずに暮らすことができる」-住まいは23区内、総工費0円、生活費0円。釘も電気も全てタダ!?隅田川のブルーシートハウスに住む“都市の達人”鈴木さんに学ぶ、理想の家と生活とは?人間のサイズに心地良い未来の暮らしを提案する、新しいサバイバルの知恵がここに。

<読む前の大使寸評>
今、加村一馬著『洞窟おじさん』という本を借出し予約して半年以上も待っているのだが・・・要するに、金がなくても生きていくサバイバル術に関心があるわけです。
この「洞窟おじさん」よりも現実味のあるサバイバル術がこの『TOKYO 0円ハウス 0円生活』に載っているだろうということでんがな♪

rakutenTOKYO 0円ハウス 0円生活


「第6章 理想の家の探求」で著者の居住空間への拘りを、見てみましょう。
(建築学部の枠からはみ出たような観もあるが)
p248~252
<建設中の建物に勝手に住む>
 カンボジアのツアーは、
「ひろしまハウスレンガ積みツアー」
 というものだった。広島市を中心とした募金によって、ポルポト派による虐殺が行われたカンボジアと原爆が落ちた広島の平和を祈る「ひろしまハウス」というモニュメント建築が、カンボジアの首都プノンペンにあるウナローム寺院の中に建設されていた。その設計を石山研究室が担当していたのだ。

 その建物は、レンガ造りの5階建ての巨大な建物であった。ツアー参加者は、ひろしまハウスの隣にあった日本語学校に雑魚寝で宿泊しながら、この建物のレンガ壁の建設を手伝った。僕はこのツアコンを担当したのだ。

 ここで、一番驚いたことがある。それは、この建設中の建物の中に、たくさんの人が暮らしていたということである。まだ建築中である。こんなこと日本ではまず考えられない。朝日が昇ると、建設中の建物から、モクモク煙が上がってくるのだ。たぶん、朝飯だろう。そこから仕事に行っている労働者などもいるようだ。

 で、僕たちの作業が始まろうという時間にはある程度綺麗になっていて、どの人が労働者で、どの人が住人なのか、あんまり分からない。なぜなら、みんな仕事を手伝ってくれていたからだ。手伝うというか、知らない間にセメントを運んでくれていたり、掃除していたり。なんだかみんな混じっているのだ。
 
 そして、お昼になるとまた煙が上がってくる。びっくりして見に行くと、なんとキッチンがあるではないか。よく見ると、積むために僕たちが購入していたレンガを使って、そのキッチンをうまく作っている。その姿を見ていたら、注意などする気がなくなっていった。

 建設材料を生活用品に転用している。ふと東京の路上生活者の家が僕の頭に浮かんできた。ほとんど同じ思考によって作られている建築といっても過言ではないだろう。場所に対しても、材料に対しても。そこにあるもので、空いている場所に家やキッチンを作り、生活をする。とても自由を感じた。ただ自由なだけでない。自然だなと思ったのである。それは、つまり、
「僕が一番、気になっている空間の成り立ち方」
 であったのだ。

 そこにある材料で、まだ空間化されていない場所を自然なやり方で空間にしていくということ。しかも、それは建築とは呼ぶことができないようなものだ。壁も屋根もない、しかし、それがまさに、
「人間が作った空間である」
 と思う瞬間のことである。

 そうやって、この研究室には、1年半いさせてもらった。なんにもできなかったに等しかったが、自分だけの仕事を見つけるという点で、いい充電期間になった。そして
1年半後、
「一人でナントカやってみます」
 と、先生に告げ、勝手に独立してみたのである。
 独立といっても、何も稼ぐ当てはないわけで、とりあえず、なんかしなくちゃということで向かったのは「築地」だった。なんで築地だったのか。

 はじめはテレビの大道具でもしようと思っていたのでNHKの番組を作っている会社に面接に行ったのだ。しかし、面接を受けていると、なんだかおかしい。実は、今回は大道具のスタッフではなくて、放送作家の志望者を募集しているようなのだ。どういうふうに間違ったのか僕は覚えていないのだが。僕は、仕方なく、
「大道具の募集だと思って来たのですが・・・」
 と言って、これまでの自分の経歴を半ばヤケクソで話した。

 すると、面接官の人は意外にまじめに話を聞いてくれたうえで、自分のことを話しだした。彼は築地で働いていたそうで、それがいまだに印象に残るぐらい素晴らしい体験だったらしい。なんだか話は変な方向に流れていってしまったのだけれども・・・。それで、
「君みたいなタイプの人間は築地に行くといいよ」
 と、いきなりそういう話になってしまった。で、僕もそのまま、
「話を聞いていると、そんな気がしてきました」
 と、その気になり、そのまま面接を辞退し、帰り際にコンビニで求人情報誌「」を手にした。そしてたまたま載っていた築地の果物の仲卸の店に電話をしてみたのだ。

 築地はすごいところだった。日本とは違うなと思った。別の国のようだった。コンクリートで作った軍の施設みたいな建築物の中で、ターレーと呼ばれる運搬車に果物を載せて八百屋のオヤジと値段の交渉をしながら一人で働いている瞬間は、SF映画の中の登場人物になっているようで、毎日眠たかったが興奮していた。
(中略)

 で、1年ぐらいたった時にようやく自分の状況に気付き、
「これでは、何もしないで終わってしまう」
 と焦りだした。その時、やはり自分の卒業論文をもとに本を出版してみようというアイデアが出てきた。そこで、東京だけでなくて、他の都市も調べてみようと思った。

 しかし、築地は日曜日しか休みがなかった。しかも金もなかった。土曜の夜に夜行バスに乗って日曜の朝に現地に着いて、夕方に東京に向けて出発して月曜の朝一に東京に到着し、そのまま築地に行くという無茶苦茶なスケジュールで名古屋と大阪に通うことにした。


『TOKYO 0円ハウス 0円生活』2:鈴木さんとみっちゃん(続き)
『TOKYO 0円ハウス 0円生活』1:鈴木さんとみっちゃん

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