漂泊への憧れR1

<漂泊への憧れR1>
図書館で『漂泊の俳人たち』という本を手にしたが・・・
アポなしの漂泊の旅にあこがれる大使としては、気になるわけです。

この際、漂泊テイストのあふれる本を集めてみました。

・鴨長明著『方丈記』1957年刊
・堀田善衛著『方丈記私記』1988年刊
・アラン ブース著『津軽 失われゆく風景を探して』1995年刊
・金子兜太著『漂泊の俳人たち』2000年刊
・高野慎三著『つげ義春を旅する』2001年刊
・島田雅彦著『ニッチを探して』2013年刊

山頭火山頭火

R1:『方丈記私記』、『津軽 失われゆく風景を探して』を追記



【方丈記,徒然草】
徒然草

日本古典文学大系〈第30〉、岩波書店、1957年刊

<「BOOK」データベースより>
自然に囲まれた方一丈の空間に限りない慰めを見い出す方丈記。欠けたる月、祭りの後を愛で、人の心の無常を異様な好奇心をもって描写した徒然草。日本人の心性を鋭く造形した中世文学の最高峰2篇が、最古の様態をいきいきと伝える本文と創造的注解によって、あざやかに蘇る。(新日本古典文学大系の解説より)

<大使寸評>
古文のエッセイとしては、この2篇が最強ではないでしょうか。

Amazon方丈記,徒然草
方丈庵が見たいbyドングリ

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【方丈記私記】


堀田善衛著、筑摩書房、1988年刊

<「BOOK」データベース>より
1945年3月、東京大空襲のただなかにあって、著者は「方丈記」を痛切に再発見した。無常感という舌に甘い言葉とともに想起されがちな鴨長明像はくずれ去り、言語に絶する大乱世を、酷薄なまでにリアリスティックに見すえて生きぬいた一人の男が見えてくる。著者自身の戦中体験を長明のそれに重ね、「方丈記」の世界をあざやかに浮彫りにするとともに、今日なお私たちをその深部で把えて放さぬ伝統主義的日本文化を鋭く批判する名著。毎日出版文化賞受賞。

<読む前の大使寸評>
下賀茂神社の中に再現された方丈を見に行ったミーハーな大使であるが・・・
やや斜に構えた鴨長明が気になるのでおます。

<図書館予約:(10/26予約、11/02受取)>

amazon方丈記私記

『方丈記私記』1

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【津軽 失われゆく風景を探して】


アラン ブース著、新潮社、1995年刊

<「BOOK」データベース>より
太宰治の『津軽』をリュックに入れて、ほぼ半世紀前の晩春、傷心の太宰が「自分」を探しに故郷を訪ねた、二十三日間の足跡を辿った。太宰が見たものを見よう。しかも、ひたすら歩いて―。行く先々の老若男女と大いに語り合い、酒を酌み交し、斜陽館のバーでは「与作」を唄う。シェイクスピアの末裔たる英国人作家が、眼と耳と、肌で接した本州さいてはての地の、人情と風景は…。

<読む前の大使寸評>
氷雨の中を旅館のアポなしでひたすら歩く外人・・・外人というより変人ではないか。
遍路旅のような旅行記が気になるのでおます。

amazon津軽 失われゆく風景を探して

『津軽 失われゆく風景を探して』2:太宰治『津軽』に対する傾倒
『津軽 失われゆく風景を探して』1:宮脇俊三氏の解説

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【漂泊の俳人たち】
漂泊

金子兜太著、日本放送出版協会、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
古人も多く旅に死せるありと『おくのほそ道』に記した芭蕉。その後も多くの俳人たちが旅を日常とし、漂泊のなかに生を求めていった。先人芭蕉との違いに句作の原点を求めた一茶、信州伊那に居続けた井月、全国を気の向くままに歩いた山頭火、瀬戸内の小豆島に短い生を閉じた放哉、人々の間を水のように流離った三鬼。彼ら六人の魂の軌跡を探り、漂泊への憧景を読む。
【目次】
第1章 松尾芭蕉/第2章 小林一茶/第3章 井上井月/第4章 種田山頭火/第5章 尾崎放哉/第6章 西東三鬼

<読む前の大使寸評>
俳句をたしなんでいるわけではないが、アポなしの漂泊の旅にあこがれる大使である。
老境にさしかかり、ヒマなんで・・・俳句あたりにチャレンジしようか♪

rakuten漂泊の俳人たち
『漂泊の俳人たち』byドングリ


■山頭火の晩年
 2年後、其中庵が崩れて住めなくなったため、「風来居」に入りますが、その翌春、57歳になった山頭火は、信州伊那まで歩いて、井上井月の墓に参っています。念願を果たしたのです。山頭火は、「漂泊詩人の三つの型」として、「芭蕉、良寛」を一行に書き、二行目に「一茶」、三行目に「井月」を記していました。この時期にきて、はっきりと井月への親近感を噛みしめていた、ということです。求道や生活といったことにとらわれない漂泊の井月。

 お墓撫でさすりつつ、はるばるまゐりました
 駒ヶ根をまへにいつもひとりでしたね

 伊那谷の人たちの暮らしに溶け込みつつ、ありのままにさすらって生きていた人間、井月の「ありのまま」を「自然」といいかえるなら、山頭火に「存在の世界」として体感されつつあったものは、その境地でした。

 風来居に帰って、その秋、四国に渡ります。その途中、徳山の白船居に立ち寄り、鉄鉢を捨て、次の句をつくりました。

 柳ちるもとの乞食になつて歩く

 そして、地元の高橋一洵たちの世話で、最後の安住となった「一草庵」に入りました。四国遍路もおこないます。翌年永眠。


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【つげ義春を旅する】
つげ

高野慎三著、筑摩書房 、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
「ガロ」の編集者だった著者がつげ作品の舞台となった風景をさがして東北の秘湯から漁港の路地裏までを訪ね歩く。砂煙のまいあがる会津西街道で見つけたワラ屋根のある景色や、老人たちとともに時間がとまった上州・湯宿温泉、赤線の雰囲気を残す東京下町など、貧困旅行を追体験する。失われた日本の風景のなかに、つげ義春の桃源郷が見えてくる!つげ義春との対談も収録。図版満載。

<読む前の大使寸評>
漂泊願望があるつげさんだから、その旅の独特な味には・・・しびれるわけです♪

rakutenつげ義春を旅する

無能無能の人

つげさんの“多摩川体験”が載っています。
p281~282
<「散歩の日々」「無能の人」と武蔵野>
 さて、いよいよ調布篇のクライマックスである。「無能の人」シリーズが『COMICばく』に発表されたのは、1985年6月から翌年の12月までだった。「石を売る」「無能の人」「鳥師」「探石行」「カメラを売る」「蒸発」の6篇で構成され、独立したそれぞれが、ユーモアとエロスに富みつつも、奥行きの深い秀作として結実していた。

 その根底に横たわっていたのは、孤立感であり、またあるとくべつの虚無感であったりしたのだが、全体を包み込んでいたのは、読み物としての娯楽性であったと言えよう。

 十数年を経た今日、これらの作品は、名作のほまれ高いけれども、発表当時にあっては、マンガベスト100(『COMIC・BOX』誌上)で、マンガ評論家、読者を含め誰ひとりとして1票も投じていなかったのだ。けっきょく、竹中直人の映画化によってあらためて注目されることになったといってもいい。この事実は、マンガ評論家のお粗末さを物語っている。

 ところで、当シリーズのなかで「鳥師」はさらに一段と抽象性の濃い、そして精神性の強い作風を示していた。もちろん、「鳥師」とて、多摩川の河原で石売りにはげむ助川助三の貧乏物語がベースとなっている。したがって、ここでは、シリーズの代表作ということで「鳥師」をとりあげるにとどめたい。

 つげ義春は、1978年から93年までの15年間を多摩川東岸の染地の団地ですごした。この団地は、20棟以上が並ぶ大きなものだった。作者は、団地に近い多摩川の土手を散歩するのを日課としていた。あるとき、河原で石拾いに精を出している老人に出遭い、「無能の人」のモチーフを構想したらしい。

 いわば、多摩川の土手道や河原は、作者にとっての憩いの庭というか、生活空間のひとつであったと思われる。団地住まいになる以前の酒井荘や富士マンションも団地からそう遠くない距離にあった。つまり、作者は、「無能の人」までの20年を多摩川ぞいで暮らし続けていたわけだ。多摩川周辺の風景がことさら好みにあっていたのか、それともたんに家賃が安かったからであるのか、その理由は知らない。

 作者は、つねづね、山奥でひっそりと暮らしたいという願望を抱きつづけていた。だが、団地住まいをやめたとはいえ、じつは現在も多摩川ぞいで日々を送っているのである。ということは、“多摩川体験”25年に及ぶ。

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【ニッチを探して】
ニッチ

島田雅彦著、新潮社、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
背任の容疑をかけられ、妻と娘を残し失踪した元銀行員の冒険。飢えに耐え、星を見ながら、草の上で眠り、雨に濡れ、虫に刺されながら、死者と対話したり、神に祈ったりし、なまった筋肉に鞭打ち、鈍った勘を研ぎ澄まし、わずかばかりの食料を調達してくる。所持金ゼロでも暮らせるニッチは何処にある?

<読む前の大使寸評>
元銀行員のホームレスの所持金ゼロの生活とは、如何なるものか♪

パラパラめくると、どうやらミステリー調のエンタメ小説のようである。
島田さんのエンタメ小説とやらは、いかなる趣きか・・・ということで借りたのです。

amazonニッチを探して
『ニッチを探して』6byドングリ


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