『消えゆくアジアの水上居住文化』3

<『消えゆくアジアの水上居住文化』3>
図書館で『消えゆくアジアの水上居住文化』という本を、手にしたのです。
災害大国ニッポンであるが・・・
この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。


【消えゆくアジアの水上居住文化】


畔柳昭雄編著、鹿島出版会、2018年刊

<出版社>より
アジアの水辺に残る、多様性を極めながらも個にして普遍的な水辺の暮らしと、近代化のうねりを受け、その変容する姿を見つめるーー。
アジアの水上住居は原始的のようでいて、環境と一体化する生活空間は今日的な示唆に溢れている。自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵は伝統文化の賜物である。しかし、急速な都市化の波でこうした空間がいま減少しつつある。10年前は萌芽にすぎなかった現代社会との摩擦に注視しながら、価値あるアジアの環境的な空間づくりをフィールドワークの成果からビジュアルに読み解く。失われつつある貴重な生活文化の記録。

<読む前の大使寸評>
災害大国ニッポンであるが・・・
この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。

rakuten消えゆくアジアの水上居住文化

伊根の舟屋

伊根の舟屋など、日本の舟小屋を見てみましょう。
p142~147
■日本海側で発達した舟小屋
 日本海側の舟小屋は、降水量が多く変動の激しい気候と干満差の小さい潮汐作用を見せる海象条件を加味しながら建てられている。干潮と満潮の水位差は、太平洋側に比べ日本海側は非常に小さい。このことが日本海側で舟小屋が今でも残されている理由である。

 干満差の小さい日本海側では、満ち潮が海浜に遡上する幅も小さく30~50cmほどである。一方、太平洋側では、おおむね1~2mに達する。この差が舟を浜に揚げる際に大きな違いを生み出す。日本海側では満ち潮の寄せる幅が小さい分、舟を波打ち際に近い前浜に置くことができるたえ、舟の揚げ下ろしが容易で出漁もしやすい。

 かつては、太平洋側の海岸にも舟小屋は建てられたが、船体が木造からFRP造に替わり腐蝕や劣化の心配がなくなってからは、ほぼ完全に消滅することになった。日本海側では船体がFRPに替わっても、冬場は船体に雪が溜まり沈没の恐れがあったり、海がしけて漁が出来ない時期が続いたりするため、舟を収納する場所として舟小屋が必要とされた。
(中略) 

■伊根の舟屋
なかでも、京都府伊根町の舟小屋は、他の地域とは異質であることに気づかされる。それはまず、この地区では呼び名が「舟屋」あるいは「舟倉」と呼ばれていることに表れている。立地形態や数が他と大きく異なり規模が大きく、圧巻といえる水辺の漁村風景が創出されている。2005年には文化庁により重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けている。

 井根町を構成する7集落は、伊根湾を囲むように位置しており、各集落は曲がりくねった海岸線に沿って連なりを見せる。伊根湾の入り口付近に位置する日出地区からはじまり、高梨、西平田、東平田、立石、耳鼻そして亀山地区へとつながる。この間、ほぼ同程度の規模、形態で、舟の出入口も同規模の舟屋が230軒余り海際に連続的に建ち並び、異彩と形容できる景観美を形成しているのである。

 異彩といえる理由のひとつに、まず、舟屋が海の上に建っているように錯覚する見え方があげられる。正しくは、舟屋が汀線付近に建てられ、水面が屋内に引込まれた状態になるため、海面に建っているように見えるのだ。ふたつ目は、230軒の舟屋がぎっしりと立錐の余地なく建ち並んでいることがある。また、それらは各々、同程度の勾配の切妻屋根をもち、同程度の間口の収納口を開けながら、整然と海に向いている。3つ目は、この舟屋とその背景に位置する主屋がセットになっていて、伊根湾沿いに美しい帯状の集落景観を形成していることがあげられる。


『消えゆくアジアの水上居住文化』2:カンボジア・トンレサップ湖の湖上集落
『消えゆくアジアの水上居住文化』1:日本の牡蠣船

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック