『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』4

<『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』4>
図書館で『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』という本を、手にしたのです。
先日、堀田善衛著『方丈記私記』という本を読んで、方丈記づいている勢いで借りたのです。

帰って調べてみると、この本を去年3月に借りていたことが判明しました(またか)
・・・で、(その2)としています。


【方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム12)】
徒然草

稲田利徳, 山崎正和著、新潮社、1990年刊

<「BOOK」データベース>より
24時間、働きづめではいられない、人間らしい生き方を求めて出家遁世した2人の艶隠者、日本人のものの考え方と美意識を決定づけた随筆文学の代表作。

<読む前の大使寸評>
方丈記・徒然草というタイトルの本は数多いが、この本はカラーやモノクロの写真が満載で、いわゆるビジュアル本となっているのが、ええでぇ♪

rakuten方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム)


「おわりに」を、見てみましょう。
p102~103
<おわりに:稲田利徳>
 『方丈記』と『徒然草』をめぐり、作者の生涯や作品の魅力とその読み方を語ってきた。長明や兼好が生を営んだ中世は、飢えや戦乱の渦まく混迷の時代であり、常に死と対峙せねばならなかった。その変転する無常の世に、彼らは自分の生きざまを真剣に模索、その格闘の軌跡が、『方丈記』『徒然草』に結晶した。

 彼らの時代に比べ、現代は物が溢れ、医学が進歩、人生八十年時代などという言葉が飛び交うなかで、人々が最も安直に忘れているのは諸行無常の思念ではなかろうか。そのことは同時に、自己の生き方を模索したり、豊潤な生を自覚することを怠ることに連なる。兼好は、「人皆生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり」とも説諭している。

 長明は自己の生きざまを問い詰めて解決を得なかった。『徒然草』の最終章段も、八歳のとき、父に仏の始源を問い詰めた逸話を綴る。回答に窮した父の苦笑は、そのまま「人生、不可解なり」を痛感した兼好自身の苦渋の告白と読みとれる。

 二人の隠遁者は、生きざまを真剣に模索したが、遂に確固たる生き方を掌握できなかったようだ。けれども人生を思索するそのこと自体、鮮烈な生そのものともいえよう。現代のような時代なればこそ、彼らの作品を味読し、今一度、この世この生を思索してほしいと思う。


『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』3:いかが要なき楽しみを述べ・・・(続き)
『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』2:いかが要なき楽しみを述べ・・・:山崎正和
『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』1:『徒然草』の魅力:稲田利徳

『方丈記私記』2

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