『定年バカ』4

<『定年バカ』4>
本屋の店頭で『定年バカ』という新書を手にしたのです。
定年のときの記憶も薄れつつある大使であるがが・・・
この本の目次にならんだ数々のバカが気になったので、つい購入したのです。
本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪



【定年バカ】
定年

勢古浩爾著、SBクリエイティ、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
定年後に続く、20年、30年という人生を思うと、人はいろいろと考えてしまう。生きがいは?健康は?老後資金は?などなど。しかし、多彩な趣味や交友、地域活動などを通じて充実した定年後を送ろう、いや送るべきという「圧」が昨今やたらと強くなってはいないか?無理して「地域デビュー」なんてしないほうが互いの幸せだったりもする。「なにもしない生活」だってアリなのではないか。

<読む前の大使寸評>
この本の目次にならんだ数々のバカが気になったので、つい購入したのです。
本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪

rakuten定年バカ



p74~76
■なにもしない自由 
 なにもしていないと、「家でゴロゴロしてばっかり」と、まるでダメ人間の象徴のようにいわれる。しかたのないことである。生きているように見えないのだ。しかし、なにもしなくてもいい、という在り方に一定の理解をしめしている人がいる。1941年生れの老年精神医学者の竹中星郎氏である。めずらしい人である。

 「巷に流れている『・・・するな』といった戒律や『・・・すべし』という説教には違和感があった。もっと自由に生きたほうがいい。健康法や生涯教育などクソ食らえだと思っていたが、精神科医がそれをいうのは憚られた。しかし多くの高齢者の生き方をみて、必ずしもまちがいではないと思えるようになった」(『高齢者の孤独と豊かさ』NHKブックス)。
 またこうもいっている。「一人でいることができるのは大きな能力でもある。それは孤独に直面したときに、それに耐える原動力となる」

 竹中氏は「なにもしないことは悪か?」という問いを設定している。竹中が対象としているのは高齢者で、定年退職者ではない。しかし、高齢者・定年者にかぎらず、こう自問するだけでも稀有なことである。世間では「なにもしないこと」は無条件によくないこととされているからである。考えるまでもないのだ。

 竹中氏はこういっている。「老年期に恐れるべきことは、心の貧しさである。自分らしく自由にいきいきと生きることを見失ってしあい、すべてのことに興味や関心がなくなる。人との交わりがなくなり、孤立する。そのような生き方である」。なにもしない人の最終地点であろうか。わたしは、そうなったら、それでしかたがないと思う。

 「なにもしない生活が精神的によいとはいえない。豊かとはいいがたい。しかし、働くことが是であり、なにもしないことが悪であるという価値観を老年期にもちこむのは検討の余地がある。このなかなか答えのでない問題に直面して家族や関係者が悩むのは、そのかたわらに居つづけることが辛いからである。彼らは、なにもしない老人に対して焦る。施設のスタッフは、自分がなにも仕事をしていないのではないかと不安になり、ゲームや歌にはしる。大勢をあつめた催しは高齢者のためではない」

 これはたぶん75歳以上の高齢者についていわれている。しかし定年者にとっても示唆にとんでいる。「高齢になってからは自分のために生きることを柱にする。ボケないためといった将来の不安のためでも、人のためでもなく、自己本位に自由に生きることである」


ウン ある意味、卓見ではあるなあ。 

『定年バカ』3:この本の結論p25~27
『定年バカ』2:終活バカp168~169
『定年バカ』1:夫と妻の地獄p188~191

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