『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』2

<『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』2>
図書館で『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』という本を、手にしたのです。
9年前刊行の本であるが・・・
わりと今日的なテーマのタイトルではないかと思ったのです。
週刊SPA!の連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』の単行本化13巻だって・・・
こんな連載エッセイがあたことも知らんかったで。


【どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?】


鴻上尚史著、扶桑社、2009年刊

<商品の説明>より
混迷を極める現代社会。ネットでは極端にセンシティブで歪曲されたコミュニケーションが横行し、現実社会でもそのいびつさが侵食。
人々は、コミュニケーションにおいて非常な不安を感じている。われわれが生きていくうえで、人は人にどう対応し、どう付きあっていくべきか?

<読む前の大使寸評>
9年前刊行の本であるが・・・
わりと今日的なテーマのタイトルではないかと思ったのです。
週刊SPA!の連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』の単行本化13巻だって・・・
こんな連載エッセイがあたことも知らんかったで。

rakutenどうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?


9年前に「空気を読む」が語られているので、見てみましょう。
p208~211
<みんな、「気配りのファシズム」に疲れ切っている>
 「空気を読む」という言い方は、もうすかり定着したようです。「空気を読めない人」と言われてしまうと、けっこうなダメージを受けるようになりました。

 安倍首相(連載当時)のかたくなまでの首相続投の態度は、とても、「再チャレンジ」を政策のモットーにしていた人とは思えないのですが、まさに「空気を読めない人」の代表と思われているようです。
 考えてみれば、小泉元首相は、「空気を読む」のが得意な人でした。それだけの人だったと言ってもいいかもしれません。
 その場でどんな発言をすれば、聴衆は興奮するのかを、瞬間的に生理的に自動的に理解して表現できる人でした。

 空気を読めない原因は、空気を読んでいる時間も能力もないということが一番です。
 空気を読まずに何を読んでいるかというと、「自分」です。「空気」とは、みんなの顔色だったり、周りの雰囲気だったり、それぞれの関係性だったりします。
 もっと馴染みの言葉で言えば、「世間体」です。なんのことはない、若者が「空気、読めよ」と突っ込んでいるのは、「世間さまの声を聞けよ」とか「世間体を気にしろよ」と言っているのと同じなのです。んまあ、日本人の変わらないことよ(笑)。

 ですから、「空気を読む」の反対語は、「自分を読む」になります。
 自分のことを一生懸命考えているから、周りのことが見えなくなるのです。人間の能力には限界がありますから、自分のことを深く考えながら、同時に周りのことにも気を配るなんてことは不可能なのです。ま、よっぽど器の大きい人は別でしょうが。

 でも、人間ですから、自分のことをまず深く考えたくなります。自分の可能性やら、自分が周りからどう見られているあやら、自分がどう振る舞えばいいのかやら、そんな自分のことで頭の中は一杯一杯になります。それは、とても自然なことです。
(中略)

 いきなり大きなことを言えば、「空気を読む」ことを大切にすることは日本人の美徳だと僕は思います。けれど、「空気を読むことだけが上手になる」ことは、日本人の不幸だろうと思うのです。
 なぜなら、「空気を読む」ことが上手になればなるほど、「自分を読む」ことがおろそかになるからです。みんなが気を使っている世界は素敵ですが、気だけを使って疲れ果てている世界は貧しい世界です。

 沖縄のブームがずっと続いているのは、僕は、みんなが、ずっと「空気を読み」続けることに疲れているからだと思っています。
 みんな、「気配りのファシズム」とでもいうものに疲れ切っている、と僕は思っています。
 と、考えると、安倍首相は、ただの「空気が読めない人」なのか。それとも、「空気を読んだ」上で、みんなの気持ちがわかった上で、なおかつ、それを無視して続投を主張しているのか。


『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』1

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック