『恋文から論文まで』3

<『恋文から論文まで』3>
図書館で丸谷才一編集の『恋文から論文まで』という本を、手にしたのです。
たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。



【恋文から論文まで】


丸谷才一編、福武書店、1987年刊

<「BOOK」データベース>より
恋文、卒論、作文、料理、小説、悪文…と、豊富な題材で文章上達の極意を伝授!

<読む前の大使寸評>
たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。

amazon恋文から論文まで


大岡昇平が文体について述べているので、見てみましょう。
p83~86
<小説の文体:大岡昇平>
 「文は人なり」…これはフランスの博物学者ビュフォンが、二百年ほど前にいった言葉ですが、われわれが考えているほど、深刻な意味はなかったということです。

 「知識とか事実とか新発見とかは、容易に整理し、変形し、たくみな手腕で、作品にまとめることが出来る。それらが人間の外にあるからだ。しかし文体は人間そのものである。Le style est L'homme meme. だから文体は、持ち上げ、運び、変質させることは出来ない」(『文体論』)

 ビュフォンは主に科学的論文を対象としていて、真理は万人のものだが、その記述の仕方は人さまざまであるということを、指摘しているだけです。従って文章には作者の人柄が現れるとか、文才は天与のものであるとか、人間の顔がみんな違っているように、各人各様の文体があるとか、そういう意味に取るのは、間違いということになります。

 しかしだからといって、その後ビュフォンの言葉が、このような意味に取られ、そのため、人口に膾炙したのは理由のあることで、僕は後世の誤解の例として、ここに挙げたのではありません。「文は人なり」は高山樗牛の訳語ですが、このいかめしいい言い方に、明治のロマンチストの背伸びした姿勢が感じられ、またそれがどんな風に、僕達に伝えられたかを示しています。

 文章はもちろん、我々の思考の表わし方の一つですが、むかしは修辞学とか、美文の書き方とか、雄弁術とかは、言葉をあやつる技術として、人間と独立して考えられていた。それは近代のロマンチックな、個性尊重、自己中心主義が現れると共に、維持出来なくなりました。

 文章はいかに美しく、無疵に書かれるかより、たしかにあの人が書いた文章だ、あの人でなくちゃ書けない文章だ、と思われる方が尊敬されるようになった。破格な調子の悪さも、かえってその人の特徴を、よりよく示すものとして、よろこばれたのです。

 よき日本語を、よい文章を、という理想が、明治以来西欧のロマンチシズムに感染した文人に、どの程度あったか疑問です。漱石がアテ字や俗語を、勝手気儘に使ったのは周知のことですし、鴎外は字引にないような稀語難字を使い、外国語は大抵横文字のまま挿入しました。

 読者が理解しようがしまいがどうでもいいので、人の知らないことを知ってる自分というものを、読者に示すのに、むしろ誇りとよろこびを感じていたようです。彼等は人生と文学の理想を追うのに忙しかったので、文章の風格とか品とかいうものがやかましく言われるようになったのは、大正以来のことなのです。

 派手な文体、地味な文体、力強い文体、軽快な文体、などなど、種々の形容が、批評家によって、作家を月旦するに使われますが、それは或る作家の文章を読んで、あたりさわりのない印象の表現です。作家の力強い文体を目指して、実際に力強い文体に達することはめったにないので、それは結局は一人の作家が、人生でも現実でも、なんにでも結構ですが、対象を前にして取る態度の結果あらわれたものにすぎません。これは最近江藤淳氏によって、「文体は作家の行動の軌跡」という風に公式化されています。

 しかし一方言語が人間にとって外在するものなら、それは個人に属するより前に、民族に属するのではないか、という問題があります。文体の問題は、そのまま文学全体にからまって来ますが、ここではそこまで深入りしません。

 われわれは『源氏物語』の文体、上田秋成の文体とは言うけれど、人麻呂の文体、芭蕉の文体とは言いません。それは後の二人のは詩だからで、文体とはあず散文について言われるもののようです。詩歌において、文体に対応するのは、「声調」ともいうべきものであり、それは散文における文体より、もっと個人の肉体に密接したものです。


『恋文から論文まで』2:吉行淳之介×丸谷才一閑談(続き)
『恋文から論文まで』1:吉行淳之介×丸谷才一閑談




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