『恋文から論文まで』2

<『恋文から論文まで』2>
図書館で丸谷才一編集の『恋文から論文まで』という本を、手にしたのです。
たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。



【恋文から論文まで】


丸谷才一編、福武書店、1987年刊

<「BOOK」データベース>より
恋文、卒論、作文、料理、小説、悪文…と、豊富な題材で文章上達の極意を伝授!

<読む前の大使寸評>
たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。

amazon恋文から論文まで


『文章読本』対談の続きが語られているので、見てみましょう。
p216~219
<『文章読本』についての閑談:吉行淳之介×丸谷才一>
■現代日本語の成立
吉行:さて、丸谷さんのこの本で、納得できなかったところを言いましょう。
 一つは、「文語体を勉強することによって文章が良くなってくる」。もう一つは、「外国語をどれか一つ学ぶべし」、これは注釈がついていて、「キザを承知で言えば」と。しかし、これは昭和初期までのことではないですかね。

 と言うのは、あの時代には、文語体とか欧文脈の消化がまだ十分できてなくて、みんな大変苦労した。そのあといろんな人が、日本の古典とか欧文とか勉強をして、口語を作っていってくれたわけですよね。げんにそういうお手本になるようなものがいっぱいある。それですましちゃいけないのですか、昭和50年代においては。

丸谷:しかしあれは、僕の体験がこもっているのでね。僕個人の体験じゃ狭すぎるのなら、こういうのはどうでしょう。

 池田満寿夫のものを読んだときに、あのひとは、英語を読めないと言っているけど、やはり、英語と何らかの形でつき合わされちゃった人だろうと思った。そのことが池田満寿夫の文才を磨いていると思うんですね。

吉行:英語かな、それは。 ああいう場所で暮らしている生活感覚じゃないかしらね。

丸谷:もちろん、それは非常に大きいでしょう。でも、やはり英語の文章といろんな意味でヘンにつき合わされていると思うんです。英語というものを日本語の横に置いたから、日本語がよくわかってきた。見えてきた。

 たとえば、志賀直哉などは、日本の古典とか、漢文とか、特に読まなかった人でしょうよ。でも、明治時代の教育のせいで、不本意ながら、そういうものに接したということがあると思う。その経験がモノを言ってるでしょうね。伝統というものがわれわれに向かって押し寄せてきて、われわれの表現能力をきちんとさせるというのは、直接的じゃなくて、思いがけないところで妙な具合で迫ってくるものだから。

吉行:ただ、明治初年から大正期までは、英語を読む能力は、新時代としての必需的な感じで非常に高かったろうし、日本の古典文学だって、もっと身近にあったんじゃないの。

丸谷:それはそうでしょうね。

吉行:いまや、そこをさんざん苦労して現代日本語に消化した名文があるじゃないですか。それを読めばいいという意見はどうでしょう。

丸谷:手っ取り早い方法としてはそうかもしれないけど、さらに元に戻ったら、もう一つ手っ取り早い。

吉行:本格的だよな。手っ取り早くないよ、大変だもの。
丸谷:つまり、石川淳を読んで勉強するよりは、蜀山人を読むほうが早いと、僕は思うんだなあ。

吉行:勉強ということになれば、手っ取り早いかもしれないけど、ちょっとゴロ寝しては読めないよ。字引を横に置いて机に向かわなきゃ。石川淳も、いまの人にはかなり辛いだろうけど、僕が高校生の頃は、普通に読めたよね。

丸谷:そうそう。

吉行:それよりちょっと厄介になると、もうダメで、勉強という感じになってくる。でも、その見解を除外すると、この『文章読本』は、厚さが三分の二になってしまう。

丸谷:そうです。

吉行:定価が三分の二になって、印税も三分の二になる。(笑) それにしても、「ちょっと気取って書け」のところで出てくる永井荷風の『日和下駄』ね、あれでも坐り直して机の上にきちんと置いてよまなきゃ、もう普通には読めませんよ。

丸谷:そうかな? そうかもしれませんね。


『恋文から論文まで』1




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