『文字渦』4

<『文字渦』4>
図書館に予約していた『文字渦』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。
「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。


【文字渦】


円城塔著、新潮社、2018年刊

<出版社>より
昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。

<読む前の大使寸評>
「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。

<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>

rakuten文字渦



「新字」の謎はますます深まっているので、続きを見てみましょう。
p124~129
<新字>
 「新字」と問う声に明らかな苛立ちが混じっている。
 「ペルシアの向こうの言葉で書かれております。日出る国の天子より、日沈む国の天子に宛てる手紙の草案です」
 ショウ嗣業が紙片を投げ出して笑い出す。
 「貴殿は」と音を立てて卓に右手を打ちつける。「日本はカリフと同盟を結んで唐を挟撃するつもりだと告げにきたのか」

 「まさか」と芝居がかって両手を挙げてみせる石積である。「東夷の小国である我が国にそんな余裕はありません。国としては、ね。でもご記憶でしょうか、12年前、わたくしとともにやってきた定恵という僧のことを」

 「つい先年まで、玄奨門下にいたと記憶している」
 「その後、日本本国からの国命を受け、インドへ向かったことは」
 というのは無論、石積の出任せである。中臣鎌足の息子である定恵は石積とはすれ違う形で飛鳥に入った。石積はまだ知らないことながら、この時既に定恵は突然死を遂げているのだが、それはこの話とは関係がない。

 「新羅経由で帰国したと報告を受けた」
 後追い気味になっているショウ嗣業へ、石積は余裕の笑みを向け、洛陽の波斯教徒から仕入れてきた名を投げ込む。
 「ムアーウィアという名にお聞き覚えは」

 ショウ嗣業の顔が引き締まるが、返事はない。シリアで頭角を現し、先頃カリフの地位についた男の名前だ。ショウ嗣業が投げ出した紙片を拾い上げてもう一度示す。無論そこに記されているのは石積が勝手に組み合わせて並べた、楔形をした文字であり、回教徒の王朝の言葉などではなかったが、ここではむしろ、それが誰にも読むことができないものであるということの方が重要だった。
 
 下手に意味を持つ文章などを持ち出せば、なんの証拠とされていまうかわからない。ただ装飾のための模様ではなく文字であり、何か意味を含んでいるように見えることだけが必用だった。

 「馬鹿馬鹿しい」とショウ嗣業は夢を追うように頭の上で手のひらを振り、「二つ目というのは」と記憶力がよいところを示してみせた。

 「皇后陛下に一つ、進言が御座います」
 「…この情勢下、そんなことが許されるわけがなかろう」
 ショウ嗣業の呆れ顔を手で制し、
 「単純なことです。皇后陛下の徳を讃えるための進言です。是非、皇后陛下御自身の高貴さを示すための文字を制定することを提言致します。その文字はただ皇后陛下を示すためだけに用い、他には使用を許さぬのです。これまで皇帝たちは、特定の文字を避カンさせてきましたが、自らの名を示す文字を作り出した帝王はありません」

 「貴殿の言うことならばできる限り、と思っていたが、下らぬことに願いを使ったな」
 「では」と身を乗り出した石積に、
 「無論、最初の願いを認めるわけにはいかん。カリフとの同盟を仄めかしたことを理由に捕縛しないことを、友情の証と考えて頂く。二つ目については」
 と席を立ちながら言う。

 「具申しておく。貴殿の名は出さないが、よいな」
 石積は深く頭を下げて、退出するショウ嗣業の背中を見送る。
 とりあえずはこれでよいと石積は思う。もしもこの12年、自分の考えて続けてきた文字の力が本当に存在するのなら、皇后の名の下に勝手な文字をつけ加えられた既存の漢字たちは、秩序を乱されたことに怒り、反乱を企てるだろう。楷書によって完成に近づいた文字の帝国に小さな穴が空くだろう。あの皇后なら、と石積は思う。さぞ独創的な、奇態な文字を案出してくれると期待してよい。

 無論、外交官の堺部としてはそんな夢想に頼るつもりは全くない。今回の面会はただ、元留学生の石積の思いつきであるにすぎない。これによって今後の交渉が好転するか悪化するかはわからなかったが、どうせこれ以上悪くはなりようがない交渉である。以降全力を尽すのは当然として、さて、こと成らなかった場合にどうするか。

 一つ目の願いは単に、ショウ嗣業へ揺さぶりをかけるためのものだったが、存外悪くない案だと堺部も思う。はるかに砂の海を越え、同盟相手を探しにいくのだ。その頃には母国は唐に攻め滅ぼされているかもしれないが、新たな土地に新たな言葉で、かつて存在したという日本の歴史を記しにいくのも、国を永らえる一つの道なのではないか。

 文字を書くとは、国を建てることである。

ウン ここまで読んでくると・・・
この本は言語学的SFというよりも、堺部石積を主人公にした言語学的実験小説というのが、正しいのかもね。

この本も漢字文化圏あれこれR3に収めておくものとします。
『文字渦』3:「新字」の謎
『文字渦』2:「第5回遣唐使」
『文字渦』1:CJK統合漢字

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