『日本夢 ジャパンドリーム』3

<『日本夢 ジャパンドリーム』3>
図書館で『日本夢 ジャパンドリーム』という本を、手にしたのです。
中国夢に対しては、日本夢というのが、ええでぇ♪
・・・覇権国家ともいえる中国に対しては、どうしてもナショナリズムに振れる大使である。


【日本夢 ジャパンドリーム】


劉明福, 加藤嘉一著、晶文社、2018年刊

<出版社>より
中国人民解放軍国防大学教授/上級大佐である劉明福は、中国国内でベストセラーとなった『中国夢』の著者であり、その主張は、習近平国家主席が掲げる指導思想・国家目標「チャイナドリーム」の土台になったと言われる。その劉大佐が突きつけた痛烈な問い、「日本に夢はあるのか?」。中国の指導者層は、日本を、アメリカを、世界をどう見ているのか。日本人青年と人民解放軍将校が繰り広げる、日米中3国の未来をめぐっての激論の記録。

<読む前の大使寸評>
中国夢に対しては、日本夢というのが、ええでぇ♪
・・・覇権国家ともいえる中国に対しては、どうしてもナショナリズムに振れる大使である。

rakuten日本夢 ジャパンドリーム


第9章で、日本夢について、見てみましょう。(続き)
p219~222
<21世紀に“ジャパンドリーム”たるものは存在するのか?>
劉:夢のない、夢を持たない民族に未来はないと私は思っています。一方で、夢が狂想になった民族にも未来はない、やってこないとも考えます。加藤さんから見て、“大和民族”は古代から今日までの道を歩む過程において、民族と国家の夢という意味でどのような段階を経てきましたか? どのような成功体験を見出すことが可能ですか? どのような教訓を見出すことが可能ですか?

加藤:まず、ほぼ全ての日本国民は歴史教育を通じて、“大和民族”という言葉を知っていると思いますし、一定の“自覚”も保持しているでしょう。しかしながら、今日、公の場において、官民を問わず、この言葉を使用するケースは相当限られていると感じます。政治、ビジネス、社会、メディア、そして日常生活といった分野や場面においては、「日本人」、「日本国民」、「有権者」といった言葉を意識的、或いは無自覚に使用するのが通常だと感じてきました。劉大佐の考える“民族”と“日本人”の間には一定の温度差が存在するかもしれません。

 劉大佐の問題提起に関してですが、少なくとも日本で高等学校を卒業するまで、「私たち日本人は国家と民族の夢というものをどのようにとらえてきたか?」というテーマについて考える機会に出逢ったことはなかったように思います。おそらく、多くの国民もコノテーマを深く考えたことはないでしょう。

 絶対多数の国民にとっては、安らかに、幸せに、かけがえのない日々を過ごすことこそが自らにとっての“ジャパンドリーム”なのだと思います。
(中略)

 私なりに劉大佐の問題提起に答えてみたいと思います。
 仮に民族の夢と結合させて歴史を振り返った場合、1853年の米国の黒舟、ペリー来航は日本の門を開き、その後明治維新につながっていったという意味で一つの契機だったと思います。明治維新は日本人が初めて世界という規模、範囲、次元で物事を考え、国家の未来や運命、そして夢を追求した歴史的事件だったと言えるかもしれません。

 我々は使節団を欧州へ派遣し、憲法や議会について学びました。日本は古代においては中国の科挙や律令制度を学び、近代以降は西欧の政治制度などを学ぶことになりました。中国や西欧といった海外の文化や制度を和魂洋才、中体西用の精神と立場で吸収し、自らの社会や国情の需要に適応させてきたプロセスからも、“大和民族”の生き様を見出すことができるかもしれません。

 明治維新は日本人に外を向かせ、前に歩かせました。1894年の日清戦争、1904年の日露戦争を経て、日本人はこれまでにない“民族的自信”を保持して自らの夢を対外拡張という方法を通じて形にしようとしたのでしょう。国内資源に満足せず、国家を発展させるための資源を海外に求めようとした。そこには物質的要求や理念的要求が含まれ、増長していったと言えます。“大東亜共栄圏”は、提唱の動機としてどれだけの合理性や正義感があったかは別として、結果的に日本を自滅させることになりました。

 当時の日本人は清朝を倒し、ロシアに打ち勝ち、自らがアジアの先頭に煮立って、西側列強からアジアを解放しようとしたのかもしれません。20世紀前半の時期、日本の軍人、政治家、実業家、知識人、一般国民、どの分野のどれだけの日本人が“アジアを解放する”という一種の使命感や正義感に賛同していたのかは興味深い問題です。今後の日本の針路を考える上でも、「日本人の正義感」というテーマを国門の内と外から歴史的に振り返ってみる作業は有益だと思います。

 アジアを解放するという一種の使命感がどの程度日本のパールハーバー侵攻に心理的、民族的に影響したのかも興味深い問題です。もちろん、侵攻の過程で経験的、統計的、戦略的にどれだけの勝算が日本の軍部、そして社会に存在していたのかは大いに疑問であり、今を生きるほとんどの国民はあの侵攻を一種の“奇襲”であり、無謀な自爆行為だったと見ているようです。

 このような言い方には語弊があるかもしれませんが、劉大佐の言葉や思考をお借りすれば、当時の民族の夢が日本人に一種の狂想を抱かせ、結果的に民族の夢を、命運を粉砕させたのかもしれません。この歴史的トラウマも、今を生きる日本人に、国家、民族として、「安易に夢を持ち、語ってはならない」という自制的心理を抱かせ、働かせているのかもしれません。

ウーム 民族の夢に関する加藤さんの説明が、劉大佐に伝わったのか?・・・
軍拡にいそしむ人民解放軍の軍人は、そんな柔な考えに聞く耳を持たないのでしょうね。
『日本夢 ジャパンドリーム』2:日本夢について
『日本夢 ジャパンドリーム』1:“中国時代”はなぜ“米国世紀”を淘汰するのか?

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック