『不吉な黄昏(シンガポール陥落の記録)』1

<『不吉な黄昏(シンガポール陥落の記録)』1>
図書館で『不吉な黄昏(シンガポール陥落の記録)』という本を、手にしたのです。
英国人ジャーナリストが見たシンガポール陥落がドキュメンタリー風に記録されているが・・・
冒頭におよそ77年前のシンガポールの日常生活が描かれていて、興味深いのです。



【不吉な黄昏(シンガポール陥落の記録)】


ノエル バーバー著、中央公論社、1995年刊

<「BOOK」データベース>より
日本軍は開戦70日にして、英国極東戦略の要衝シンガポールを陥れた。英国民がその不敗を信じて疑わなかった要塞が、なぜかくも脆く、かつ速やかに陥落してしまったのか。著者は、関連する膨大な記録と資料を渉猟するとともに、同地での戦争を体験した人々にインタビューを行ない、本書にこの疑問の回答を示している。文庫オリジナル版。

<読む前の大使寸評>
英国人ジャーナリストが見たシンガポール陥落がドキュメンタリー風に記録されているが・・・
冒頭におよそ77年前のシンガポールの日常生活が描かれていて、興味深いのです。


amazon不吉な黄昏(シンガポール陥落の記録)


「第2章 開戦の日」で12月8日が語られているので、見てみましょう。
p41~45
<12月8日、月曜日>
 シンガポールが寝静まっていた御前1時15分きっかりに、総督、サー・シェントン・トマスは電話のベルで目を覚ますと、眠けはいっぺんで消し飛んでしまった。マラヤ軍総司令官、A・E・パーシバル中将がフォートカニングにある陸軍総司令部から、その声に興奮と緊迫感を滲ませて、日本軍がタイ国境に近い東海岸の町、コタバルにおいて上陸作戦を開始した旨、総督に告げたのである。

 「ふーむ」シェントン・トマスはそれに答えて言った。「あんなちんぴらどもなんか、どうせ貴官が追っ払ってくれるんでしょう」そのあと、なおもパジャマ姿のままで、総督は緑色の専用直通電話の受話器を取り上げると、警察に対して、かねてから立案されている日本人男子一斉検挙の開始を命じた。トマスは次に夫人と使用人たちを呼びお越し、コーヒーを頼んでから、部下の植民局長へ指示事項を急報して、待機するよう通告した。

 彼が大急ぎでズボンと開襟シャツに着替えたのは、更に他の数部局の長たちへ電話したやっとそのあとのことで、その間に夫人が、このところたび繁く所望されるコーヒーをいれると、二人はそれを、総督官邸の二階にあって、ふだん朝食の場所になっている広大なバルコニーで、ゆっくりと賞味した。

 この場所で、夫妻はしばらくのあいだ、二人にとって最後となった平和なシンガポールの夜景を楽しんだ。総督官邸は高台に建っているので、バルコニーからの眺望は実にすばらしい。しかも、夫妻はそこで明るい月光の下に座していたから、光り輝く大きな港と市街がその眼下に拡がっていて、さながら古風でいくらか不鮮明な、灰色のエッチングを眺めているようだった。街路の灯火が暑い夜空の下に輝いているし、都心の方向には、キャセイ・ビル(当時はシンガポール唯一の超高層建築)のシルエットと、それよりも明るい灯火の輪の中にある白亜の政庁官営とを、はっきりと見分けることができる。そして、その彼方では、数十隻の大小さまざまな船舶が群がっている静かな港の上空に、月が皓々と輝いていた。

 この熱帯の深夜に、それはまことに美しい眺めであった。そして、たとえどちらか一人の胸の中に、何か不安が秘められていたにしても、二人はひと言も口にしなかった。やがてコーヒーを飲み終えると、総統は夫人へ、寝室に戻るようにと言った。一夜明ければ慌しい日になりそうだったが、戦場がまだ600キロの彼方である以上、こんな時刻にやれることなど、誰にとっても、何一つあるはずはなかった。
(中略)

 シンガポールは眠りに包まれたままだったので、深夜のこの時刻、総督として実際にやれることはもう何もなかった。街の眠りを破ってまで住民に警告を発するのは、まず無理だった。なんと言っても、日本軍の総勢は600キロも離れたコタバルにあり、しかも、夜明けまでに海上に撃退される公算が十分にあったからである。その上、彼の置かれた立場はいささか矛盾があった。

 つまり、総司令官という名目上の地位こそ与えられていたものの、同様の敬称を奉られていた国王と一緒で、彼には軍事上の権限が全くなかったのだ。仮に独断で行動を起こしたとすれば、当時、実質的な支配者に生り上がっていた軍部から、極度の不評を買うのは目に見えていた。

 ベランダの下から、月光を浴びた芝生がしきりに差し招いているような気がしたので、シェントン・トマスは豪華な幅広い階段を静かに降りると、それに劣らず壮麗な玄関を通り抜けて、官邸正面の芝生へとゆるやかに歩を進めた。彼がまだ花壇の間をそぞろ歩きしているとき、午前4時になって、またしても電話が鳴った。

 空軍を指揮するC・W・H・パルフォード空軍少将が、総督を呼び出したものである。彼の報告もパーシバルのときと同様に簡潔で、しかも戦慄すべき内容であった。敵航空機群がシンガポールへ接近中であり、すでに市街地から40キロ以内に迫っているというのだ。これでは総督にとって、最初の爆弾が落下炸裂したちょうど4時15分までに、港湾局と防空警護団へ電話連絡する時間的余裕は、ほとんどなかったことになる。



『全身翻訳家』1

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