『ツチヤ学部長の弁明』1

<『ツチヤ学部長の弁明』1>
図書館で『ツチヤ学部長の弁明』という本を、手にしたのです。
ツチヤ教授の哲学的な著作はこれまで何冊か読んできたのだが・・・
頭の中のコリが解けるようなツチヤ学部長(学部長に就任とのこと)のエッセイを見てみたいのです。


【ツチヤ学部長の弁明】


土屋賢二著、講談社、2003年刊

<「BOOK」データベース>より
教育崩壊、権威失墜、不可解な大学人事。青天の霹靂で学部長となった哲学教授は初めて忙しくなり社会的発言にも軽みを増す。お笑いエッセイ、上級者仕様。

<読む前の大使寸評>
ツチヤ教授の哲学的な著作はこれまで何冊か読んできたのだが・・・
頭の中のコリが解けるようなツチヤ学部長(学部長に就任とのこと)のエッセイを見てみたいのです。

rakutenツチヤ学部長の弁明


どっと力が抜けるような就任挨拶を、見てみましょう。
p31~
<学部長に就任して>
 学部長に選ばれたとき、わたしを知る人間は例外なく驚きました。中でも一番驚いたのはわたしです。「わたしは学部長を任されるほど信用できる男だったのか」と新鮮な驚きを覚えました。そして、自分でも気づいていないわたしの真価を同僚が見抜いたことにも、おどろかされました。わたしはこれまでうかつにも、自分がそれほど上品で優雅で責任感と良識と決断力と知性と操作性と撥水機能と自動ロック機能を備えたベッカム似の紳士だとは知らなかったのです。

 しかし残念なことに、わたしの周囲の人間はまだわたしの真価に気づいていないようです。たとえば、ときどきシックなスーツに身を包んでも、学生が驚いたような顔で「どうしたんですか先生」と聞いてきます。イワシがスーツを着ているような目で見るのです。

 しかし上品な紳士がスーツを着ることに何の不思議があるのでしょうか。だれにも知られていませんが、わたしは毎晩、パジャマの代わりにスーツで寝ているのです。

 助手室でもそうです。学部長の威厳をこめて「おはよう」と声をかけても、助手は顔も上げずに「おあよおぐざあ」というだけです。学部長であることを忘れているのかと思って、咳払いをしても関心を示しません。現代が抱える大きい問題の一つは、若者が何事にも無関心無感動になっているということです。

 周囲の無理解だけではありません。他の点でも生活は確実に劣悪になりました。趣味のジャズピアノを弾く時間もなくなり、ライブの回数も減らしました。電車で読む本にしても、以前のようにミステリーや哲学論文を読みながら居眠りするという余裕がなくなり、議事録や報告書を読みながら居眠りするようになりました。

 学部長になってはじめて知ったのですが、学部代表で葬儀に参列するときの香典などは自腹で払うという話です。それを知ってからは、会う人ごとに、わたしの任期中は死ぬのをがまんしてくれ、と頼んでいます。   (お茶の水女子大学「学園だより」'03・2)



この本もいしいひさいちの世界R4に収めるものとします。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック