『お江戸風流さんぽ道』1

<『お江戸風流さんぽ道』1>
図書館で『お江戸風流さんぽ道』という文庫本を手にしたのです。
上方志向の強い大使であるが・・・
杉浦日向子さんのお江戸はけっこう、お気に入りでこれまで数冊の本を読んでいるわけです。
こんな杉浦版「江戸入門書」があったので、即、借りたわけでおます。



【お江戸風流さんぽ道】


杉浦日向子著、小学館、2005年刊

<「BOOK」データベース>より
粋(すい)の上方、粋(いき)の江戸。吸ったら吐き出す江戸の「いき」。情もお金も溜め込まない気っ風のよさを身上に、即席グルメに、江戸前ファッション、長屋暮らしに、色に恋。江戸の庶民の息づかいを生き生きと今に伝える江戸案内。初詣でに始まり、桜見、川遊び、花火大会、大相撲見物などの行事や娯楽、洒落を駆使した言葉遊び、そして日々の生活や町の様子を概説する第一部「ごくらく江戸暮らし」。浮世絵や古地図を参照しながら四回にわたって行われた“講義録”を収録した第二部「ぶらり江戸学」。面白さも二倍の、杉浦版「江戸入門書」。

<読む前の大使寸評>
上方志向の強い大使であるが・・・
杉浦日向子さんのお江戸はけっこう、お気に入りでこれまで数冊の本を読んでいるわけです。
こんな杉浦版「江戸入門書」があったので、即、借りたわけでおます。

rakutenお江戸風流さんぽ道


現代の花見スポットといえば上野公園などが筆頭になるが、江戸のお花見を見てみましょう。
p21~24
<二 桜見>
 呑んで歌って食べて踊る、無礼講の宴。
 行楽のなかの最高峰がお花見です。
 敷きつめられた花弁の上で、
 とめどなく降る桜を愛でる、江戸の花見は、ファンタジーでした。

■七分咲きより散る里桜
 桜を愛でる花見(桜見)は、上方で始まりました。野遊び感覚で弁当を携えて深山に入り、自生する一本の桜の名木を愛でるのが古来の風習です。やがて、江戸では、山中ではなく、植樹した桜を町中で花見しようという新しい発想が生まれます。山でなく里で楽しむ「里桜」の誕生です。

 このように、桜の愛で方が上方と江戸では違います。上方は桜の木自体の美しさを鑑賞するのに対して、江戸は人々がワイワイガヤガヤとコミュニケーションするための桜だったんですね。

 江戸市中に数多くある花見名所には、団子屋や茶店は出ますが、持参の花見弁当も大きな楽しみとなりました。花見弁当は、季節の菜の花や山菜、桜餅などが詰め込まれ、みんなの持ち寄りだから種類も豊富。それぞれ自慢の惣菜を、分け合い盛り上がります。

 また、花見の時期も、現代と異なります。今は七分咲き、八分咲きの散る前を見頃としますが、江戸では散る頃を愛でます。江戸では「」といえば、一弁の花びらの形、これを単弁桜と称します。空にハラハラと花弁が舞い、春先の黒くて軟らかい土の上に薄紅色の花びらが積もり、一面、花の毛氈となる状態を愛でるのが、正統派の花見。桜は散りそめてこそ風雅あり、なのです。
(中略)

■無礼講の大イベント
 花見の場は、身分を忘れた無礼講です。誰も彼もが浮かれて舞い上がる宴会です。
 大店では、春に新たに召し抱えた奉公人の歓迎会を兼ねて、花見を催しました。小さな店でも、家族と従業員の慰安を兼ねた行楽としました。花の下で気分もほぐれて親睦が深まりました。

 町ぐるみ、町内会ごとの花見もありました。今と同じく場所取りをしますが、その役は、町内会の月番です。月番は月々二人いて、花見の時季に当れば、いかに少ない予算で華やかにするか腐心せねばならず、荷の重いことでした。

 町内会の花見もはめをはずした、歌に踊りの宴となります。江戸っ子は上戸が多かったので、はちゃめちゃになったことでしょう。踊りは、当時の流行歌へ当て振りを図解した絵本が上梓されていましたから、それを頼りにみんなで集まって稽古します。なかにはアレンジを加えたり、踊り方を工夫して、オリジナルを創作するくらい熱を入れるグループもいました。また、茶番という即興劇もたくさん繰り広げられます。

 花見のときの仮装も、江戸後期に流行っています。町人が侍の格好をしたり侍が町人の格好をして花見を楽しむという、いわゆる酔狂です。


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