『(日本人)』1

<『(日本人)』1>
図書館で『(日本人)』という本を、手にしたのです。
目次を見てみると、興味深い項目が並んでいて、切り口の鋭さが表れているようで・・・ええでえぇ♪


【(日本人)】
日本人

橘玲著、幻冬舎、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
これまでの日本人論で「日本人の特殊性」といわれてきたことは、ほとんどが人間の本性にすぎない。世界を覆い尽くすグローバリズムの中で、日本人はまったく「特殊」ではない。従来の日本人論をすべて覆すまったく新しい日本人論。

<読む前の大使寸評>
目次を見てみると、興味深い項目が並んでいて、切り口の鋭さが表れているようで・・・ええでえぇ♪

rakuten(日本人)


農耕の発祥という史実が、大使にはいつも気になっているのです。
「第5章コロンブスのタマゴ」で、そのあたりを見てみましょう。
p98~106
 アメリカの進化生物学者ジャレド・ダイヤモンドにとって「コロンブスのタマゴ」は地球儀を見ているときにやってきた。

■農耕というイノベーション 
 ダイヤモンドは、ユーラシア大陸が横に長いのに対し、アフリカ大陸やアメリカ大陸は縦に延びていることに気がついた。もちろん、こんなことは小学生だって知っている。しかしダイヤモンドは、ここで次のような疑問を思いついた。
「横長の大陸と縦長の大陸では、文明の発達にどのようなちがいがあるのだろうか」

 ピューリツァー賞を受賞した世界的なベストセラーの冒頭で、ダイヤモンドは、ニューギニア独立を目指す先住民の政治家から、「白人は鉄の斧、マッチ、医薬品、衣服、飲料、傘などたくさんのものを持っているが、ニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどないのはなぜだろうか」と問われたことを書いている。ダイヤモンドはその疑問を25年間考えつづけ、ついに「白人とニューギニア人のあいだに人種的な優劣があるのではなく、歴史や文明は地理的な初期条件のちがいから生れた」との結論にたどり着いた。 
(中略)

■温帯ベルトと文明の発祥 
 農耕というイノベーションの技術的な制約とは、植物の栽培は気候の影響を受けるというものだ。温帯の植物を別の場所にもっていっても、同じような環境でなければ育てることができない。

 メソポタミアから温帯に沿って西に地球儀を動かすと、地中海沿岸がすっぽりと含まれる。この地域は農耕技術をほぼそのまま移植することが可能で、それが地中海文明が誕生した理由だ。またシベリアと同じ亜寒帯ではあるが、北ヨーロッパはメキシコ暖流の影響で比較的温暖で、それが農耕を可能にした。

 メソポタミアから地球儀を東に回すと、イランを経て北インドのインダス川流域に至る。ここにペルシャ文明とインダス文明が興った。
 インドから中央アジアの草原を越えてさらに東へと進めば、揚子江・黄河流域の大平原地帯が現れる。これが中国文明で、その東側に朝鮮半島と日本列島が位置する。

 このように見ていくと、歴史上の主要な文明はすべて北緯30度から45度のあいだの「温帯ベルト」で誕生していることがわかる。それに対して、同じユーラシア大陸でも熱帯や亜熱帯の地域は文明から取り残されるか、大きく遅れていた。

 文明の発達にちがいがあることは誰もが知っていたが、これまでその理由を説明できたひとじゃいなかった。もっとも説得力があったのは人種的(遺伝的)な優劣だが、現代社会ではタブーとされている。そこへダイヤモンドは、「農耕文明は気候のちがいを超えることができない」という単純明快な「コロンブスのタマゴ」を示したのだ。

 このことから、縦に長いアフリカやアメリカ大陸で文明がじゅうぶんに発達できなかった理由も説明できる。農耕文明では、すべての技術が農作物の栽培や家畜の育成から派生している。たとえば会計は、農作物を蔵に納める際に各自の持ち分を記録するために発明された技術だから、農耕とは別に会計の技法だけが伝わることはまずありえないのだ。
(中略)

 ダイヤモンドの「温帯ベルト」仮説は、近代以降の世界史の展開にも適応できる。
 北アメリカ大陸を見ると、温帯ベルトに属しているのはアメリカ合衆国だけだ。米国とラテンアメリカのちがいは、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に則って、植民者がプロテスタント(米国)かカトリック(ラテンアメリカ)かによるとされているが、ヨーロッパと同じ温帯ベルトへの移住と、生活環境がまったく異なる亜熱帯や熱帯地方への移住の困難さのちがいのほうが大きいのかもしれない。

 南半球で温帯に位置するのは、オセアニア、南アフリカとチリ・アルゼンチンの一部だけだ。

■妥協と全員一致  
 農耕社会の行動原理は狩猟採集社会と根本的に異なるものではない。どのような社会でも、私たちは「人間の本性」に制約された文化やルールに従うことしかできない。

 それでも、このふたつの社会にはいくつかの明確なちがいがある。
 もっともはっきりしているのは、農耕とともに「土地への執着」が生じたことだ。
 獲物を求めて移動を繰り返す狩猟採集民には、土地に対するこだわりはない。それに対して農耕民は、農地からの収穫以外に生きる術はないのだから、土地を奪われてしまえば家族もろとも死ぬしかない。

 こうして、土地は「なわばり」として意識されることになった。なわばりを守ることは生物にとってもっとも原初的な生き残り戦略だから、この感情はとてつもなく強力だ。日本ではバブルの頃に「土地神話」という言葉がよく使われたが、これは日本に特殊な現象ではなく、すべての農耕社会は1万年前から土地神話に呪縛されていた。

 同様に、日本人の心性が「島国根性」だと批判されるが、囲いをつくって敵から土地を守るのことは農耕社会の基本原理で、「開放的な農村」などというものは原理的にあり得ない。

ウーム 中国共産党は農民に借地権を分け与えているが・・・
神のような、かなり酷い仕組みではあるなあ。

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