『小説新潮(2017年6月号)』1

<『小説新潮(2017年6月号)』1>
図書館で『小説新潮(2017年6月号)』という月刊雑誌を手にしたのです。
宮部みゆき・作家生活30周年大特集と銘打っているが・・・
彼女の作品は分厚いので、たぶんまだ読んでいないけど、もうそろそろ読んでみる頃かと、まずはこの雑誌を読んでみようと思ったわけです。


【小説新潮(2017年6月号)】
s小説新潮

雑誌、新潮社、2017年刊

<商品の説明>より
特報!宮部みゆき・作家生活30周年 未収録作品、インタビュー他

<読む前の大使寸評>
彼女の作品は分厚いので、たぶんまだ読んでいないけど、もうそろそろ読んでみる頃かと、まずはこの雑誌を読んでみようと思ったわけです。

amazon小説新潮(2017年6月号)


冒頭の超ロングインタビューの一部を、見てみましょう。
p16~19
<立ち止まって振り返る30年の道のり>
Q:今日は宮部さんの30年の作家生活を、お書きになられた作品を拠り所にしてたどってみる、というのが大きなテーマです。基本的な流れとしては、主要な長編作品を時系列に沿って取り上げ、その作品を構想されたきっかけなどを、ご自身のお言葉で語っていただきます。

宮部:はい、よろしくお願いします。

Q:取り上げる作品は、『魔術はささやく』『火車』『蒲生邸事件』『理由』『摸倣犯』『ブレイブ・ストーリー』『名もなき毒』『孤宿の人』『おそろし三島屋変調百物語事始』『ソロモンの偽証』『荒神』の11作。全体として30年の実像が明らかになればしめたものです。長丁場を乗り切っていただくために、お茶やお菓子を山ほどご用意しました。

宮部:ほんと、テーブルいっぱいのおやつ(笑)。今日は私にとってもいい機会だと思うので、しっかりとお話しいたします。

Q:めったにない機会ですので、いわゆる「デビュー前史」についてもお伺いしたいと思います。

宮部:承知いたしました。

Q:ちょっとストレートすぎる質問かもしれませんが、宮部さんはそもそも、小さい頃から文章を書くのが得意だったんですか。

宮部:ぜーんぜん。私、小学校の時、読書感想文の書き直しをさせられましたから。

Q:宮部みゆきに書き直しを命じる先生がいるとは(笑)。

宮部:いま思えば、読書感想文ではなくて、作品の紹介文になっていたんでしょうね。で、それは私たちの世代に求められていた、正しい読書感想文ではなかった。先生に「まるで本の広告じゃないか」と言われて書き直し(笑)。その本のキャッチコピーを考えたり、内容を紹介したりね。

Q:小学生にして、現在務めておられる新聞書評委員の仕事を先取りしていたわけですね(笑)。その後の中学、高校時代は、小説を書かれていたりはしなかったんですか。

宮部:していません。文芸部でもなかったし、同人雑誌にもまったく関わっていませんでしたから。ただ、高校1、2年の時の担任と、国語の先生に、「文章のセンスがある」「そちらの方面の仕事に就いてもいいんじゃないか」と言っていただいたことがあるんです。ただ、もうその頃には私、速記者になりたいと思っていたもので。

Q:すでに高校時代にですか。それは何か、きっかけがあったんでしょうか。

宮部:もう忘れてしまいましたが、新聞や雑誌か何かで読んだか、テレビのドキュメンタリー番組で見たかして、「あ、この仕事いいな」と感じたんだと思います。

Q:高校を卒業後、すぐに速記の道に進まれたのですか。

宮部:いいえ。最初の2年間は、普通のOLをしてたんです。そこでお給料をもらいながら夜間の速記学校に通って、1級速記士の試験に合格しました。で、その後に法律事務所に移りました。

Q:西新宿の法律事務所ですね。お仕事の内容はどんなものでしたか。

宮部:弁護士として独立されたばかりの若い先生の事務所で、先生もいろいろと地固めされている段階だったらしく、そんなに忙しくない。ほとんどの時間は電話番でした。先生も「本を読んでいてもいいし、何か勉強してても構わないから」とおっしゃっていて、とてもいい環境でした。

Q:それは1980年代の前半ですね。

宮部:21歳からですから、81年から86年までの5年間です。

<最初に買ったミステリーの「参考資料」とは>
Q:先日の「新潮」(2017年5月号)での、津村記久子さんとの対談に立ち会っていて印象的だったのが、母さまが大の映画好きで、それが宮部さんの「物語好き」を育んだという発言でした。

宮部:そうですね。いろいろと刺激を受けました。例えば小学校の夏休みに、「ヒッチコックっていう監督の映画が面白いから見てごらん」と言われて。それがあの「鳥」だったわけですが(笑)。

Q:当時の宮部さんの周囲に存在したもののうち、のちに作家になることに一番の影響を与えたものは何だったんでしょうか。

宮部:やはり映画ですね。津村さんとの対談でもお話ししたのですが、作家になる前に読んでいた小説は、7対3とか8対2の割合で、圧倒的に国内作品よりも海外の翻訳ミステリーの割合が高かった。でも映画と小説、どちらにより影響を受けたかと考えると、これは7対3くらいで映画なんです。

Q:かなり意外なお話ですね。

宮部:この間、古い本を整理していたら出てきてわらっちゃったんですが、最初にミステリーを書こうと思った時に買ってきた参考資料、いったい何だったと思いますか。

Q:うーん、見当がつきません。

宮部:ヒッチコックとトリュフォーの『映画術』なんですよ。

Q:えっ、あの晶文社から出ている?

宮部:十代の頃から翻訳ミステリーを読んで、そのうち読むだけではなく自分で書いてみたくなって習作を始めて、今度は国内の作家を猛然と読み始めた。でも、初めて「小説を書いてみよう」と思った時に、お昼ご飯を1週間立ち食いソバにしなきゃいけないくらい高かったけど、買ってきたのは『映画術』だったんです。いっぱい付箋を立ててて、やたらにラインマーカーを引いていて、もうボロボロなんですけどね。でも今思うと、ずいぶんピントがずれた参考資料ですよね(笑)。

Q:確かにユニークなチョイスかと。おいくつの時でしたか。

宮部:23歳です。

Q:その『映画術』、実際にご自分でミステリーをお書きになる際に、役立ちましたか。

宮部:いやあ、もう細かいことは忘れてしまいっましたね。でも、ひとつだけはっきり記憶しているのが、「ショック」と「サスペンス」についての有名な1節です。「ショック」というのは、観客にいろいろな情報を伏せておいて、いきなりドカンと露わにすれば与えられる。一方で「サスペンス」というのは、登場人物は知らないが、観客には情報が与えられている。例えば、このテーブルの裏に爆弾が仕掛けられている。それを登場人物は知らないが、映画の観客は知っている…という状態を作らないと、「サスペンス」は生じない。

 だから情報の開示の方法と、開示していく順番が大切なんだということを、ヒッチおじさんがおっしゃっているんです。それはたぶん、すごく参考になったんだと思います。


ウーム「サスペンス」の真髄を『映画術』という本から学んだのか・・・参考になりまんな♪

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