『国家と犯罪』3

<『国家と犯罪』3>
図書館に予約していた『国家と犯罪』という本を、待つこと3日でゲットしたのです。
目次を見ると・・・
メキシコのゲリラ問題や中国の少数民族問題、それから中東のクルド人問題など世界の難問が並んでいて…すごいルポルタージュになっています。


【国家と犯罪】
国家

船戸与一著、小学館、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
キューバ、メキシコ、中国、クルディスタン、イタリア…世界の辺境では、いま何が起きているか?『山猫の夏』『砂のクロニクル』など、国際情勢を巧みに織り込んだ傑作冒険小説を描き続ける作家が20年ぶりに世に問うた巨弾ルポルタージュ。

<読む前の大使寸評>
目次を見ると・・・
メキシコのゲリラ問題や中国の少数民族問題、それから中東のクルド人問題など世界の難問が並んでいて…すごいルポルタージュになっています。
なお、借りたのは1997年刊のハードカバーでした。

<図書館予約:(12/05予約、12/08受取)>

rakuten国家と犯罪


中国における奴隷階級ともいえる農民籍を、見てみましょう。
p211~214
<黄土の名もなきクリオたち> 
 手にしていたのは56式自動歩槍である。旧ソヴィエト製AKMをモデルにしたこの中華人民共和国人民解放軍制式自動小銃は7.62ミリ弾を使用し、装弾数30発。それが北京の中心部・建国門外大街で乱射された。

 イラン外交官親子を含む死者8名。負傷者30名以上。引金を引きつづけたのは人民解放軍陸軍中尉・田明建。農村出身で20歳代。これが1994年9月20日、日本のTVにも中継された個的な爆発の残すいまのところの確定事項である。

 公安部隊の包囲にたいして彼は少なくとも一度以上は弾倉を交換したのだ。それは乱射が発作的に行なわれたのではないことを意味している。おそらく、解放軍兵舎を脱走して射殺されるまでのあいだ、この孤独な中尉の脳裏にあったのは中華人民共和国との全面戦争だったろう。そうでなければ、爆発地に建国門を選んだ理由の説明がつかない。

 新華社通信は田明建の脱走理由を兵営で兵士を殴って懲戒処分を受けたためと断じている。だが、ささやかれる噂はもっと多岐にわたった、曰く、上官2名を射殺後逃走。曰く、銃器横流しが露見して逃走。曰く、農村の窮状を訴えるべく自爆の道を選んで脱走。実際の理由が何だったにせよ、彼の行動には改革開放と名づけられた市場経済化の矛盾の一切が絡みついている。

 わたしは1994年春と夏の二度にわたって中国を旅行した。
 広州や成都といった大都市の住民の暮しに較べると、山あいの農村地での生活は「」と農民たちのだれもが言う。湖南省や〇西省、四川省といった中国革命の後背地となったところの農民たちの平均年収は五百元(邦貨約6千円)。これは総売上から農薬代金や農道拡張費分担金などを引いた数字だ。上海市住民の平均月収の半分に当たるこの五百元から農民たちは子供の教育費を賄い、着られなくなった衣服を買い替え、春節用の花火を求める。日本のマス・メディアがこぞって誉めそやした郷鎮企業はこういうところでは存在すらできないのである。

 四川省楽山市仁寿県富加鎮。
 中華人民共和国政府は1993年3月にこの地で何が起きたかについては今もひた隠しに隠しつづけている。だが、事件が起きると同時にどのような回路を辿ってか香港の各紙がこれを報じた。仁寿で農民暴動。指導者は向文清。公安部隊が出動。催涙ガス弾で鎮圧。たったこれだけのことを政府が神経質に隠し通そうとするのはこの事件がトウ小平の改革開放路線の矛盾を集約しているからである。

 山懐に抱かれるような小さな町、仁寿からさらにもうひとつののっぺりとした山を越えると山道沿いに富加鎮の小じんまりとした店舗群が並ぶ。成都からの距離約百キロ。飯屋。自動車修理中古部品商。玉突き場。雑貨商。肉屋。仁寿まで出向けない連中がここで用を足すのである。

 わたしは富加鎮の茶房に腰を下ろした。山岳路を長時間ランドクルーザーで揺られつづけて来たからだ。取材めいたことをする気はなかった。公安局が神経質になっていることは知っていたから。だが、ふいにひとりの農民が茶房のなかに足を踏み入れて来た。右手には牛追い用の杖を持っている。年齢は60前後に見えた。しかし、実際にはわからない。都市に住む連中に較べて農民は十歳から二十歳も老けて見えることがあるからだ。

 茶房の中をさっと見渡して他にだれもいないことを確かめると、その農民は堰を切ったように喋りだした。わたしは中国語がまったくできない。通訳された言葉はこうだった。「あんた、外国人だろ、聞いてくれ。おれたち農民はいまほんとうに苦しい。米の値段はまるっきり上がらないのに農薬は50キロが16元から21元になった。尿素はとくに値上がりが烈しい。それだけじゃない、農道拡張負担金は昨年は26元だったのに今年は50元だ。こんなことじゃ農民は食ってはいけない。それで、去年の6月、向文清が富加鎮人民政府に請願に行った。負担金の削減と独生児政策の緩和を求めて、他の農民たちもどんな反応が戻ってくるかと思って人民政府のまわりに集まった。1万人ぐらいはいたろうと思う。そしたら、楽山市から公安部隊がやって来た。その公安局の車に血の気の多い若いやつ2、3人が火を点けた。そのために向文清は反革命罪で逮捕され7年間の強制収容所送り、若いやつのひとりは2年後の死刑が決まった」

 これだけ言うと、その農民は何かの気配でも察したかのごとくすっと消えていった。そして、30秒もしないうちに富加鎮の公安局の連中が茶房にやいって来た。わたしは任意同行を求められ、人民政府へ連行された。ここでは旅券の提示だけに留まり、公安局の車輌で仁寿県人民政府へと護送された。

 「あなたの査証は観光だ。それなのになぜ取材した?」「取材なんかしていない。質問もしなかった」「しかし、農民と話しているのを見た者がいる」「質問をしなければ取材とは言えない。茶房で吐かれていた言葉にただ耳を傾けただけだ」こういうやりとりがつづいたあとで仁寿の公安局責任者は「とにかく成都に戻って欲しい、仁寿のホテルには泊まって欲しくない」と言う。わたしがそれを受け入れると「こういう田舎に外国からの賓客が来たわけだから、今夜は歓迎の宴を催したい」。こうして仁寿県人民政府に隣接するレストランで酒盛りがはじまった。

 この宴に集まったのはわたしを取調べた公安関係者だけではない。仁寿県の共産党幹部や政府の役人たちがずらりと参集しての飲み食いがはじまったのだ。中国ではこれはべつに驚くべきことではない。わたしは華南を旅行したとき何やかやと名目を設けて地方の党幹部や政府関係者が公費を惜しげもなく使うのを何度も目撃してきた。仁寿の宴ではおそらく二千元近くが浪費されたろう。24元の負担金増額に抗議の請願を行なった農民を反革命罪で逮捕した連中にとってこういう娯しみはまさに日常茶飯なのだと判断するしかない。


『国家と犯罪』1:新疆ウイグル自治区
『国家と犯罪』2:内モンゴル自治区

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