『日本中世に何が起きたか』3

<『日本中世に何が起きたか』3>
図書館で網野善彦著『日本中世に何が起きたか』という文庫本を、手にしたのです。
裏表紙には「宗教と経済活動との関わりを解明」「網野史学の全容を俯瞰できる名著」とのコピーが出ていて華々しいが・・・
この文庫本が装いも新たに今年(2017年)発刊されたわけで、それだけ売れるロングセラーなのかも♪


【日本中世に何が起きたか】
網野

網野善彦著、KADOKAWA、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
「なぜ、平安末・鎌倉という時代にのみ、すぐれた宗教家が輩出したのか」。高校教諭時代、教え子から問われて以来30年余、通説を覆す数々の研究の過程で見えてきたものとは何か。「無縁」論から「資本主義」論へー対極に考えられてきた、宗教と経済活動との関わりを解明。中世社会の輪郭を鮮明に描くと共に、国民国家という枠組みをも超えてゆくべき、現代歴史学の課題を提言。網野史学の全容を俯瞰できる名著。

<読む前の大使寸評>
裏表紙には「宗教と経済活動との関わりを解明」「網野史学の全容を俯瞰できる名著」とのコピーが出ていて華々しいが・・・
この文庫本が装いも新たに今年(2017年)発刊されたわけで、それだけ売れるロングセラーなのかも♪

rakuten日本中世に何が起きたか


「日本」を相対化している辺りを、見てみましょう。
p147~150
<中世における悪の意味について> 
■東と西の差異
 ここで皆さんに手をあげてもらう失礼は避けたいと思いますが、正直なところ、何も予備知識なしに「日本という国の名前がいつ決まったのか」と聞かれて、ぱっと答えられる人は日本人の中ではほとんどいないのではないでしょうか。

 ところが、同じ大学に中国人の留学生がいまして「あなたの国はどうですか」と聞いたら「私の国の名前は1949年に決まりました」と胸を張って答えるわけであります。日本人はだれも答えられない。
 こういう事態が、実は大問題だと思います。だから、私は「日本」というのは国の名前なので、この国の名前が決まる前には「日本人」もいないし、「日本国」もこの世になかった。もちろん倭人はいたのですが、倭人は日本人と重なる部分もありますけれども、違う部分もありますので、やはりこの両者は厳密に区別する必要があります。

 だから聖徳太子と言われた人は倭人ではあるが、日本人ではないということを言い歩いており、大分あちこちから嫌われているようではありますが、私は、これは間違いないことで、本当にそうだと思います。
 
■「日本」を相対化する
 裏返していうと、われわれは日本という国の名前を替えることもできるのです。何国になるかもちろんわかりませんけれども、われわれの総意で、かつての一部の支配者が決めた「日本」という名前を捨てて、別の国名を決めることだってできる。その時点で「日本人」はこの地上からいなくなります。もちろん、私は「今すぐ替えろ」と言っているわけではありません。1300年も続いてきた国の名前を替えるのですから、そう簡単に替えるわけにもいかないでしょう。

 しかし、替えたければ替えられるだということをはっきり認識しておく必要がある。「日本」をわれわれが客観的に相対化して知ることが、自分自身を知るための一番の基本だと思います。

 この点で、現在の日本人は実にぼんやりとした認識しか持っていない。そこからいろいろな問題が出てくると思うのです。
 「日本国」という国名は、7世紀末から8世紀初めに決まるのだと思います。浄御原令という令が決まった689年ごろだというのが今のところ、研究者の多数意見ですが、大ざっぱに言って、7世紀末から8世紀初めという点では一致していると思います。注意しておく必要があるのは、その時点の日本国の領域には東北と南九州は入っていません。北海道、沖縄はもちろんです。日本国はその後、8世紀に東北と南九州を侵略するわけです。

 日本が侵略したのは、決して明治以降の台湾、朝鮮半島あるいは中国大陸、さらに東南アジアだけではありません。日本国ができたばかりのころ、何も日本国に攻撃を加えたわけでもない東北人に対して、ただ国家の勢力を広げ、虚勢を拡大するという理由だけで、日本国は軍隊を動員して東北に攻め込むわけです。当然、東北人は頑強にこれに抵抗します。南九州に対しても同様の攻撃を加えますが、「隼人」と言われる人びとは比較的早く日本国に従います。

 これに対し、「蝦夷」と言われた東北人は頑強に侵略に抵抗しましたので、東北北部は日本国の中にはなかなか入りません。東北北部が完全に日本国の制度の中に入るのは12世紀あるいは11世紀の後半ぐらいからだと言われています。国、郡、郷の制度は、そのころまで東北に及んでいません。陸奥国が今の青森全体に及ぶのは、12世紀ころと考えられます。

 ですから、「日本国」に対する日本列島の各地域に住む人びとの関わり方は、最初から非常に違うのだということをよく知っておく必要があると思います。
(中略)

 同じ現代の日本人の中で、このように全く違った発想が地域によって出てくることに案外われわれは疎いところがあります。「何となく日本人、いつまでも同じ日本人」、こういう意識で何となく歴史を見ていたのでは、いけないのではないかと思うのです。
 このように地域によって、日本国との関わり方は随分違うのです。


『日本中世に何が起きたか』1:「無縁」=「資本主義」
『日本中世に何が起きたか』2:「民族差別」や「渡来人」

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