『カラスの早起き、スズメの寝坊』

<『カラスの早起き、スズメの寝坊』>
図書館で『カラスの早起き、スズメの寝坊』という新書を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくってみると…なるほど、「文化鳥類学」のおもしろさが散見されるのでおます♪


【カラスの早起き、スズメの寝坊】
スズメ

柴田敏隆著、新潮社、2002年刊

<「BOOK」データベース>より
モズ、カラス、スズメ、フクロウ、ウ、オオタカ、ヤマシギ、オオミズナギドリ…さまざまな環境に適応して高度に進化した鳥たちは、苛酷な状況を生き抜くためにみごとな知恵を発揮する。感情表現豊かなその生態は、知れば知るほど、人の姿を連想させる。文化人類学ならぬ、「文化鳥類学」の視点から、鳥たちの社会を、いきいきと描くネイチャー・エッセイ。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくってみると…なるほど、「文化鳥類学」のおもしろさが散見されるのでおます♪

rakutenカラスの早起き、スズメの寝坊


森昌子さんの歌で『越冬つばめ』というのがあるけれど…
この本で越冬ツバメの謎が語られているので、見てみましょう。
p196~198
<冬のツバメ> 
 冬に女性のスカートと男の子の半ズボン姿は、都市文明の度合の指標になるのではないか、と私は思う。
(中略)

 ところで、ツバメはダンディな鳥と目されるが、冬の寒さに弱いため、夏鳥として、春に渡来し、秋には、暖かい南の国へ渡る候鳥(渡り鳥)であることは、周知の通りである。
 そのツバメが、真冬にも見られることがある。戦前から有名なのは、浜名湖畔の越冬ツバメの群れであった。これは、戦前の国定教科書にも載り、地元の人々の手厚い庇護が与って大なるものであったとされていた。実は、この越冬ツバメは1984年2月7日に、最後の1羽が死んでから「ツバメのお宿」にはもう来なくなってしまった。
 しかし、近年は別に、霞ヶ浦湖畔の魚介加工場や、九州の一部などに、越冬ツバメが観察されるようになっている。

 越冬ツバメについて、以前、学者は、何らかの故障があって、渡り去ることができなくなった変則的な状態、と解釈していた。ところが、ツバメの生態を研究する鳥学者、内田康夫氏は、これらの越冬ツバメは、シベリアの東部や、カムチャッカ半島方面から、日本に、越冬に渡来する個体群であると、言っておられる。つまり、同じ種類のツバメであるが、夏、日本へ来るツバメは、日本の冬の寒さに耐えられないので、南の国へ渡去する。
 しかし、シベリアの酷寒は、とうてい耐え難いが、日本の冬くらいの寒さなら、けっこう我慢できる。つまり、ガンやハクチョウ、それにツグミなどと同じく、冬鳥として、日本へ避寒のために渡来するのが、この越冬ツバメグループで、腹の色が少し赤味がかるのが特徴であるという。

 これに対して、元・山階鳥類研究所標識研究室長の吉井正氏は、これまでの標識調査の結果からは、そのような結論を導き出すに至っていない、と言われる。吉井さんは、浜名湖、霞ヶ浦のような内水面では冬でもユスリカの発生が見られるので、日中、それを捕食すれば、冬でもやっていける。そのかわり、夜は、ひとつ褥で身体を寄せ合った、寒さに耐えているが、それが二重、三重に重なり合い、団塊になってお互いの体温で、暖を取るという奇観を呈するという。ツバメは本来「離間型」なので、これは非常に珍しい生態である。

 越冬ツバメの謎は、まだまだ不明な点が多い。寒い日中、颯爽と空を飛ぶ「冬の夏鳥」ツバメの姿は、何となく厳冬の都心を、スカートや半ズボン姿で闊歩する都会っ子たちを彷彿させる。


ヒュルリ~ ヒュルリララ~
ききわけのない 女ですー♪ ・・・森昌子の歌もええでぇ。

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