『神戸ものがたり』3

<『神戸ものがたり』3>
図書館で『神戸ものがたり』という本を、手にしたのです。
おお 神戸っ子でもある陳舜臣さんが案内する(昔の)神戸とはいかなるものか…期待できそうやでぇ♪


【神戸ものがたり】
ものがたり

陳舜臣著、平凡社、1998年刊

<「BOOK」データベース>より
【目次】
新しい土地/金星台から/異人館地帯/南北の道/布引と六甲/二つの海/軽い精神/あの町この町/そぞろ歩き/水と火/ふりむかず/一月十七日のこと

<読む前の大使寸評>
神戸っ子でもある陳舜臣さんが案内する(昔の)神戸とはいかなるものか…期待できそうやでぇ♪

rakuten神戸ものがたり



阪神・淡路大震災が語られているので、見てみましょう。
p216~219
<一月十七日のこと>
 元歴2年(1185)の地震は、鴨長明が30年近くのちに『方丈記』に記さなければ、あの年は壇の浦で平家が亡びたことだけが記憶されるであろう。元禄地震(1703年)も、新井白石が『折りたく柴の記』に、詳述しなければ、赤穂浪士討入りのつぎの年ですまされるにちがいない。

 鴨長明は『方丈記』に、
 …月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言い出づる人だになし
 と、嘆いている。

 『方丈記』が出たのは、地震の30年ほどのちのことである。人間の忘却の速さに、鴨長明は首を振っているのだが、すべての人が忘れたのではあるまい。肉親を地震で失った人もそのときにいたはずである。「ことばにかけて言い出づる人」はなかったかもしれないが、心のなかで万〇の涙をのんで、声もあげないで悲しんでいる人もすくなくなかったはずである。時間薬というが、30年や50年でも忘れ去ることのできない悲哀が、この世に存在するのだ。

 親しい人の死や重傷だけが悲しいのではない。これまでの生活が打ち切られることも、言いようもなく悲しい。このたびの地震で住居を失った人は、おびただしい数にのぼっている。家屋の倒壊、消失の数は、前述したとおりだが、それによって、これまでの生活をむざんにもぎとられた人の数は、ほとんどかぞえようがない。

 地域別の数をみると、東灘区が死者1268人と最も多い。これは震災の約1ヵ月後の2月15日の調べである。つぎが灘区の819人、ついで長田の723人、兵庫区411人、須磨区339人、中央区207人、垂水区と北区がそれぞれ2人、西区は3人となっている。被害の大小は各区の死者数にほぼ比例しているようだ。

 細長い神戸市でも、とくにJR沿いの細長い部分に被害が集中していた。神戸の顔ともいうべき三宮は、神戸新聞会館、阪急会館、交通センタービルと、駅を囲む主要ビルが軒並み倒壊した。神戸市庁舎は、さすがに新館は無事だったが、旧館は途中でおしつぶされた。

 本書は読み返してみると、歴史紀行的な面があって、その意味でこのままで生きているように思う。たまに倒壊したビルの名が出てくるが、これまた歴史紀行的に読んでいただけるのではないか。


『神戸ものがたり』1:三宮~新開地そぞろ歩き
『神戸ものがたり』2:昭和13年の大水害

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