昭和30年代の頃R1    ③

<昭和30年代の頃R1>
昭和30年代の頃と言えば高度経済成長期で、誰もが希望に溢れていた時代だったのだろうか?
大使には、貧乏くさくて恨みがましい・・・時代だったような気がするのです。
・・・ということで、その頃に関する本を集めてみます。

・くらしの昭和史(2017年刊)
・昭和30年代演習(2013年刊)
・三丁目の夕日の時代(2007年刊)
・『宮本常一の写真に読む失われた昭和』(2004年刊)

R1:『くらしの昭和史』を追記



【くらしの昭和史】
くらし

小泉和子著、朝日新聞出版、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
 昭和30年代は史上、もっともくらしが充実した時代だった。昭和になって普及したちゃぶ台を囲んで、一家団欒が満面開花する。戦争中のもんぺ着用、戦後の衣服払底を画期に、キモノから洋服への衣服革命が進化したのも昭和20年代~30年代半ばである。明治以来の西洋医学が一般家庭に普及し、吸入器や注射器を常備するなど家庭看護がハイレベルで浸透したのもこの時代であった。著者が館長をつとめる「昭和のくらし博物館」では、17年に及ぶ企画展示で、くらしの変化とその要因を詳細に検証してきた。その成果をまとめ、戦争、敗戦から経済成長による奇跡の発展を遂げた昭和史の変化と画期を鮮やかに描き出す。

<読む前の大使寸評>
著者は「昭和のくらし博物館」の館長とのこと…どおりで選んだ題材、内容が充実しているのか♪

rakutenくらしの昭和史
『くらしの昭和史』1byドングリ





【昭和30年代演習】
30年代

関川夏央著、岩波書店、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
昭和三十年代とは、どのような時代だったのだろう。明るく輝き、誰もが希望に胸をふくらませていた時代だったのだろうか。貧乏くさくて、可憐で、恨みがましい―そんな複雑でおもしろい当時の実相を、回顧とは異なる、具体的な作品と事象の読み解きを通して浮き彫りにする。歴史はどのようにつくられ、伝えられてゆくのか。歴史的誤解と時代の誤読を批判的に検討する。

<読む前の大使寸評>
パラパラとめくると『キュ-ポラのある街』、『ALWAYS 3丁目の夕日』、『パッチギ!』が見えるので…おお 団塊の本やないけ♪ということで借りたのです。

rakuten昭和30年代演習


関川さんがあとがきで、韓国や中国のナショナリズムを語っています。
韓国の事情に精通している関川さんならではの、辛口の認識がええでぇ。
p189~191
<「あとがき」にかえて>より
 『3丁目の夕日 夕焼けの詩』は、東京の下町と山手の境界の街の昭和30年代的日常をえがくマンガで、西岸良平さんのライフワークです。映画化されて当たりをとりましたが、映画の場合は「懐旧」に牧歌性を加えるために小さなウソを、あえてまじえていると最初に申し上げました。

 映画の観客の大部分である年配者たちはその小さなウソを、みな承知の上で許す気配で、私はそこに興味をひかれました。たしかにリアルなだけでは懐かしさは不十分にしか感じられません。回想に身をまかせられません。そこにあるのは現実に近いけれども「物語」なのです。

 そういう構造は、韓国や中国が国家として創造したナショナリズムと「反日」の「物語」によく似ているようです。リアルなだけでは「国家統合」の手段としてのナショナリズムは醸成しにくいのでしょう。そしてどちらも、歴史というより、そうであって欲しい「歴史のようなもの」を提示します。

 もっとも、先進国水準に達して久しい韓国がナショナリズムを消費したがる傾向は、感心できません。そのうえ、マショナリズムとは結局「民族至上主義」ですから、韓国がそれにすがるなら、北朝鮮の愚行と蛮行を恥じなくては平仄があいません。韓国がそのあたりをあえて無視しているのは、やはり「物語」だからだね。

 …というようなことを岩波書店の編集者の小グループを相手に、時代小説とは何かというテーマで何回か話したことがあったからです。それは後日、「おじさんはなぜ時代小説が好きか」という本になりました。そのときと同じスタイルで着手してはどうか、という提案でした。

 昭和30年代の日本は高度経済成長の前期にあたりましたが、それは安全保障をあなた任せにせざるを得ないという敗戦国の条件をむしろプラスに転じ、心置きなく経済建設に邁進できたからでした。朝鮮戦争があったにもかかわらず、また中ソ対立が高じて、やがて核武装した中国とソ連が核戦争半歩手前まで行ったにもかかわらず、昭和30年代日本人は社会主義諸国=平和勢力という題目を信じようとつとめた感があります。平成20年代の青年は、こんなことをいうと「タチの悪い冗談」と思うでしょう。

 「タチが悪い」かどうかはともかく、私たちもときに「冗談」だったのではないかと疑います。

 昭和31年に出された「経済白書」に「もはや戦後ではない」の一文がありました。このフレーズはしばしば引用されますけれど、実は「戦後復興」はもはや経済のバネにはならないという「覚悟」を説いたものでした。それを「戦後時代は終わった」と自分に都合よく「翻訳」したのも、映画版『ALWAYS 3丁目の夕日』の小さなウソを許容する観客の心境に似ています。




<三丁目の夕日の時代>
図書館で『三丁目の夕日の時代』というムック本を手にしたが…
全ページにわたって、昭和30年代のほろ苦いような、また懐かしいような写真に満ちています。

というわけで、この本を借りたのだが・・・・ 
大使の場合、昭和30年代と聞くとオート三輪とゴジラ映画となるわけです。


【三丁目の夕日の時代】
夕日

ムック、小学館、2007年刊

<出版社説明>より
『三丁目の夕日』が原作の映画第2弾「ALWAYS続・三丁目の夕日」の2007年11月3日公開に合わせ、高度成長期の日本を、コミックのイラストや映画のシーンも折り込みながら、多角的に分析・紹介したムック本。

<大使寸評>
全ページにわたって、昭和30年代のほろ苦いような、また懐かしいような写真に満ちています。

shogakukan三丁目の夕日の時代


初期のオート三輪には、跳ね上げ式の助手席がついていて、ここに座るのが好きな大使でした。
オート三輪



<『宮本常一の写真に読む失われた昭和』>
図書館で『宮本常一の写真に読む失われた昭和』という本を手にしたが…
記憶の片隅にやっと残っていたような写真が満載されています。タイトルにあるように、もう失われた景色なんでしょうね。


【宮本常一の写真に読む失われた昭和】
宮本

佐野真一著、平凡社、2004年刊

<【目次】「BOOK」データベース>より
第1章 村里の暮らしを追って(景観にめぐらせた無限の夢/鳥の目で地形を、虫の目で暮らしを ほか)/第2章 島と海に見た貧しさと豊かさ(海とともに暮らせた時代/過疎化前の島のたくましさ ほか)/第3章 街角で聞こえた庶民の息づかい(師・渋沢ゆずりの細部へのこだわり/宮本の写真術とその思想 ほか)/第4章 ジャーナリストの視点(学生運動と百姓一揆ー60年安保/大規模災害の現場ー新潟地震 ほか)

<読む前の大使寸評>
記憶の片隅にやっと残っていたような写真が満載されています。タイトルにあるように、もう失われた景色なんでしょうね。

rakuten宮本常一の写真に読む失われた昭和
宮本常一の写真に読む失われた昭和byドングリ


昭和30年代の高度経済成長時期は日本の大転換期だったようで・・・宮本さんや網野さんが説くように、日本人はこの時期に何かを失ったようです。
p22~24
<日本の大転換期における「しぐさ」の記録>
神奈川大学短期大学部の教授時代、網野はテキストに『忘れられた日本人』を使った。いちばん困ったのは、そのなかに出てくる木炭や火鉢といった言葉を学生たちがまったく知らなかったことだったと、網野は前掲書のなかで述べている。

 網野はさらに、私どもの世代と今の世代との間に横たわっている断絶はたいへん深いものがあるような気がする、私流に言えば、14,5世紀頃に日本列島の社会ではかなり重大な文化・生活の大転換があったと思うが、それに匹敵するくらいの、あるいはそれ以上にはるかに深刻な社会の大変動が、現在、進行中なのかもしれないという実感をもっている、とつづけている。

 網野のいう大変動を私なりに解釈すれば、その起点は昭和30年代の高度経済成長にあった。エネルギー革命が起こり、われわれの身の回りから木炭も石炭も消えていった。それは必然的に日本人の生活様式を根本から変えるものだった。宮本の写真が貴重なのは、そのほとんどが、まさにその端境期に撮影されたものだからである。

 そこには消えてゆく日本の姿が、ゆったりとした時間の流れとともに確実に写しとられている。

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