『鳥のいる空』

<『鳥のいる空』>
図書館で『鳥のいる空』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、博物誌のように野鳥や草花の名前がでてくるわけで・・・ええでぇ♪


【鳥のいる空】
鳥

沢野ひとし著、集英社、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
多摩丘陵の一角に住み着いて20数年結婚して25年が過ぎたが、ともかく別れないで今日まできたのが、夫婦というものなのだろうか。ワニ眼画伯が休日に、妻と散歩に出かけたとき、ふと心をよぎる、いくつもの感慨…。山あり、川あり、街角あり、妻あり、息子娘のことあり。旅の思い出あり、天然ユーモアのエッセイ集。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、博物誌のように野鳥や草花の名前がでてくるわけで・・・ええでぇ♪

rakuten鳥のいる空


バード・ウォッチングに興味があるので、その情景を見てみましょう。
p34~37
<八王子の浅川にて>
 今年の浅川は昨年の台風の影響のせいか、河川敷のかなりの草が根こそぎ流されてしまい、場所によっては川床も砂だらけの表面を見せている。例年ではアシが河川敷を埋め尽くしているのに、今年は少なく、植物群の復活を期待するしかない。それでも冬から春にかけて、セキレイ、モズ、ジョウビタキ、ツグミ、シジュウカラ、メジロ、ホオジロといった、いつも見られる野鳥は元気に飛びまわっている。

 3月の終わりの暖かな1日、双眼鏡とカメラ、図鑑、スケッチブックといった野鳥グッズを肩にいつも行く浅川の場所より上流に散歩に出かけた。もう少しすると南の地方より夏鳥が渡ってくる。ツバメ、オオヨシキリ、セッカ、サシバと浅川の川辺もにぎやかになってくる。

 私は鳥に詳しい知人からアオバヅクの来る場所を教えてもらった。アオバヅクは若葉が出はじめた頃に、毎年同じ社寺境内や大木の多い場所にやってくるという。老木の穴などに巣をつくり、フクロウと同じ仲間なので、ホーホー、ホーホーとふた声ずつ鳴くのだ。夜になると活発に行動をはじめる夜行性の鳥である。

 浅川の上流に古いお寺があり、そこのベンチに私はじっと座っていたが、やはり季節が早いせいかアオバヅクの姿は見られなかった。

 ふたたび河原へ下りてみると、数人の釣り人が糸をたらしていた。私がスケッチブックを開き河原の風景を鉛筆で描いていると、ふと後ろに人の気配があり、なにげなく振り返ると小さな子どもが立っていた。まだやっとふらふらと歩きはじめたような女の子であった。あたりには親の姿が見当たらなかった。私が「お母さんと来たの?」と声をかけると「あっち」と子どもは指さした。青い長グツをはき、吊りズボンはころんだのか土で汚れていた。

 「あそこにお母さんがいるの?」とたずねると子どもは、林の方を指さし、「あっち」と同じことを口にした。この子は親と散歩に来て迷子になってしまったのかもしれない。すべって川に落ちたら危険なので、私は子どもの手をつなぎ、「あっち」と指さす樹々が多い土手の方に歩きだした。名前をたずねると子どもはただ首をふるばかりであった。

 細い木の下に男の人がポツネンと座っていた。子どもの顔を見ると心配する様子もなく、「どこに行っていた」と無愛想な声を出した。私が「迷子になっていたようで」と曖昧な声を出すと、「そうですか」と言ったきり、じっと川の方を見つめていた。髪を長くたらした若い男性は赤いジャンパーに両手をつっこみ子どもを抱き上げることもなかった。

 私の首から下げた双眼鏡に興味があるのか、「ちょっとのぞかせてください」と言った。手渡しすると、「すごくハッキリ見えますね」と釣りをしている人に焦点を合わせていた。「たまにこうして野鳥を見ているのですよ」と私が言うと、「鳥ですか。鳥を見てなにかいいことがあるのですか」と言った。どう返事をしていいのかわからずしばらく黙っていると、男は両手を広げ今にもころびそうな娘の姿を見つけ小さく笑っていた。

 「退屈な時に鳥を見ているんですよ」そう私がつぶやくと、「たしかに人生は退屈の連続ですからね」と妙に哲学的な返事が返ってきた。


ウーム 著者はヘタウマのイラストで特徴的な椎名誠の仲間であるが・・・・
このエッセイもなんかヘタウマ系なのかと(笑)、思ったりする♪

著者のイラストを1枚。
沢野

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