『砂の海』

<『砂の海』>
図書館で『砂の海』という本を、手にしたのです。
ちょっと古い本ではあるが、砂漠、西域は大使のツボでもあるし、シーナの紀行とあれば期待できそうやでぇ♪


【砂の海】
砂

椎名誠著、新潮社、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
目的地は、探検家ヘディンが「さまよえる湖」と名づけたロプノールと2000年前の幻の王国・楼蘭。太陽のコノヤロ光線、岩山も刻む砂嵐の中、“あやしい探検隊”隊長は、“正しい探検隊”である日中共同探検隊と、ずんがずんがと砂漠を突き進む。金属味の缶詰料理に辟易し、激しく車に揺られながら、著者が最終地点で目撃したものは?ハードな旅をユーモアで描く、シルクロード紀行。

<読む前の大使寸評>
ちょっと古い本ではあるが、砂漠、西域は大使のツボでもあるし、シーナの紀行とあれば期待できそうやでぇ♪
借りたのは、1998年刊のハードカバーです。

amazon砂の海

砂漠

この本の冒頭を、見てみましょう。
p9~13
<さまよえる湖>
 タクラマカン砂漠へ行くことになった。
 タクラマカンとは、西域に住むウイグル族の言葉は「入ルト出ラレナイ」ということを意味するらしい。

 のっけからすごい名前のところなのだ。そんなオソロシイのじゃなくて「ヒルネニイイ」とか「マタスグオイデ」なんてのを意味するところほうがいいのだけれど、しかしまあ土地の名なのだから仕方がない。

 めざすのはロプノールと楼蘭。
 ロプノールは、北緯40度と東経90度の交叉点のあたりに位置している。20世紀のはじめにスウェーデンの探検家、スウェン・ヘディンが数度にわたってこのロプノールに流れ込むタリム河をたどる探検を行ない、この湖がおよそ1600年ごとに南北に移動している・・・という仮説を発表した。そしてこの探検の折に偶然発見されたのが、2千年前までこの湖のほとりで栄えたとされる幻の王国、楼蘭であった。

 このロプノールと楼蘭については後々実際にそこをわがドタ靴が歩いていくので、その感想なりをそのときくわしく書いていくことにする。

 ヘディンの『さまよえる湖』を最初に読んだのは小学6年の頃であった。図書館でこのタイトルを見つけ、少年シーナマコトは湖がさまよっているなんてどうもあやしい・・・と、きわめてソボクに不思議がったのであろう。

 その本を読んで、世の中には「探検家」という仕事があるのだ、ということを知り、そのことにいたく感心した。

 探検・・・というのはつくづく面白そうである。よし、将来自分も探検家というものをめざそう。あちこちうろつき回る山とか、身もだえる川とか、沸騰する海、などといったものを探して歩くのだ。そしてまずおれもヘディンの見つけたさまよえるロプノールへ行ってみよう・・・、と。さらに連鎖的にその周辺にある世界の探検冒険紀行ものをいろいろ読んでいった。『世界最悪の旅』のスコットや『コン・ティキ号探検記』の少年版を最初に読んだのはこの頃であった。

 しかし、中学に入り、日本では明確に探検を職業とするのは絶望に近しいほど難しいことだ、という厳しい現実を知った。さらにロプノールは中国領の砂漠のまん中にあって、そこをめざすといっても、中国と日本の国交がないこと、砂漠の奥地に大部隊の探検隊が入っていくには莫大な金と外交レベルの国家交渉が必要であること・・・などの巨大なかつ基本的な壁がいくつもたちはだかっていることを知った。

 高校になるとうっかり探検家になっりたいなどということを口に出すと周囲から人格的に危険視されそうな気配があった。それはまあそうだ。現実的には目の前の国語算数社会理科のオノレのこの低レベルの点数をどうしたらいいのだ、このさまよえる頭をどうしたらいいのだ・・・という問題の方がずっと重要なことになっていたからだ。

 しかしその間に世の中もいろいろ大きな動きがあって、日本の政界には田中角栄があらわれ、世界は東西冷戦がさらに進んでいった。日本は高度成長期を迎えようとしており、東京オリンピックの開催などが決まり、日本中が騒々しくなっていった。

 おれは人生の目標がさっぱりわからないまま呆然とした20歳になっていた。秘境探検の夢を絶たれて、それならとまだ見果てぬ女探検に挑んだがまたもやそれにも軽く敗れ去ったりし「いやはや」などとつぶやきつつ、そこらの路地裏を酔って這い回り、朝方一瞬目ざめ、東の空などを眺め「これじゃあいかん!」などとつぶやいては再びコウベをたれて息絶えたりなどしていた。

 22歳で社会人になり、休日のおりおりに仲間を集め、みんなで山や海へ行きテントを張って焚火をおこし、むなしくマムロ川音頭などをうたっては芋を焼いたり酒をのんだりする無目的型バカ旅をくりけすようになり、いつしかその焚火偏愛集団を「あやしい探検隊」と呼ぶようになっていた。

 正しい探検隊になれなかったおれは、それもまあしかたあるめい、と思っていた。
 ところが人生というのはわからないものだ。
 あるとき友人の紹介で、なんだかとてもなつかしい目をした女性と出会った。おれは一目でその女性が好きになり、目の前の人生がなんだかとたんに明るく美しくたおやかな音楽に彩られているような気がしてきた。

 その女性は中国のハルピンで生まれ、父は戦死同様の厄難によって大陸で死に、2歳の時に母と日本に引き揚げてきたのだった。
 「私の夢はいつかチベットと西域に行くことです。スウェン・ヘディンの探検が好きなのです」
 と、その人は言った。

 おお、なんといきなりその人からヘディンの名が出てきた。その頃のおれと焚火で酔っぱらっている仲間たちは、ヘディンもプルジェワルスキーもヘルマンもヘイエルダールも何も知らない連中ばかりだった。
(中略)

 そしてあるとき、朝日新聞社とテレビ朝日が「日中共同楼蘭探検隊」を計画し、同行するテレビドキュメンタリーの仕事でおれに参加しないか、と言ってきた。目的地はロプノールと楼蘭である。
 外国人がそこへ向かうのは1934年のヘディン隊以来54年ぶりであるという。絶対行けることはあるまいと思っていた幻の砂漠が、突然目の前にそのルートをひらいてくれたのだ。

 「妻よ、やったぞ!」
 おれはひそかに唸った。人生いろいろやってみるものだ。


この本も砂漠への憧れ3-R1に収めるものとします。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック