『砂の海』4

<『砂の海』4>
図書館で『砂の海』という本を、手にしたのです。
ちょっと古い本ではあるが、砂漠、西域は大使のツボでもあるし、シーナの紀行とあれば期待できそうやでぇ♪


【砂の海】
砂

椎名誠著、新潮社、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
目的地は、探検家ヘディンが「さまよえる湖」と名づけたロプノールと2000年前の幻の王国・楼蘭。太陽のコノヤロ光線、岩山も刻む砂嵐の中、“あやしい探検隊”隊長は、“正しい探検隊”である日中共同探検隊と、ずんがずんがと砂漠を突き進む。金属味の缶詰料理に辟易し、激しく車に揺られながら、著者が最終地点で目撃したものは?ハードな旅をユーモアで描く、シルクロード紀行。

<読む前の大使寸評>
ちょっと古い本ではあるが、砂漠、西域は大使のツボでもあるし、シーナの紀行とあれば期待できそうやでぇ♪
借りたのは、1998年刊のハードカバーです。

amazon砂の海

砂漠

いよいよ探検隊が出発するので、見てみましょう。
p39~42
<無限軌道>
 嘉コク関は万里の長城の西端にあり、土や石で造られた古い城郭がひとつの威圧感をもってそびえている。
 翌朝、我々の結団式と出発式がこの城郭の前で行われた。嘉コク関市のいわゆるお偉方が正面に並び、大勢の小・中学生がブラスバンドで今度は演歌ぬきの正しい行進曲を陽気に演奏し、爆竹がバチバチはね回った。中国側のテレビ局なども取材にきており、どうも考えていた以上に大がかりで本格的なセレモニーになっている。

 中国側の楊志強隊長が紹介された。頑丈そうな体つきをしており、口のまわりにぐるりとドロボー髭が生えている。どこかでよく見かけた顔である。それも日本である。さて誰だったかなあ、とじつに真剣に考えていたらいきなり思いだした。テレビのCMで、三橋美智也のうたをバックに動物たちと笑っているアニメーション「いいもんだなあ。それにつけてもおやつはカール」の、あの丸口髭のおとっつあんであった。嬉しくなった。これでまたますます「あやしい探検隊」ふうになっていけるというものだ。

 セレモニーが終ると出発である。20台の四輪駆動車にはそれぞれ大きく番号が書いてある。その番号順に出発していく。砂漠耐久レースのスタートのようでなかなか勇壮である。

 おれは6号車に配属された。同乗は細っこい原とギプスの永島である。運転手はスンさんといった。運転歴16年。以前は解放軍で戦車の運転をしていたという。

 隊列を組んで出発すると、町の人々が「なんだなんだ!」という顔をして立止まって見送っている。巨大なカタツムリのような二台の通信車をまん中にして、それを守るようにして進んでいくので、道で見る人には何か重要な秘密物資を運んでいく怪しい隊列のように見えたことだろう。

 各車には無線機がつけられていて、すぐに無線の一斉放送がはじまった。中国語、日本語、ウイグル語である。
(中略)

 嘉コク関から敦煌まで四百キロを第一日目に走る。
 途中で伴走していた中国製の四輪駆動車が故障した。そのクルマは我々の隊の正規のものでなく、敦煌まで同行するだけの役割りであるらしいからそこで追走中止ということになった。もう人家は殆どない。砂漠の自動車の旅というのは運転技術と自動車の性能とそのメンテナンスと燃料補給システムの闘いである。

 西域探検紀行全集の中の『中央アジア自動車横断』(ル・フェーブル著、白水社)は1931年、フランスのシトロエン隊が7台の無限軌道車でベイルートから1年がかりで中央アジアを横断し北京に至る壮大な探検記録である。

 「出発の時間はわざと早朝を選んだ。7台の無限軌道車が1台ずつガレージから出てきたとき、ヨーロッパ人街はまだ眠っていた。シナ人街へはいると、車は驚嘆の目で迎えられた。通行人は立止まり、呉服屋や食料品屋はみんな店先へ飛び出して来た。ジュラルミンの車の見慣れぬ格好、キャタピラの轟々いう音。最後の車が通ったあとには、たちまちやじ馬の群れができた」


『砂の海』1
『砂の海』2
『砂の海』3

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