『国境のない生き方』

<国境のない生き方>
図書館で『国境のない生き方』という新書を手にしたのです。
パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの自叙伝のような本になっています。
しかしまあ、我が子を谷に突き落とすようなお母さんの薫陶によく耐えたマリさんである♪


【国境のない生き方】
ヤマザキ

ヤマザキマリ著、小学館、2015年刊

<出版社>より
ヤマザキマリの名言満載、体験的人生論!
14歳で1か月間、欧州を一人旅。17歳でイタリアに留学し、どん底のビンボー生活も経験。様々な艱難辛苦を経験しながらも、明るく強く生きてこられたのは、本と旅、人との出会いのおかげでした!
この新書に登場する本は、三島由紀夫に安部公房、『百年の孤独』のマルケスに、『蜘蛛女のキス』のブイグ、漫画界からは手塚治虫に藤子・F・不二雄、つげ義春に高野文子など。

<読む前の大使寸評>
パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの自叙伝のような本になっています。
しかしまあ、我が子を谷に突き落とすようなお母さんの薫陶によく耐えたマリさんである♪
どん底の生活体験とか読書歴が興味深いのです。

rakuten国境のない生き方


どん底の生活体験あたりを見てみましょう。
p136~139
<母になったのは、人生最悪の時だった>
 息子の名前を「デルス」と名づけたのは、ロシアの探検家で軍人のウラディミール・アルセーニエフの探検記『デルス・ウザーラ』からでした。シベリアの過酷な自然の中でも、体ひとつで生きている、あの本の登場人物のように、人間というひとりの生き物としてたくましくこの世界を生き抜いてほしいと思ったからです。

 デルスを産んだのは1994年、私が27歳の時でした。
 若く多感で青春を謳歌するはずの年代に、ひとつでも耐えられないような試練が山のように重なって、当時の私は人生のどん底にいました。あの時くらい、人間が嫌いになったことはなかったと思います。

 当時の私をよく知るイタリア人の友達に言わせれば、「あの頃のマリって、『世の中の人間はみんな敵』みたいな感じで、誰も信じてないし、誰とも友達になる気がなくて、人を寄せつけないところがあったよね」と。
 「楽しそうにしている人がいると、蔑むような目で見ていた」と言われても、自分ではまるで自覚がなかったけれど、そういうこともあったかもしれないと思うくらい、あの頃は何もかもがうまくいかず、疲れ切っていました。

 20代の若さで、すっかり絶望して「生きていて何が楽しいんだろう」と日々、自問自答しながら、かろうじて文学や芸術につなぎとめてもらっていた日々でした。
 
 だいたい絵描きと詩人が同棲していたのだから、生活は初めからビンボーの王道です。 でもそれだけなら耐えられたと思います。屋台でアクセサリーを売る商売が軌道に乗ると、ジュセッペは、やがて稼いだ分をその日のうちに使ってしまうようになって、ケンカが絶えなくなりました。経済的な不安定以上に、言葉のバトルがつらかった。

 とうとう不渡り手形が出て、銀行から「今日中にお金を入れてくれ」と矢の催促なのに、彼は相変わらず働こうともしない。
 家を抵当にとられて追い出されるかもしれないのに「君が、日本からお金を送ってもらえばいい」と言い出す始末です。毎日のように飲んだくれては、家にも寄りつかなくなり、ある日、警察から電話がかかってきました。酔っぱらったジュセッペがケンカに巻き込まれて大けがをしたというのです。

 浴びるようにお酒を飲む彼を見ていると、いつも不安でした。
 出会った頃は「俺は絶対」と自負して、過剰なくらいの自信に満ちあふれていた人が、自分の才能を疑い、自暴自棄になっている。つぶれていく人間というものを目の当たりにしていると、自分もいつかこんなふうになっていくのかと、ものすごく怖かった。

 27歳で帰国するまでの7年間は、私にとってそういう暗黒の青春時代でした。
 人生はうまくいかないものだというのを身に染みて感じながら、もはやこれまでという地点まで転がり落ちていた。
 妊娠がわかったのは、そういう時でした。

 「風邪かな」と思って病院に行ったら、妊娠11週目。でもそんな状況では、とてもじゃないけれど、素直に喜ぶことができませんでした。ごはんもろくに食べていなかったので、10キロもやせて、妊婦とは思えないほどひょろひょろの体で、私は思いました。
 結婚もしていないし、彼はどうしようもないし、神様は一体どういうつもりで私に子どもを産めというのか。

 それでもお金を稼がないといけないから、身重の私がひとりで屋台を出して、日が暮れるまで店番をして、とてもじゃないけど絵を描くどころじゃない。良くないことは続くもので、雇った人にまでお金を持ち逃げされて、もう誰を信じたらいいのかもわからない。家に帰っても疲れ果てて、本を開く気にもなれません。

 朝から晩まで手形の支払いのことばかり考えて、一体自分は何のために生きているのだろうと途方に暮れました。不渡りが出た時も、私が、日本円で50万円くらいのお金をあちこちに頭を下げてかき集めたけれど、それが限界で、結局、倒産して、家から何から全部差し押さえられてしまったのです。


ヤマザキ

ウーム すさまじい体験をくぐってきたようですね。
テレビで見ると、ドスの効いた低音にすごみがあるわけで・・・
あの声でイタリア語をしゃべると、イタリア人がおびえるとか(笑)。

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