『アジア新聞屋台村』

<アジア新聞屋台村>
図書館で『アジア新聞屋台村』という本を手にしたのです。

おお 高野秀行さんの本やないけ♪
高野さんの本なら、絶対に外れはないはずである♪・・・大使が断言します。


【アジア新聞屋台村】
アジア

高野秀行著、集英社、2006年刊

<「MARC」データベース>より
ワセダ三畳間にくすぶっていたタカノ青年、突然、新聞社の編集顧問に迎えられて…本邦初!自伝仕立て“多国籍風”青春記。

<読む前の大使寸評>
高野秀行さんの本は絶対に外れはないはずである♪・・・大使が断言します。

高野さんの初期の著作であり、まだ「間違う力」が育つ前なので、わりと真面目な直球勝負になっているようです。

rakutenアジア新聞屋台村


台湾出身で、タンクトップにショートパンツ、茶髪のロングヘアの劉社長との出会いあたりを見てみましょう。

<ここはスパイス香る屋台村>p24~27
 しかし、テレビで見る武蔵丸とちがい、バンバンさんは茫洋としているのは顔の造りだけで、表情豊かによくしゃべる。日本語もうまい。
 バンバンさんは「インドネシア・インフォメーション」の編集をやっているという。もうエイジアンに参加して二年以上経つらしい。

 「どうして、劉さんは、こういうふうにいろんな国の新聞を出すんですかね?」
 私は今抱いている疑問をバンバンさんにぶつけてみた。
 「もしかすると、劉さんはナショナリズムとか内輪の集まりが嫌いな国際派なんですか?」
 すると、バンバンさんは「アッハッハ」と豪快に笑った。

 「ちがうよ、劉さんね、あの人は単に『安定』が嫌いなの。国際派なんて関係ないね」
 安定が嫌い?それだけが理由?
 「そうよ」バンバンさんは自信たっぷりに答えた。

 バンバンさんによれば、劉さんはいつでも新しいことにチャレンジするのを生き甲斐としている。だから、新しく始めて新聞が順調に流れ出すと、もう次の国に興味が移る。

 今はここにある五紙だが、それまでに、いくつもの新聞が出現しては消えていった。例えば90年代中頃には、ベトナム語の新聞が創刊されたが、日本には思ったほどベトナム人がいなかったこと、また当時はまだベトナムがブームになっていなかったことなどで、広告も入らないし、購読者もいないので、3ヶ月で打ち切ったという。

 「ムチャクチャですね。ふつう、始める前にマーケティングくらいするでしょう」
 どうも話を聞いていると、劉さんの経営方針とは、「まず出す。よかったら続ける。ダメなら止める」のようだ。それを「経営方針」と呼べるかどうかは疑問の余地があるが、とにかく、そういう安易なスタンスを頑なに貫いているらしい。

 すると、小ぶりな武蔵丸がこう言った。
 「あのね、タカノさん。こう考えてみて。ここは屋台なの。屋台の集まり。よくあるでしょ、レストランで「屋台村」っていうのが。『インドネシアの新聞、ある?』って言われたら、『はい、あります』。『タイの新聞は?』って訊かれたら『はい、どうぞ』。印刷した新聞の数が足りないときは『もう売り切れました』。だから、ここは屋台村と一緒よ」
 なるほど!私は目から鱗が落ちたような気がした。

 アジア風の屋台か。それならこの気安さも納得がいく。料理の代わりに新聞を出す。メニューを増やして評判がよければ続けるし、ダメなら止める。店同士で材料を融通するのも可能だ。

 客が増えればテーブルと椅子を増やす。客が減れば、席も減らす。
 さっき「マーケティングをしない」と言ったが、それもちがう。新聞を出すこと自体がマーケティングなのだ。準備もろくにしないで発行するから、コストがかかっておらず、失敗しても痛手が少ない。

 日本人なら何をするにも「まず店を持たねば」「準備を入念にしなきゃあ」と考える。ところが、ここは中華鍋一つと屋台があればとりあえず始めてしまう。店がどうのとか、経営をどうするとかは、またあとで考えればいいことなのだ。

 私はこの卓抜したアジア的発想に打たれた。勤めた経験がないからよく知らないが、話によく聞く日本のマスコミ企業の風通しの悪い世界とは対極にある。風通しどころか、社内にモンスーンが吹き荒れ、ヤシやバナナの木がゆっさゆさ揺れているような気すらする。

 同時に、劉さんという風変わりな人の輪郭も見えてきた。
 劉さんは、束縛を嫌う人なのだ。ふつうの経営者は見てくれが立派なレストランを開こうと思う。腕のよいコック(編集者やライター)を雇って、人気メニューを作ろうとする。しかし、そうなると、会社は格式は上がるかもしれないが、つまらなくなる。

 劉さんは子犬のような顔で笑うし、子犬のように社内を(たぶん、社外も)飛びまわっているが、気持ちも子犬のような人なのだろう。鼻先に常に新鮮な風をあてていたいという好奇心いっぱいの子犬なのだ。

 それは、大学時代に探検部に所属し、コンゴで謎の怪獣を探したり、ゴールデントライアングルでアヘン生産に従事してきた私の生き方にも通じるところがあった。ゲリラ的に活動する探検部気質そのままとも言えた。

 現金なことに、ついさっきまでエイジアンを「国連」「国際的組織」に喩えようと努力していたことも忘れて、私は劉さんの心意気に強く同感した。いいじゃないか、常識や格式なんて。
 実際に、常識や格式がない新聞社というものが存在しうるのかどうかは若干気にはなったものの、私はこの新しさに魅了された。アジア新聞屋台村。それはこの猥雑で、お気楽で、和気あいあいとした社内の空気を何よりもよく表している。 


エイジアン社もある意味では「外資系」企業なんだが、社内の共通言語が日本語というのもユニークなところである。
英語新聞を出そうということで、劉さんがイギリス人のセバスチャンを引っ張ってきたが、彼は日本語が喋れないという、決定的な弱点があるのです。このあと読みすすめるのだが、さてどうなることやら。

この本も高野秀行の世界R2に収めておきます。


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