『栽培植物と農耕の起源』3

<『栽培植物と農耕の起源』3>
図書館で『栽培植物と農耕の起源』という新書を手にしたのです。
中尾佐助さんと言えば、照葉樹林文化論を唱えた第一人者として大使が尊敬している学者だから、この新書もいけてるのではないかと期待するわけでおます♪


【栽培植物と農耕の起源】
農耕

中尾佐助著、岩波書店、1984年刊

<「BOOK」データベース>より
古書につき、データなし

<読む前の大使寸評>
中尾佐助さんと言えば、照葉樹林文化論を唱えた第一人者として大使が尊敬している学者だから、この新書もいけてるのではないかと期待するわけでおます♪

rakuten栽培植物と農耕の起源


第三章・照葉樹林文化から、茶と絹とウルシなど、ずばり照葉樹林文化遺産について見てみましょう。
p68~73
<照葉樹林文化の遺産> 
 照葉樹林文化の成立したのは西はヒマラヤ南面の中腹から、シナ南部、日本本州南半分にわたる地域で、広大な大平野はほとんどないといってもよい地帯である。その地帯に生じた照葉樹林文化はきわめて山岳的な性格をもち、本来の形態は山棲みの生活である。

 したがってその文化のもつ農耕文化複合も大平原のそれとは異なっている。そのように今日もっとも交通困難であり、調査も不足している地帯に統一的な文化複合の存在を証するのは、この地域に発生した、またこの地域の特色である農耕文化複合の要素の共通分布で、それは過去の文化遺産として把握され得るものだからでもある。

 茶と絹とウルシ、柑橘とシソ、それに酒などがその代表的文化遺産である。なんでこんなものがそうなるのか、まずこれらのものをひとまず西方から、具体的にはアリアン的なインドのヒンドゥー文化の方から眺めてみよう。結論を先に述べれば、これらのものはすべてヒンドゥー文化には異質的なもので、もともとなかったし、いまでもないものが多い。インドから見ると、これらはみな山地、とくにアッサムやヒマラヤの山地へはいって豊富に出あうものだ。酒だってそのうちの一つだ。

 そして現在でもインド土着のヤシ酒をのぞいては、ヒンドゥー教徒に酒はない。インドでもっとも食糧として大きい、コメの酒がない。もし、「」と思っている人があったら、それはインドですぐだめになる。インドでコメの酒が出てくるのはヒマラヤの中腹や、アッサムの山地へはいっていったときだけだ。
(中略)

 インドは絹の生産国として相当なものである。インドの絹産業の中心は二つあって、一つはカシミール地方だが、これは歴史時代にシルクロードを通じて伝わったものとされており、カイコの種類は日本と同様である。ところがもう一つの絹生産は東部ヒマラヤから、アッサム山地である。この地方の絹は日本人の絹の常識とたいへんちがっている。アッサムの絹は日本と同種のカイコも飼うが、ほかにもムガとかタッサーと呼ぶ別種も飼われている。

 これらのマユから作った絹糸は大部分は、日本でいえば手編み毛糸のような太い糸で、織り上げた布もツムギのような厚手の丈夫な布になる。これらが一口にいうアッサム・シルクで、薄く上等なものはインド国内で尊重されて、サリーの材料になっている。

 絹はこのようにアッサム山地が世界でいちばん変異に富んでおり、それにつづいてシナになる。それを結びあわすものは照葉樹林文化である。絹とほとんど同一の分布をしめすものにウルシ利用がある。

 ウルシはウルシの木、またはその近縁の樹木からとるもので、その種類は意外に多く、タイ、ビルマ北部では在来工芸品に利用されている。日本やシナ南部ではウルシの木からウルシ液をとるが、アンナンやヒマラッヤのブータンでは近縁のハゼの変種からウルシ液をとり、ビルマ北部ではウルシ科ではあるが、異属であるグルテアなどのウルシもある。
 このようにウルシは照葉樹林帯の南沿いに変異が多くある。ウルシは乾燥に空気中の湿度を必要とし、製品も適当な湿度の場所でないと損じやすい。照葉樹林帯は漆器の作りどころ、使いどころとなっている。

<照葉樹林の茶と酒とシソ>
 お茶はげんざい世界的にコーヒーとともに嗜好飲料の王者で、ふつうシナ中南部起源と解されているが、民族植物学の上からみると、そんな簡単なものではない。お茶のように植物の葉が加工されて飲用される植物には、種類はちがうがアラビアのカトー茶とか、南米のマテ茶のような類似品があるが、このような習慣は照葉樹林帯におどろくばかりの変異の豊富性をもってあらわれてくる。まず第一に指摘すべきものはアマチャ型の利用法である。日本のアマチャは今日ほとんど忘れられかけているが、同じようなものは中国四川省で、ガマズミ類が栽培され、峨眉山では産業の一つになっている。

 ブータンの野生採集にもアマチャに入ると考えられるものがある。シナ西南部からヒマラヤ地域においては第5表に見られるように驚くばかりいろいろな植物が茶として飲用に供されている。これらは真正の茶の代用品的使用もあるが、照葉樹林文化が樹葉を茶として飲む習慣の残存が大きいと判断すべきである。

 茶は生葉でなく、加工されてから使用される。その加工をみると、大きく分けて発酵の程度にいろいろの差がある。無発酵の加工の代表は日本の茶であるが、台湾には半発酵のウーロン茶がある。シナ南部には今日の紅茶型の発酵茶があり、さらに南方には強発酵茶が見いだされる。ビルマ北部のカチン族を中心とし、南はバンコック、西はアッサムにいたる間に点々と見いだされるレーペットと呼ばれるものは強度の発酵茶で、漬物のように食用にされ、飲用にもされている。
(中略)

 茶はこのように照葉樹林帯の中でいろいろの飲用植物の中から選びだされたもので、加工法も照葉樹林帯の中に発達しており、照葉樹林文化が20世紀への贈り物としてあとへのこしたものである。ワット卿はレーペットの例から、茶の獲得は薬用から食用、それから嗜好飲料へと進んだとしている。


ところで、中尾さんは中国のことを一貫してシナと書き述べているが、シナとは中国人が嫌う呼称である。・・・・いかなる理由でシナとするのか?調べてみます。

『栽培植物と農耕の起源』1
『栽培植物と農耕の起源』2

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