『栽培植物と農耕の起源』2

<『栽培植物と農耕の起源』2>
図書館で『栽培植物と農耕の起源』という新書を手にしたのです。
中尾佐助さんと言えば、照葉樹林文化論を唱えた第一人者として大使が尊敬している学者だから、この新書もいけてるのではないかと期待するわけでおます♪


【栽培植物と農耕の起源】
農耕

中尾佐助著、岩波書店、1984年刊

<「BOOK」データベース>より
古書につき、データなし

<読む前の大使寸評>
中尾佐助さんと言えば、照葉樹林文化論を唱えた第一人者として大使が尊敬している学者だから、この新書もいけてるのではないかと期待するわけでおます♪

rakuten栽培植物と農耕の起源


ドングリ国の野山では、いまちょうどクズの花の真っ盛りであるが・・・
第三章・照葉樹林文化から、クズ、ワラビを見てみましょう。
p60~62
<クズとワラビのふしぎ>より 
 クズの根から澱粉をとってクズコを作るのは、うっかりすると日本だけのように考えがちだが、じつはたいへんな誤りである。最近になって、だんだんわかってきたが、クズは南太平洋のメラネシアの島々に案外ふつうに見いだされる。この島々ではクズは人家付近の叢林や、森林の中で以前人間が拓いて、いまは見捨てられた草地などに大群落をつくっている。

 その生態を簡単にいえば、レリクト・クロップの状態となっている。その付近の原住民は、クズ根の利用は知っていても、救荒植物として、食物の乏しいときにしか利用しない。このメラネシアのクズは日本のクズと同種とみられているが、熱帯高温地では結実しない。これはクズががんらいは温帯植物であって、熱帯では高温障害をおこして結実しないためと考えられる。種子を結ばないクズがメラネシアの島々に伝播したのは、人間がわざわざ運んだためとしか考えられない。それはいまはあまり利用されないが、かつては重要な作物であった時代の存在を推定される。

 メラネシアよりもう少し北方、つまり台湾とフィリピンとのあいだの海峡にある紅頭嶼に住むヤミ族は現在でもクズを栽培している。この島ではクズは野生状のものを採取するのと、わざわざ栽培するのと両方がある。この両者のあいだの品種的な差異はまだわかっていない。この島の主食はタローイモであるが、クズもサツマイモとならぶ重要食品である。クズがはっきり農作物である例をこの島で実証できるわけである。

 クズはさらにシナの南部から日本にわたって、同じように根から澱粉をとるのに使用されている。クズという植物は温帯植物だから、シナ、日本の場合は不思議でないが、それがメラネシアまで伝播したことは、温帯の原産地でクズ利用をふくむ文化複合が熱帯へ伝播をおこすまえに成立していたことを示すものである。

 伯夷、叔斉がワラビを食べて餓死した話は、以前漢文を習った人ならばみな知っているだろう。日本人はワラビの芽も、根から澱粉をとって食べることも知っている。昭和初年の東北のコメ不作のときにはワラビを掘った話が新聞に出ている。ところが西洋ではワラビは救荒食のリストの中にない。ワラビはその近縁種をふくめると、ほとんど全世界的に野生しているが、その根から澱粉をとるのは、紅頭嶼、シナ、日本だけである。

 しかし、芽を食べる習慣はもうすこしひろくみられ、ヒマラヤの中腹、ネパールの民族から、マレー半島のつけねの山地民、南方の島々にすこし、それからシナ、日本、朝鮮などで盛んである。世界中にあるワラビの芽も、このかぎられた地域で賞味されるだけである。

 クズもワラビも食用にするには根をつぶし、多量の水で澱粉を流しだし、それを水に晒して澱粉を集める方法で食用化される。この方法はまえに述べたように、毒ぬき、あくぬき法としては、まず加熱してから水晒しするより進歩した技術体系である。この方法が東アジアの温帯で発達をとげたものと考えられる。

 しかしこのように進歩した技術が開発される前には、温帯ではどんな食べ物が存在していただろうか。


続いてマムシグサ類を見てみましょう。
p62~66
<マムシグサを食べる> 
 東南アジアの熱帯降雨林地帯の北方、主に大陸のインドシナ半島の脊柱の山脈の上から、北方にむかって、温帯性の森林地帯がある。この温帯林は常緑性のカシ類を主力にした森林で、日本でいえば、クス、シイ、イヌグスなどのような、濃緑色の光った葉を持つ密生した森林となる。この森林は東アジア独特なもので照葉樹林と呼ばれ、東アジアでは熱帯降雨林につづく大きな生態的環境である。この照葉樹林はさらに高地、あるいは北方では針葉樹林に接し(ヒマラヤ地域)、サバンナ地帯に接し(シナの原始景観)、落葉樹林に接する(朝鮮、日本)。

 東南アジアの熱帯降雨林の中でおこった根菜農耕文化は北方に伝播し、温帯林である照葉樹林帯に到達すると、環境の変化に応じておのずから農耕文化基本複合の変化をおこしてくる。いまや純熱帯性のバナナの栽培は不可能である。ヤムイモでは別の温帯性の野生種から栽培種を作りあげなければならない。タローイモの中からは、サトイモの一部だけが温帯で栽培できるだけである。

 照葉樹林の中で、こうして発達してきたのが照葉樹林農耕文化複合である。この文化は熱帯のものより根づよく、高度に成長していくことになった。その文化は、農耕文化複合以外の文化複合の上からも把握できるので、ここでは照葉樹林文化と呼ぶことにする。日本の農耕文化は直接的に照葉樹林文化の一端となるものである。

 照葉樹林帯で食用となる野生植物は熱帯降雨林についでたくさんある。ドングリ類には日本のシイのように、シブぬきをしなくても食用になるものがたくさんあり、果実類も多い。しかしイモ類となると熱帯原産のものはほとんど駄目だから、あらたに開発しなければならない。照葉樹林の中で、段階的にみていちばんふりイモはどうもマムシグサの類ということになってくる。

 マムシグサ、または天南星と呼ばれるのは、タローイモと同じ科の天南星科に属する、アリセーマと呼ばれる属の植物である。このグループの植物は日本の中学校教科書には必ず毒草として図解してあるものだが、じつはこの類の毒イモがわりあい簡単に食用となる。同じようなことはやはり有名な毒草のヒガンバナでも同様で、これも食用となる。

 マムシグサ類のイモを食べる習慣は日本にもいまにまで残っている。離島の伊豆御蔵島や八丈島ではシマテンナンショウの野生球根を掘り、ゆでてから皮を剥き、臼でついて餅のようにして食べる。
(中略)

 マムシグサ類は樹木の下でよく成長し、イモはひじょうに掘りとりやすい特色があるが、一つの種類として栽培化されるまでになったものがない。採集経済段階のときには重要だったであろうが、いまは問題にならない。むしろ生態的にも形態的にもきわめてよく似たコンニャクが栽培化され、とくに日本で重要な作物として残されてきたことの方が注目すべき点かもしれない。

<水晒し技術の発達> 
 すでに述べたように、クズやワラビの食用化には水晒し技術の完成が前提になる。このきわめて簡単な加工法も、原始人にとっては容易でない問題を解決しなければならなかった。まずはじめ、イモ類をくだくのは、石でかなり容易にできるだろうが、それから澱粉を流しだし、沈殿させて澱粉を集めるには、どうしても樋が必要となる。また多量の水も必要で、したがってこのような食生活をする人間は、水辺に集まって生活するのが便利である。

 照葉樹林地帯では、熱帯降雨林地帯ほど水にめぐまれていないので、この多量な水を使用する技術は、その人々の生活する場所を限定する傾向が生ずるはずである。しかしこの技術を獲得すると、照葉樹林の中で食糧をうることは容易になる。

 秋になるとドングリ類が主力である森林の中では、ものすごく多量に食べ物が降ってくる。トチノキの実も同様で、これらは水さえあれば、容易に食糧化しうる。野生の球根、イモ類も、同様に食べやすくすることができる。

 また、カタクリのように、あるいはクズやワラビのごとく、食用としてすぐれた澱粉が得やすい。水晒し技術は原始人にとって、食糧獲得をいちじるしく容易とし、人間の生活の安定化をもたらした。照葉樹林文化がこの段階で、熱帯へ影響をおよぼしたのがメラネシアに残るクズの存在だろう。


『栽培植物と農耕の起源』1

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