『言葉を離れる』

<言葉を離れる>
図書館に予約していた『言葉を離れる』という本をゲットしたのです。
この本は2015年「講談社エッセイ賞」受賞作とのこと・・・・期待できそうやでぇ♪


【言葉を離れる】
s横尾

横尾忠則著、青土社、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
小説と画家宣言、少年文学の生と死、映画の手がかり…観念ではなく肉体や感覚の力を信じ続けてきた画家が、言葉の世界との間で揺れ動きながら、自伝的記憶も交えて思考を紡ぎ出す。

<読む前の大使寸評>
2015年「講談社エッセイ賞」受賞作とのこと・・・・期待できそうやでぇ♪

<図書館予約:(8/17予約、8/23受取)>

amazon言葉を離れる


小説を書いたエピソードを見てみましょう。
p199~201
<少年文学の生と死>
 もう今からいくら沢山本を読んでも時間のロスで、大して役にも立ちません。今では本から得る吸収はほとんどゼロです。それよりも意識の深層に耽溺している不透明な雑念を如何に吐き出すか、それしかありません。吐き出す手段はぼくの場合は絵を描くことです。咽がカラカラになるまで吐き出すことが、残された生に対する礼節のような気がします。

 どうでもいい読書と平行しながら、ある時ぼくは小説を書きました。ぼくの残された人生の中で小説を書くということほど想定外の出来事はなかったと思います。ぼくが小説を書く羽目になったのは、書籍部から『文学界』に異動した文藝春秋の編集者が、今後のぼくとの交流をためにと小説をぼくに依頼したのです。

 その瞬間はぼくは呆れて笑ってしまいましたが、ところがこんな彼の一言が思わずぼくにペンを握らせたのです。そして翌日に30数枚の短篇を書き上げました。それが『文学界』に掲載され、引き続いて追加原稿を書き、短期連載が決まりました。その後この小説が『ぶるうらんど』と題して単行本化されたのです。これで編集者との約束が果たせ、魔が差して描いた小説からも解放されて、再びアトリエのキャンバスに向かうことができました。

 それにしても素人小説をよくも『文学界』に掲載してくれたものです。そして小説を書いた記憶も薄れ始めた頃、単行本の『ぶるうらんど』に泉鏡花文学賞が与えられました。文学者としての認識など全く0です。編集者とのおつき合いで書いた趣味の小説です。そんな生半可な小説に文学賞が与えられたことは、ぼくにとっては大きい驚きでした。だけど、この一作だけでは済まない強迫観念のようなものがジワジワとぼくの中からも外からもやってきていました。

 一作だけ書いて姿をくらますのはまるで食い逃げのように思えたので、さらに短篇三作をやはり『文学界』に発表することになりました。そしてそれが再び『ポルト・リガトの館』と題して単行本化されました。その後も他誌からの依頼があり、短篇二作を書きましたが、それで小説は打ち止めです。

 小説は言葉との戯れであると同時に心地よい戦いでもありました。それに対して絵画は言葉をぼくの中から排除する作業です。当然ながらぼくに使命があるとすれば、やはり絵を描くことです。やっと小説から解放されて安住の地に戻りました。

 ただ小説を書きながら一度も苦痛を味わうことはありませんでした。戦いと言いましたが、まるで戦争ごっこみたいで、描いていて面白くて愉しくて仕方なかったというのが本音です。それは物語を想像していく快感だったと思います。そしてもうひとつは作り話の王国を築きながら戯れることの快感です。

 『ぶるうらんど』で描いた世界は死後の世界です。ぼくにとっては死後の世界は特別のものではありません。生きていた時の経験や記憶、想念がそのまま非物質世界に移行するものだと仮定しました。だから死者を死者として描くのではなく生者同様に死後も生活をさせました。生者と異なるのは肉体がないことです。しかし死者とて生者の頃の肉体の記憶は存在しています。


余技で書いた小説が文学賞をさらうなんて・・・それはないでしょ、横尾さん。
(ついひがみ根性が出る大使である)
絵画脳と文学脳は、どこかでつながっているということなんでしょうね♪

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