『中国文学の愉しき世界』3

<『中国文学の愉しき世界』3>
図書館で『中国文学の愉しき世界』という本を手にしたのです。
少し読めば、平易な筆致が読みとれるのだが・・・
中国文学研究というマイナーな領域で、それを極める著者の根性がユニークではないだろうか♪


【中国文学の愉しき世界】
中国

井波律子著、岩波書店、2002年刊

<「BOOK」データベース>より
「竹林の七賢」をはじめとする奇人たちの奇妙キテレツな言動を支えるパトスとは?幻想と夢の物語宇宙の構造はいったいどんなもの?-練達の中国文学研究者が平易な筆致で描きだす、奇人・達人群像。自らの体験もまじえながら語る文学世界の面白さ・奥深さ。読書の快楽を堪能すること請け合いの好エッセイ集。

<読む前の大使寸評>
少し読めば、平易な筆致が読みとれるのだが・・・
中国文学研究というマイナーな領域で、それを極める著者の根性がユニークではないだろうか♪

rakuten中国文学の愉しき世界


木蘭:ムーランのあたりを見てみましょう。
著者は、美少女戦士ムーランとタイトルをつけたように、かなり入れ込み気味であるが。
p107~114
<美少女戦士ムーランの物語>より
 ディズニー・プロ製作のアニメ「」がいま(1998年)、上映中である。ムーランとは北魏(439-534)の長編楽府「木蘭詩」のヒロイン木蘭です。

 5世紀の初めから6世紀の終わりまで、中国では、北方の異民族の王朝が、南方を漢民族の王朝が支配する、南北分裂の状況がつづいた。いわゆる南北朝時代である。

 この時期、北朝のトルコ系鮮卑族の王朝、北魏で、男装の麗人木蘭の伝説をもとにした楽府、「木蘭詩」が誕生した。もともと歌詞は鮮卑語だったらしいが、南に流伝し、南朝梁(502-557)のころ、手を加えて漢語訳され、ほぼ現在見られる形にはったとされる。

 それはさておき、まずは長編楽府「木蘭詩」の展開を簡単にたどってみよう。美貌の少女木蘭は、国王の命令で徴兵される老父の身代りになる決意をかため、
 西の市にクラシキを買い
 南の市にクツワを買い
 北の市に鞭を買う

と支度をととのえ、はるか北の彼方の戦場へと向かう。かくして十余年、数々の戦功を立てて帰還した木蘭は、国王に召し出され、その功を愛でて、高い位と数えきれないほどの褒美を賜与される。

 しかし、彼女は、「願わくは千里の足を馳せ、児を送って故郷に還さんことを」と願い出て、老いた両親と姉弟の待つ故郷へと帰ってゆく。
 我が家に帰り着いた彼女は、同行の戦友たちを門前に待たせたまま、ひとり家の中に入ったかと思うと、あっというまに変身する。
 我が戦時のウワギを脱ぎ
 我が旧時のスカートを着け
 窓に向かってウンビン(豊かな黒髪)をおさめ
 鏡に対してオシロイをつけ
 門を出でて火伴(戦友)を看るに
 火伴みな恐惶(びっくり仰天)す
 「同行すること12年 知らず 木蘭のこれ女郎なるを」

というふうに。果敢に戦場を駆けめぐった「英雄」木蘭が、実はあでやかな美女だったことをいまはじめて知り、戦友たちが目をまるくするこのシーンこそ、素朴な物語詩「木蘭詩」のハイライトにほかならない。

 総じて、遊牧民族を中軸とする北朝の少女は活発かつ行動的で、らくらくと荒馬を乗りこなし、草原を疾駆する者も少なくない。木蘭は伝説の存在ではあるが、その雄々しくも溌剌としたイメージは、北朝の少女の特性を劇的に誇張したものといえよう。

 ドラマティックな大活躍をする男装のヒロイン木蘭の伝説は、南北分裂を解消し中国全土を統一した隋をへて唐代にいたるや、ますます人口に膾炙し、高名な詩人の作品にもしばしば登場するようになる。
(中略)

 戦場を駆けめぐり、群れをなす敵をバッタバッタと切りすてる、颯爽たる男装の麗人木蘭のイメージは信仰の対象となる一方、宋代以降、町の盛り場で演じられる語り物の世界、とりわけ「講史」と呼ばれる長篇歴史物の世界に移植され、聴衆の喝采を浴びるスーパー・ヒロイン、すなわち巾カク英雄(女性の英雄)を生み出す源となった。

 宋から元へと語りつがれ、膨れあがった講史物(歴史物語)のうち、明代に入るころ、まず語り物として完成度の高い、『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』が大長篇小説化される。これらの作品の主要登場人物は男ばかりであり、巾カク英雄の出る幕はない。もっとも『水滸伝』の場合、梁山泊につどう百八人の豪傑のうちに、少数ながらも女性もふくまれてはいる。とりわけ、豪傑たちとわたりあって一歩もひけをとらない女将、一丈青コ三娘にはあきらかに巾カク英雄の面影が認められる。むろん『水滸伝』は男の世界であり、さしものコ三娘も孤軍奮闘というしかないのだけれども。

 おそらく語り物の世界では、講史物のうち、巾カク英雄がめざましい活躍を示す出し物も、さきにあげた三大作品とほぼ同時に演じられていたとおぼしい。ただ、これらが文字化され、長篇小説の体裁を整えるのはかなり遅れる。そのトップを切るのは、北宋以来長らく語り物の世界で親しまれたのち、ようやく明末の万歴34年(1606)、秦准墨客という筆名をもつ人物によって整理・刊行された『楊家将演義』である。

 『楊家将演義』の最大の見どころは、それぞれ傑出した武力を持つ楊家の男たちが代々、彼らよりもさらに強い力をもつ美貌の女賊にコテンパンに打ち負かされながら、彼女たちと結ばれ、その結果、楊門の女将が切れ目なく補充される仕掛けになっているところにある。活力あふれる美しい巾カク英雄群が、男たちをしりめに八面六臂の大活躍を演じる『楊家将演義』の物語世界は、さすが年期の入った盛り場育ち。ここには、 「知らず 木蘭のこれ女郎なるを」といった、うっとうしい儒教的男尊女卑のイデオロギーなどどこふく風、手放しで木蘭を称えた北魏の楽府「木蘭詩」の健康さが、みごとに受けつがれている。
(中略)

 北魏の楽府「木蘭詩」において、鮮烈に表現された男装の麗人木蘭の伝説は、こうして後世にはかり知れないほど大きな影響を与えた。
 唐代詩人の白楽天や杜牧は、木蘭がその実、脂粉の香りを漂わせる女性であることに関心を寄せている。しかし、宋代以降、民衆芸能の世界で伝えられた、木蘭の後裔たる巾カク英雄のイメージは脂粉の香りなど無関係、あくまで凛々しく、悪なるものと戦いつづけるところに特徴がある。人々はそんな彼女たちの毅然たる戦いぶりに喝采をおくり、公的・私的なしがらみからつかのま解放され、精神のカタルシスを覚えたのだった。

 明末から清初にいたり、巾カク英雄の登場する長編小説が続々と整理・刊行された理由のひとつに、明王朝の没落・滅亡から満州族の清王朝の中国支配という転換期において、雄々しい女性のイメージに人々が救済願望・解放願望を託したことがあげられよう。


ウィキペディアの木蘭を見てみましょう。

wikipedia木蘭より
ムーラン

老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。

日本軍の占領下にあった上海の華聯が製作した映画『木蘭従軍』(1939年)は、プロデューサーの張善?たちの異民族(即ち日本)への抵抗の意思を暗喩した作品とされるが、彼らの屈辱と苦衷の日々を察していた日本側責任者の川喜多長政はこれに異議を唱えなかったとされる。およそ半世紀たった1998年、ディズニー映画『ムーラン』が作られ日本や中国でも公開された。


橋本関雪の木蘭のアップです。
アップ


『中国文学の愉しき世界』1
『中国文学の愉しき世界』2

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