『死ぬ気まんまん』
<死ぬ気まんまん>
図書館で『死ぬ気まんまん』という本を手にしたのです。
佐野洋子さんが亡くなる1年くらい前に書かれたエッセイだから、このタイトルにすごみがあるわけです。
大使の周りにも、死人が増える年頃でもあるわけで・・・・
この本には、切実な関心があるわけでおます。
洋子さんのエッセイを見てみましょう。
70代のオババでも、ポンとジャガーを買うってか・・・・
死ぬ気まんまんなら、それもありなんでしょうね。
胃無しの大使も、なんだか元気が出てくるようなお話やでぇ♪
図書館で『死ぬ気まんまん』という本を手にしたのです。
佐野洋子さんが亡くなる1年くらい前に書かれたエッセイだから、このタイトルにすごみがあるわけです。
大使の周りにも、死人が増える年頃でもあるわけで・・・・
この本には、切実な関心があるわけでおます。
【死ぬ気まんまん】 ![]() 佐野洋子著、光文社、2011年刊 <「BOOK」データベース>より 「あたし、まだいーっぱい言いたいことがあるのよ」元気に逝った佐野洋子が残した鮮烈なメッセージ。 【目次】 エッセー 死ぬ気まんまん/対談 佐野洋子×平井達夫(築地神経科クリニック理事長)/知らなかったー黄金の谷のホスピスで考えたこと/「旅先」の人ー佐野洋子の思い出(関川夏央) <読む前の大使寸評> 大使の周りにも、死人が増える年頃でもあるわけで・・・・ この本には、切実な関心があるわけでおます。 rakuten死ぬ気まんまん |
洋子さんのエッセイを見てみましょう。
p13~18 <死ぬ気まんまん>より ガンが再発して骨に転移した時、お医者は、死ぬまでに治療費と終末介護代含めて1千万円くらいだろうと言ってくれた。 ほぼ70歳くらいで、私は金がかからなくなるはずである。 私は抗ガン剤は拒否した。あの全く死んだと同じくらい気分の悪い1年は、そのため1年延命しても、気分の悪い1年の方が苦しいのである。もったいない。そうでなくても老人につき進むのは身障者につき進むことである。 70前後はちょうどよい年齢である。まだ何とか働け、まだ何とか自分で自分の始末はできる。 私はとてもいい子で来たにちがいない。神様も仏様もいるのである。そしてちゃんと私に目を留めてくれたのだ。 私はだらしなく、やるべきことをずるずるのばし、整理整頓が下手で、考えると頭の中の整理整頓が私の部屋のように散らかしっ放しだということがわかった。 父がよくどなっていた。「お前は、みそとくそが一緒か!!」 はい父ちゃん、私はみそとくそが一緒です。 それから父は夕飯の時、かならず訓辞をたれた。 「命と金は惜しむな」 父は命も惜しまず早死にして、母ちゃんは大変だった。 惜しむ金もないまま死んだ父はやっぱり、かわいそうである。 私は死んだ子を持ったことがないが、よくおいしいものを食べた母親が、あの子に食べさせたいと思って泪が出るときくが、私はおいしいものを食べると、ああ父に食べさせたいと思う。 親が早く死ぬのも悪いことばかりではない。 のびのび自由になれるのである。父が長生きしたら、今の自分があるかどうかわからない。私は大いなるファザコンである。死んだから、ファザコンは肥大するばかりである。だから私は命を惜しまない。金も惜しまない。 私は再発の告知を受けた日、病院の帰りに、家の近くの車屋に行った。 私は国粋主義者だから、絶対に外車に乗らなかった。中古の外車を買う奴が一番嫌いだった。 その車屋は外車屋だった。イングリッシュグリーンのジャガーがあった。私はそれを指さし、「それ下さい」と言って買った。 私は右翼の国粋主義者でも、イングリッシュグリーンのジャガーが一番美しいとずっと表面には出さずに思っていた。私の最後の物欲だった。 根が貧乏性の私は物欲がないのである。 食欲もないのである。 性欲もないのである。 もう物をふやしても困るのである。 もう男もこりごりである。70でこりごりと言うと笑われる。今からお前、男つくれるのか? はい、つくれません。 私はガンになっても驚かなかった。 二人に一人はガンである。 ガンだけ威張るな。もっと大変な病気はたくさんある。リューマチとか、進行性筋萎縮症とか、人工透析をずっとやらねばならぬ病気とか。 ガンは治る場合も大変多い。治らなければ死ねるのである。 (中略) 私の再発箇所は左大腿部の付け根であったので、そこが痛い。 ガンになってすぐすっぱり煙草をやめる人がいるが、私は相変わらず、一日中スパスパ、人に本数を言えないほどエントツ状態である。 足が痛いので、初めはタクシーに乗っていた。病院に行くと点滴をする。月一回は二本する。4時間くらいかかるが、もちろん当然病院は禁煙だし、日本中あらゆるところが禁煙になったので、煙草をやめない人は人格が疑われるようになった。唯一タクシーは煙草が吸える空間だったから、私は点滴が終わると、何だか心理的にハァハァゼイゼイタクシーにかけこんで、ライターをにぎりしめた。 それが今年の1月から禁煙になった。 また神は私をご覧遊ばしていた。 私は左足が痛いが、右足は痛くない。今、車は右足しか用がないのである。 そうだ、自分で運転すればいいんだ。 それから、私はジャガーを運転してエントツに戻ることができた。 おまけにタクシー代が節約できた。 |
70代のオババでも、ポンとジャガーを買うってか・・・・
死ぬ気まんまんなら、それもありなんでしょうね。
胃無しの大使も、なんだか元気が出てくるようなお話やでぇ♪
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