『歴史と出会う』2

<『歴史と出会う』2>
図書館で『歴史と出会う』という本を手にしたのです。
おお 「もののけ姫」について宮崎駿との対談が載ってるやんけ♪・・・
というわけで、借りた次第です。


【歴史と出会う】
歴史

網野善彦著、洋泉社、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
戦後日本の歴史学が生んだ泰斗、網野善彦の仕事は、左翼運動の挫折を乗り越えるための厖大な読書量と、さまざまな人々との出会いから生まれた。その成果は歴史研究の枠をはるかに凌駕してベストセラーを生み出し、さらにその影響力は文学や映像の世界にまで拡がっている。読者と同じ目線で歴史を学び、研究することの愉しさを教えてくれる一冊。

<読む前の大使寸評>
「もののけ姫」について宮崎駿との対談が載っているので、借りた次第です。

rakuten歴史と出会う


「もののけ姫」について宮崎駿との対談が載っているあたりを見てみましょう。
もののけ

p143~146
「もののけ姫」と中世の魅力より
網野:先日、宮崎さんの『もののけ姫』を試写会で拝見したんですが、実は僕が映画館で映画を見たのは十何年ぶりの「快挙」だったんですよ(笑)。

 この映画の時代背景は中世から近世へ移行する転換期の15世紀、室町時代だそうですが、いわゆる時代劇の常連の武士や農民はほとんど出てこないのが目につきますね。彼らは物語の遠景に過ぎない。それに代わって「タタラ者」と呼ばれる製鉄民が出てきたり、照葉樹林の森に生きる山犬神や猪神といった自然そのものの神々たちが登場しているわけですが。

宮崎:時代劇といえば、いつも侍と農民あるいは町人だけで、それが歴史をつまらbなくしているというか、自分たちの国を面白くなくしているんじゃないかという思いがありまして。

 山を漂泊して鉄をつくった人々に興味があったんですが、不勉強なうえに、手に届く範囲に適当な本がなかったりして、妄想ばかり育ってしまって、映画に出したような巨大なタタラ場は江戸期でもなかったのはわかっているんですが、エエイやっちまえって・・・(笑)。スタッフの中には「これは日本じゃない」というヤツがいたりしたんですけどね(笑)。

網野:それはご謙遜ですね。ずいぶんいろいろお考えになって、勉強もしていらっしゃるようで、感心しましたよ。

宮崎:いや、プロデューサーなんかには「ほとんど勘でやっている」っていわれてますよ(笑)。

 ただ、中尾佐助さんの「照葉樹林文化複合」という見方に出会って以来、その衝撃が僕の中で尾を引いてきまして。昔、日本の本州の西半分は、照葉樹林の森に覆われていたわけですが、一体、その森がいつどういうかたちで消えちゃったのか。それがずうっと気になっていたものですから。

 そのへんもまったく当てずっぽうに、たぶん室町期までに消えたんだろうとか、その過程で人間社会のことが中心になったから鎌倉仏教が生まれたんだろうとか、妄想に妄想を重ねて、舞台を「室町期」ということに据えたわけなんです。

■エボシ御前は20世紀の理想
網野:この映画はお話としてもたいへんに面白いんですが、深山の麓でタタラ集団を率いている女性「エボシ御前」は、女性たちをはじめ、私から見ると「非人」と思われる人たちや牛飼など社会からはみ出した者たちに仕事をさせて、尊敬を集めています。遊女、白拍子に見えますが、どういうお考えであのような女性を登場させたのですか。

宮崎:悪路王をしずめた立烏帽子という絶世の美女の伝説があるんですが、実は私の山小屋のある村が烏帽子といいまして(笑)。案外、出発点はそのあたりだったりするんです。応仁の乱で明国渡来の火槍という原始的な銃が使われたらしいとか、海外に売られて、中国人の倭寇の大親分の妻になって、腕を磨いて、あげく男を殺して財産を奪って、戻って来た女とか(笑)。僕らの考えはだいたい、その程度でして。

網野:山の神は「おこぜ」ともいわれて醜女なんですが、製鉄の神の金屋子神は白鷺に乗ってくる女神なんですね。そこからイメージがつくられたわけではないんですか。

宮崎:むしろ、初めは男にしようという考えもあったんです。でも、スタッフに聞いて回ったら「やっぱりきれいな女性がいい」という話になって(笑)。エボシが白拍子の格好をしているのも同じことで、きれいなほうがいいやと(笑)。

 エボシという女性は20世紀の理想の人物なんじゃないかと思ってるんです。目的と手段を使い分けて、非常にやばいこともするけれども、どこかで理想は失っていない。挫折に強くて、何度でも立ち直ってというね、そういうふうに勝手に僕は想像したんです。

網野:それから男の主人公はヤマト「日本国」の侵略に抵抗する戦いに敗れ、北の地の果てに隠れ住むエミシ一族の長になるべき少年アシタカになっていますが、主人公がそうした「蝦夷」になっており、つまり、ヤマト、「日本国」を相対化されていますね。これはわが意を得たという感じがしましたよ。

宮崎:蝦夷の風俗などは僕の道楽でやらせてもらったんですよ。隼人が楯を使ってるから、古い蝦夷も手楯を使ったんじゃまいかとか。とにかく、よくわからないところは僕の勝手な空想で埋めただけで。

網野:いや、変に事実に即されるよりも、わからないところはどんどん空想で超えていただいたほうがいい。事実にへばりついているわれわれとしても気分がいいですよ(笑)。


対談はさらに続きます。
p147~148
<「百姓」も刀を差していた>
宮崎:15世紀頃は、刀を腰に差している人間がいっぱいいたに違いないと僕は思ってるんですが。

網野:もちろん、あの時代はみんな武装していますね。最近になってはっきり確認されてきたことですが、江戸時代になっても、百姓はみな腰刀を持っていたんですよ。侍の太刀とは違うけれども、武装はしていた。百姓は鉄砲だって持ってましたしね。

宮崎:秀吉が刀狩りをやったからって、すぐ片づいたはずはない。なのに、時代劇に見る武装している侍と武装していない農民という図式はいったいいつごろ出てきたんですかね。

網野:おそらく近代になってからですね。しかも、そうした武装解除された農民と武装している侍というつくられた図式が映画の時代劇にも強烈に影響している。
 藤本久志さんが書いていますが、黒澤明監督の『七人の侍』の設定も、その図式に完全に絡めとられてしまっています。それには歴史家の責任は大きいですね。

宮崎:『七人の侍』というのは戦争に負けて帰ってきた男たちが、食糧難で買出しに行ったところでお百姓たちのいろんな態度にぶつかるとか、そういうリアリティーをもった映画で。
 あまりにも面白くできているので、以後、呪縛のように日本の時代劇を縛ってしまって、常に侍対農民という階級史観が固定しちゃったような気がしてるんです。

網野:あの映画には僕も非常に感動したのですが、武装できない百姓というのはまったく事実ではないのです。それに、百姓の中にはいろいろな生業の人がいた。博打打ちもいたんです。百姓は農民の意味ではないですからね。

宮崎:百姓というのはもっと広義の意味で、そこにはありとあらゆる職業を含んでいるわけですね。

網野:ええ。百姓の中には商人や職人などいろいろな生業の人がいて、農業は、その中のひとつなのです。だから、「百姓一揆」も困窮した農民が一揆を起こしたと考えるのは間違いですね。実証的にもそうした見方はだんだん崩れてきつつあります。自由民権運動のときでも、秩父事件では博打打ちが先頭に立っていたでしょう。田代栄助という総裁は博打打ちですよ。
 そういえば『もののけ姫』には博打打ちは出てこなかったですね。

宮崎:いや、僕らが映画を作っていること自体が丁半博打を打ってるようなものですから(笑)。


過去の日記をめくってみると、この本を借りたのは二度目であることが判明しました(イカン イカン)
で、この記事のタイトルは、その2としています。

『歴史と出会う』1

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