『中国を考える』

<『中国を考える』>
図書館で『中国を考える』という文庫本を手にしたのです。
司馬遼太郎と陳舜臣との対談ということだが・・・・
同年輩で、ともに関西出身のお二人の対談は、なかなかいい雰囲気やでぇ♪


【中国を考える】
中国

司馬遼太郎, 陳舜臣著、文藝春秋、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
古来、日本と中国は密接な関係を保ってきた。だが現実には、中国人は日本にとって極めて判りにくい民族なのではないか。ぶつからないためには理解すること、理解するためには知ることー両国の歴史に造詣の深い二大家が、この隣人をどのように捉えるべきか、長い歴史を踏まえて深く思索する中国論・日本論。
【目次】
第1章 東夷北狄と中国の二千年/第2章 近代における中国と日本の明暗/第3章 日本の侵略と大陸の荒廃/第4章 シルクロード、その歴史と魅力

<読む前の大使寸評>
同年輩で、ともに関西出身のお二人の対談は、なかなかいい雰囲気やでぇ♪

rakuten中国を考える


 
伝統的に海を恐れた漢民族あたりを見てみましょう。
p41~44
海や島を恐れる漢民族より
司馬:魚をとる技術を持っているのは、原日本人の一派らしい「ワ」の側であって、鮮卑は軍隊は持っていない、という話が前に出たけど、これは非常に面白い。僕はこの前、台湾の横っ腹にある与那国島に行って、「ほう」と思ったんだけれども、そこではむろん古来、日本語の一派を話している。つまり、中国語の影響を受けてないわけだ。

 なぜ漢民族はここまでこなかったのかと、よく考えてみたら、漢民族は海や島をとくに恐れたり嫌ったりするのやな。漁をして食べていく技術がないから、こんなに中国の近くに島があっても来たがらない。だから、台湾が漢民族化するのはびっくりするほど遅い。台湾に漢民族がやってくるのはずっと時代がくだるわけで、日本の時代区分でいえば徳川初期ですね。
 
陳:鄭成功のころ(17世紀中期)*。鄭成功のころは商売人しかいなかったので、鄭成功が中国本土から移民を呼んできた。

司馬:そのくらい漢民族は海や島を恐れたわけだ。おそらく舟山列島とか海南島とか、中国周辺にはいろいろな島があるけれども、当時は漢民族的風習を持っていない連中が住んでいたんだろうね。与那国島でつくづく僕は漢民族というのは大陸でないと安心できない、大陸でなかったらメシが食えないという文化を持つ巨大で頑固な農耕民族だという感じがしたな。
 
陳:こんなことを言うたら悪いけど、中国史から見ると、漁労についたものは階級からはじき出された連中、つまりアウト・カーストという感じがする。明の時代に、明の洪武帝に反抗した人たちが本土から追い出されて、漁をしたわけだね。

司馬:やむなくね。
 
陳:広東の蛋民もおそらくそういうことだね。ほんとうは人間は陸で生活すべきもので、なにか事情のある人たち、追放された人たちが海のそばにおるという感じね。その連中は、科挙の試験が受けられなかったんです。科挙は原則としてだれでも受けられるんですけれども、その例外に数えられてたんですよ。だから蛋民も異民族ではないんdす。政治的な関係で戦争に負けて、そうなったんですね。

 だから呉越の戦いで、夫差が殺されるとき、勾践がこいつはかわいそうだから助けてやろうと言って指定したところが舟山列島なんです。それがいやだと言って死んだけれども、島というのはそういう人を置くところという感じがあったのですよ。

司馬:漢民族圏のそばには漢民族文化に同化しなかった頑固者が、島やら、山に上がっておって、その対策は大変だったろうけど、根本のところでは、中国文化というのは農耕できるところの文明であって、農耕のできない島やら山奥に入ると、漢民族の利用度の薄いところだから、そこに住んでいるやつは勝手に住めとほったらかしておったような感じがするね。
 
陳:春秋戦国時代の漢民族は、お城の中に住んでいて、農民は早朝その外に出て行って、耕して、夜になるとまた帰ってくるわけでしょう。自分らは畑をつくっているけれども、蛮族が荒らしに来たら城の中に逃げ込む。そういう感じがあるから、点ですわ。

司馬:点以外の面に実際はいろんなやつがいっぱいいたわけやね。 

陳:遊牧している人たちは貯蔵をしていませんから、ときどき食べられなくなりますからね。もらいにくれば、それで恩恵を施して友好関係を保っていたんでしょうね。だから漢民族は農耕民族であることは間違いないけれども、城郭民族でもあった。


*:ウィキペディアで鄭成功を見てみましょう。

wikipedia鄭成功より
鄭

 中国明代の軍人、政治家。日本名は福松。清に滅ぼされようとしている明を擁護し抵抗運動を続け、台湾に渡り鄭氏政権の祖となった。

 様々な功績から隆武帝は明の国姓である「朱」と称することを許したことから国姓爺とも呼ばれていた。台湾・中国では民族的英雄として描かれており、特に台湾ではオランダ軍を討ち払ったことから、孫文、蒋介石とならぶ「三人の国神」の一人として尊敬されている。

 鉄人や倭銃隊と呼ばれた日本式の鎧を身に纏った鉄砲隊や騎馬兵などの武者を巧みに指揮したことでも有名。

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