『読書歯車のねじまき仕事』

<『読書歯車のねじまき仕事』>
図書館で『読書歯車のねじまき仕事』という本を手にしたが・・・・
椎名誠の選ぶ探検本が渋いというか、ええでぇ♪

内田先生の『街場の読書論』を読んだ後となるが、ここは読書路線つながりということで、椎名誠のねじまき仕事を見てみましょう。

【読書歯車のねじまき仕事】
椎名

椎名誠著、本の雑誌社、2005年刊

<商品説明>より
日本と世界を縦横斜めに駆けめぐる椎名誠の、旅と読書のエッセイ集。本を抱え、ラオス、ベトナム、カンボジア、阿寒湖から有明海、パラグアイを駆け抜けてブラジル奥地へと旅立つシーナ。エッセイに加え、昨年半年にわたって行われた書店でのトークショーも録り下ろしで掲載。(武)

<読む前の大使寸評>
椎名誠の選ぶ探検本が渋いというか、ええでぇ♪

rakuten読書歯車のねじまき仕事


日頃から本に囲まれた椎名さんが、古書店や書店に対する思いを語っています。

<横柄な最後の古書店時代>よりp88~90
 店の中にいると時々本を売りに来る人がいる。神保町あたりの古書店は高価で貴重な蔵書をまとめて処理するという客などを相手にしているからなのだろう、時折いかにも小遣いかせぎというようなかんじで数冊の本を恥ずかしそうに持ってくる若い人などがいると、たいていは横柄な口ぶりで「」などと言って門前払い同様である。その対応も店にいるとそっくり聞えてきてしまうので困った気持ちになるのだ。

 仕入れ側が売る側に対して優位なのはどの業界でも同じだが、古書店ではそういう小口の本を持ってくる若い人が本好きであるからこそそれらの本を読み、本好きであるからこそその界隈の古書店に本を売りに来ている率がすごく高い、というふうに考えないのだろうか。ようするに彼らも時と立場が違えば明日の客なのである。

 あるとき本を売りに来た若い学生ふうの青年をあまりにも横柄にしかもいささか軽蔑するような口調で追い返した40代ぐらいの店主を見て、この古本屋はこの男の代で早晩潰れるのだろうなと思った。業界全体がそういう危機的な状態にあるということも何も理解していないバカ顔であった。

 今、都市郊外や地方都市に行くと「新古書店」と言われるマンガ本と雑誌中心のチェーン店がたくさん並んでいる。中に入ると信じがたいほど大量のマンガ本が明るすぎる蛍光灯の下でキンキラに眩しく光っている。たくさんの大人と子供が立ち読みしていてそこにたいてい同じようなアップテンポのやかましい音楽が鳴り響きこちらもなんとも形容しがたいプラスティックのような異空間をつくっている。これは日本だけのありふれた風景である。

 あれはもう書店の範疇には入らないものかも知れないけれど、これからの多くの若者たちはあれが古書店、いやもしかするといわゆる普通の書店というふうに思って育っていくのではないかという危惧がある。

 特に地方都市などはそういう店しかなかったりする場合も多いのだ。それが将来どんなところにどんなふうに影響していくのか今のところまるでわからないのだけれど。

 一つだけ間違いないのだろうと思うのはコンビニの書棚を含めてそういう現代的な本の文化で育っていくこれからの大多数の日本人はよほど積極的に本に接していこうとしないかぎり本当の書店を知らずに生きていく可能性がある。

 都市の本当の書店に行って「本が本格的に置いてある場所」ということを理解し、そこで本を買うことを覚える若者はマイノリティになる可能性がある。ましてや神田や早稲田の古書店に繰り返して通うまでに進化した若者が現れるかいささか疑問に思う。

 今回ここで書いたような、人間が目に入っていないような古書店でもこれからの高齢化時代はしばらく生きながらえるかも知れないが、十数年先の若い世代はもうあのような店に足を運ばなくなるような気がする。


ビジネスマインデッドな出版人は軽々に「出版不況」「市場のニーズ」というが・・・
書物の原点を見据える必要があるのでは?


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