『東方的』4

<『東方的』4>
図書館で中沢新一著『東方的』という本を手にしたが・・・・
目次を見ると、多彩なテーマが並んでいて、何が語られるのか、興味深いのです。


【東方的】
東方

中沢新一著、講談社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
ボストークー東の方。人間を乗せた最初の宇宙船の名前である。偉大なる叡智=ソフィアは、科学技術文明と近代資本主義が世界を覆い尽くす時こそが、真実の危機だと告げる。バルトーク、四次元、熊楠、マンダラ、シャーマニズム、製鉄技術、方言、映画とイヨマンテ…。多様なテーマで通底する「無意識」に、豊饒な叡智を探求する。

<大使寸評>
スラブ民族や熊楠曼荼羅など、果ては四次元的推論まで縦横無尽に書きつくす(あるいは書き散らす?)中沢さんの頭の中は、どうなっているのだろうと、驚いたのです。

shogakukan東方的


「映像のエティック」の続きです。
p314~318
<映像のエティック>
 さて、私たちに残された問題は「映画」です。映画、とくに今日の集まりのテーマである民族学的な映画は、イヨマンテの儀礼のような高度なエティックを主題としている人間のわざにたいして、どのような態度で振る舞い、どのようなかたちの「対話」を実現することができるだろうかという問題を、私たちは考えようとしていたのでした。
(中略)

 イヨマンテの儀礼が進むにつれて、カメラの前にいるアイヌの人々の意識が、人間と人間、人間と自然とのあいだの「関係」というレベルを越えはじめてしまっていることに、映画カメラが気がつくきだしているのが、私たちにはよくわかります。解体した熊のからだを前にして神歌を歌っているアイヌの人々、その彼らの意識は、いったいどんな場所にむけられているのだろうか。熊のたましいが神々の世界に帰っていくその瞬間に、アイヌの人々がみつめている虚空とは、いったい何であり、どこなのだろう。

 アイヌがみつめる、熊のたましいの帰っていくその「空」を撮影すれば、映画は何かを理解したことになるのだろうか。民族学映画は、このとき、自分がただの映画でしかないことに気づいて、うろたえ、失望を隠しきれないでいるのが、私たちにはよくわかります。

 それほどに、この映画は誠実なのです。ドキュメンタリー映画として、商業的にも成功できるためには、ここで言葉によるコメントをかぶせることによって、カメラの無能を救うことはできるでしょう。ところが、この映画はそれを拒否するのです。それはたぶん、この映画をつくった人々が、自分のおこなっている行為の意味を、ごまかしのきかない地点まで、追いつめていってみたいという欲望をいだいているからなのだと思います。



エストニアからの難民でもあった詩人メカスのアメリカへの入国には、エリア・カザンの『アメリカ、アメリカ』という映画を彷彿とさせるのです。
p322~332
<エピローグ 木のように、森のように>
 君のこと、はっきりした政治的な動機をもって、このアメリカに亡命してきた人間だと長いこと思い込んできたけれど、どうやらそれはかいかぶりだったんだね。君はどっちかっていうと、亡命者じゃなくて、難民なんだ。でもだったらどうして、君は故郷のリトアニアを離れたあと、ニューヨークにやって来てこの街に住みつくようになったんだい。アメリカの友人が、メカスに鋭い質問をあびせる。それに対して、ただの偶然だったのさ、とメカスは答える。

 それはまったくの偶然だったんだ。リトアニアを離れたあと、イスラエルへ行こうと思ったこともあるし、エジプトやオーストラリアのことが、頭にひらめいたこともある。でも、本当のことを言うと、どこでもよかったし、できたら自分の行き先を、自分の意思で決めたくないとさえ、思っていた。

 その時、一人のアメリカ人と出会った。彼はシカゴの人間だと言い、あれよあれよという間に、アメリカに僕たち兄弟が行けるような書類を作ってくれたのさ。おまけに国連から船賃まで支給された。こうなれば、僕たちはもうアメリカに行くしかなくなった。

 僕たちはシカゴにあるハケット・ベーカリーというパン屋への紹介状をかばんの中につめて、船に乗った。ところが、僕たちの乗った船は夜、ニューヨークに入港したんだ。そこで僕は、ニューヨークの灯を見てしまった。そして、たちまち計画を変更して、その街に居つくことに決めたんだよ。あの親切なシカゴの人には悪いことをしちまったけど、彼が振ってくれた偶然のサイコロの、偶然の極限までころがっていって、僕たちはニューヨークの灯を見てしまったんだ。だから、なにからなにまで、偶然なんだよ・・・・メカスは、ここでたぶん本当のことを、語っている。

 偶然に、ドイツ兵によって発見された、反ナチ文書を印刷するための機械、偶然、線路のポイントが切り換えられて、ナチスのまっただ中へ進んでいってしまった列車。思いもかけなかったシカゴの親切なアメリカ人との出会い。ニューヨークへの夜の入港。すべてが偶然によって支配され、すべてが明確な動機づけを、欠いていた。メカスは「自由の国」の政治亡命者となったわけではない。彼はただ見ていただけだ。じっとあたりを見ていた。そして、偶然が彼をあのニューヨークの灯の前へと、連れ出して行ったのである。なんと誌的な、人生の転換ではないか。

 ジョナス・メカスは政治亡命者ではない。自分から進んで、ドラマを生きようとしたわけではないからだ。メカスは、むしろ難民なのだ。物語りもなく、ドラマもなく、ただ偶然に巻き込まれ、その中で、じっと世界を見つめている。一人のリトアニア難民が、ジョナス・メカスなのである。
(中略)

 ニューヨークを生活の場所に選んだメカスが、そののち作りだすことになった映画は、インディペンデント映画とか、個人映画と呼ばれることになった。ハリウッド的な文法を無視したところでつくられる、資金的にも上映においても、まったくプライベートな規模しかもたない映画が、メカスの活動を核として、たくさんつくりだされることになったのである。

 彼がどうしてこのようなスタイルの映画にたどりつくことになったのか、そこにはさまざまな要素が関係している。でも、僕の見るところでは、瞬間のもつ絶対的な個別性ということにたいするメカスの特殊な感覚が、そこでは、いちばん大きな働きをしていたのではないか、と思えるのである。


『東方的』1
『東方的』2
『東方的』3

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