『清水義範ができるまで』2

<『清水義範ができるまで』2>
図書館で『清水義範ができるまで』という本を手にしたが・・・
おお 小説家になるためのハウツー本やないけ♪

というわけで、小説家を目指す大使は、迷わず借りたのです。

【清水義範ができるまで】
清水

清水義範著、大和書房、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
稀代のパスティーシュ作家はいかにして生まれたか。好きなコトバのあれこれから、創作の秘密、ヘンテコな本の話まで人気作家のすべてがわかるはじめての自伝的エッセイ集。
<大使寸評>
稀代のパスティーシュ作家でも、自分の特性を見つけるのに数十年間、悩んだようですね…小説家を目指す大使の行く末に暗雲が湧き上がるようでおま。

shogakukan清水義範ができるまで


歴史小説や私小説はどのように書くべきなのか?そのあたりについて清水さんが語っています。
p29~31
<私がきいている昭和>
 昭和の時代のことを、小説に書こうと思ったのだが、いかにも調べて書いたという小説にはしたくないなと思った。2.26事件だの、盧溝橋事件だのを追っていき、時の総理大臣は誰で、軍部の指導者何某がどんな策をとったとか、なんてことに終始するような小説のことだ。

 歴史小説としてはそういうものがあるが、私はもっと、その時代の普通の人間たちを書きたいと思った。普通の人間の生活や、喜びや哀しみの中から、昭和という時代を振り返るのだ。

 主人公を、時代を超越した利口にしてもいけない。ついついそういうことになってしまいがちなのだが、戦前の、国がどんどん軍国化していく中で、主人公だけは、こんなやり方では戦争に負けるだろう、と思っていたりする。でも、周囲の愚かな庶民はひたすら、日本バンザイの気分でいて、主人公は苦悩する。そして時代の犠牲者として軍隊にとられる・・・・。

 そういう人もいたかもしれないが、ほとんどはそうではなかったと思う。みんな、時代の中で流され、日本は偉大なんだ、と感じていただろう。そのくせ、兵隊にとられて死ぬのはいやだと思っていたに違いない。戦前は何もかも暗かったわけではなく、ちゃんとご馳走もあり、娯楽もあり、恋愛もあったのだ。そんなことにも目を配った、人々の昭和を書きたい。

 そうしたら、そのための方策はひとつしかない、と思いついた。調べた昭和史ではなくて、私がきいている昭和史を書けばいいのだ。

 父に聞いているではないか。昭和恐慌で資産家だった実家がつぶれ、裸一貫で名古屋へ出て働かねばならなかったことを。通信兵として満州に派遣されたことを。終戦の玉音放送をどこで聞いていたかということを。

 母からも聞いている。子供の頃の楽しみが何だったかということを。戦中に軍需工場で働き、何を作らされたかということを。戦後、父とどのように出会い、結婚したかということを。

 妻からも、その両親の子供時代のエピソードを、伝えきいている。妻の祖父が職業軍人だったこと。妻の父が肺に影があって軍人になれなかったこと。でもその弟は、飛行機乗りとして戦死していること。妻の母がどんな娘時代を送ったかということもきいている。

 そういう、私の聞いていることをもとに、昭和を物語っていけばいいのだ。そういう人々がいて、そういう生活があったのは本当のことなのだから。
 そういう書き方をしたのが「みんな家族」という小説である。

 だからこの小説は、私の父と母、そして妻の父と母の、四つの最初は関係のない家族の話として始まる。四つの家族が昭和の中にどんなふうにあったか、である。

 それが、戦後に、私の父と母が出会ってひとつにつながる。すぐあとに、妻の父と母が出会ってひとつになる。そしてそれぞれに子が生まれ、やがて出会って結婚する。

 そういうふうに、逆ピラミッド型にひとつにまとまってくるという、珍しい大河小説ができた。普通、一族の物語を書くと、子ができて、孫が生まれてと、だんだん人数が多くなって拡大していくものなのに、私のは、四つの最後にはひとつにまとまるわけで、面白いしかけだな、と思っている。

 さて、そういう小説だから、私には珍しく、かなり家族たちのことをくっきりと書いてしまった。父の青春の思いはこうだっただろう。母の青春はこうだっただろう、などと。
 もちろん、話を面白くするために作ったところもあるし、架空のキャラクターも出てくるわけで、すべてが実話というわけでは決してない。でもそれにしても、四つの家族の人々のことを、きき知る限りで書いてしまったな、という気がしている。自分のことも、必要上かなり書いた。妻のことも。

 戦前の時代性の中に、普通の人々はどんなふうに生きていたか。戦後はどんなふうに始まり、世の中がどう移り変わってきたか。私が子供の頃には、街に何があったか。人々は何を楽しんで生活していたか。そんなことが感じ取れる小説ができたかな、と思っている。

 そして、書き終えて全編を読み返してみて、これは、亡くなっていった人たちへの弔いの小説のようでもあるな、と思った。それは読者にとってはどうでもいいことだが、作者としては、私がここにこうある背後には、こういう家族がいたのだな、という感慨がわいたのだ。

この調子で、科学する小説、参考資料を書く理由、三度デビューした、などが語られているのだが…
小説を書くノウハウを惜しげもなく披露してくれる清水さんが、ええでぇ♪

『清水義範ができるまで』1

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