飛行機シリーズ2    ③

<飛行機シリーズ2>
飛行機、戦闘機について集めてみます。

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・安さのARJには乗りたくない
・先進技術実証機「X-2」は機能限定
・MRJが初飛行
・MRJ関連情報
・ダーク・ブルー(2001)
・中型ジェットMRJが年内に初飛行へ
・飛行機大好きの宮崎監督

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飛行機シリーズ1>目次
・自衛隊の新鋭機
・国産機開発の歴史
・F35でいいのか?
・F35対日本製「心神」
・紫電改
・スカイクロラ
・震電を造った人たち
・局地戦闘機2
・局地戦闘機
・YS-11
・ボンバルディア
・撃墜王アフリカの星
・太陽の帝国
・要求仕様の違い


戦闘機一覧
零戦との闘い-アメリカからの証言 1 of 5
ダーク・ブルー(2001)



<安さのARJには乗りたくない>
中国製旅客機のARJには、中国人にしても旅客としては乗りたくないのではないか。


2016.2.17航空機輸出、日中が火花 燃費のMRJ・安さのARJより
 高速鉄道の輸出を競う日本と中国が、新たに参入する航空機でも火花を散らす。16日に始まったアジア最大のシンガポール航空ショーで、三菱航空機は、燃費の良さを誇るMRJの新規受注を発表した。中国メーカーは安さと政治力を武器に市場開拓をめざす。
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■三菱航空機、米社から20機受注
 三菱航空機は16日、国産初のジェット旅客機MRJを20機受注することで、米エアロリース社と基本合意した。キャンセル可能分を含む受注数は日米を中心に427機になる。新規受注は1年半ぶりだ。

 「(昨年11月の)初飛行の後、北米でもアジア太平洋でもMRJへの関心が格段に高まっている」。シンガポールで記者会見した三菱航空機の森本浩通社長は胸を張った。

 高い経済成長が見込めるアジア太平洋は主戦場。座席数が100席以下の小型機の需要は今後20年間で約1千機と、三菱航空機はみる。日本以外のアジアで受注は少ないが、「競合より2割良い」(森本氏)という燃費を強調する。

 MRJと競合する小型機「ARJ21」を手がける中国の国有企業、中国商用飛機も負けていない。会場のど真ん中にMRJの2倍近いブースを構え、ARJの巨大模型を三つ並べた。

 「インドネシアやベトナム、カンボジアなどアジア市場が狙い。MRJに技術面では劣るが、機体の安さでは、こちらが上」と担当者は話す。

 中国商用飛機によると、ARJの受注は中国の航空会社を中心に300機超。MRJが18年に計画する航空会社への納入はすでに始め、今月中にも実際に客を乗せて飛ぶ予定だ。

 タイの航空会社やコンゴ共和国政府からも受注。政治的な結びつきのあるイランやパキスタン、モンゴルの航空会社などとも商談を進めているという。
 (シンガポール=都留悦史、北京=斎藤徳彦)

■「信頼得るには時間」指摘も
 日中が参入する小型機の市場は、「世界2強」のブラジル・エンブラエルとカナダ・ボンバルディアがシェア8割超を固める。それでも三菱航空機は「入り込む好機」(首脳)とみる。

 エンブラエルが新しい小型機をMRJと同じ18年に投入する計画なのに対し、もう一方のボンバルディアは100席以上の中型機に注力し始めたからだ。

 しかも、その開発遅れなどで15年7~9月期に5千億円超の純損失を出した。本社を置くカナダの州政府から出資を受ける事態になり「人材が流出している」(業界関係者)という。

 小型機市場の構図が一変する可能性もあるなか、日中の姿勢は対照的だ。

 三菱航空機は、開発費が比較的少なくて済む小型機に当面集中する。これに対し、中国商用飛機は、小型機ARJとともに、米ボーイングや欧州エアバスと競う中型機「C919」の開発も進める。

 野心を隠さない中国に、米国は神経をとがらせる。米通商代表部は昨年12月、中国が国産機への課税を不当に免除している、と世界貿易機関に訴えた。

 日中の参入に、厳しい見方もある。

 豪州の研究機関「アジア太平洋航空センター」のブレンダン・ソビー氏は「実績のない日中の航空機メーカーが自国以外の市場で信頼を得るには相当な時間がかかる。既存のメーカーからシェアを奪うのは簡単ではない」と話す。




<先進技術実証機「X-2」は機能限定>
次世代戦闘機「心神」として、心待ちしていた大使であるが・・・
次の報道にあるように、先進技術実証機「X-2」は機能限定のようです。
いずれにしても、次世代戦闘機開発のために必要な実証機であるが、早とちりであった大使はちょっとガッカリでおます。


2016.2.13「次世代戦闘機」は間違い 日本のステルス実証機X-2、真の目的より
X-2X-2

■戦闘機の一部」しか盛り込まれていないX-2
「心神」の非公式愛称で知られる、防衛省技術研究本部と三菱重工によるステルス性を持つ先進技術実証機「X-2」が、初飛行への最終段階に入りました。

 2016年1月28日(木)、この先進技術実証機に「X-2」という制式名称が与えらました。そして建国記念日の2月11日(木・祝)、県営名古屋空港ではじめて公の場に姿を現し、地上滑走試験を開始。こののち、高速滑走試験やブレーキ試験が行われる見込みで、問題が無ければ2月22日(月)以降に初飛行が実施されると推測されます。

 このX-2は、一部全国紙の報道にみられるような「次世代戦闘機」ではありません。従来、個別に研究されていた戦闘機用エンジン、推力偏向装置、高度な飛行制御、ステルスの理論に基づく設計、新素材による機体構造といった各種要素を実際にひとつへ統合し、問題なく機能するかを実証するための「技術実証機」です。

 またX-2で試験される要素は、「戦闘機の一部」でしかありません。現代戦では赤外線や可視光センサー、レーダーなど様々な電子機器によって情報を収集し、ネットワークで共有を行う「ミッションシステム」が必要不可欠であり、「空中戦」は搭載コンピュータの上で動く「ソフトウェア」の戦いになっています。X-2にはミッションシステムが搭載されておらず、またミサイルも携行できません。

 現在、防衛省技術研究本部ではX-2と並行して「戦闘機搭載用統合火器管制システムの研究試作」と称し、既存のF-15戦闘機およびF-2戦闘機を改造することによって「ステルス破り」などを可能にする研究を行っています。「ミッションシステム」はX-2のような姿形が無いため目立ちませんが、X-2と同等に重要であり、その動向にも注目する必要があるでしょう。




<MRJが初飛行>
昨日(2015.11.11)MRJが初飛行を果たしましたね。
YS11が飛んで以来苦節53年、やっと戦後2番目の民間旅客機の登場となりました。
ネット情報を見てみましょう。

2015.11.6日本製の民間機は再び世界に羽ばたけるかより
 1962年8月30日、第二次世界大戦後、初となる国産旅客機「YS-11」が名古屋空港から初飛行した。そして2015年11月11日朝、2番目となる国産旅客機「MRJ」が、同じ名古屋空港から飛び立った。
MRJ

 MRJは安村佳之機長、戸田和男操縦士、他3名の計測担当技術者が搭乗して、県営名古屋空港から離陸。太平洋上の防衛省訓練空域で、左右の旋回、上昇、下降、および着陸の模擬飛行を実施したのち、午前11時2分に同空港に着陸した。脚は飛行中も下げた状態で固定。主翼のフラップとスラットも下げ位置で固定。最高速度は時速280km、最高高度は1万5000フィートだった。安村機長は初飛行後の記者会見で、「着陸模擬時に気流が荒れたが機体は安定しており、機のポテンシャルの高さを感じることができた」と語った。

 これからは主に米国内で型式認定のための飛行試験を進め、2017年春からカスタマーへの機体納入を開始する予定だ。岸信夫・三菱航空機副社長は記者会見で「スケジュールはきびしいが、変更(これ以上の延期)は考えていない」と述べた。

■非常に静かなエンジン
実際の飛行を見た第一印象は、「非常に静かだ」に尽きる。県営名古屋空港には、定期便でMRJよりも一回り大きいボーイングB737が就航しており、MRJの初飛行前後も忙しく発着していたが、MRJは737と比べると明らかに一段階騒音レベルが下がっている印象だ。

 これは最新のギアードターボファンエンジン、米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)の「PW1200G」を採用した効果だ。最近のジェットエンジンは、タービンに扇風機の羽根車のようなファンを直結して、噴射するジェットの周囲を包むように大量の空気を流すようにしている。大量の空気を押し出すことで推力を増強すると同時に、噴射ガスを空気の流れで包むことで騒音も低減するわけだ。この形式をターボファンエンジンという。
 ターボファンエンジンは、タービンとファンが同じ回転速度で回る。これに対して、ギアードターボファンは、タービンとファンの間に歯車をかませて、ファンのほうがよりゆっくり回るようにする。するとタービンとファンを、それぞれ最適の回転速度で回すことができるようになり、エンジンの効率は上がり、騒音も一層小さくなる。しかし、軽量かつ信頼性の高い歯車機構を作るのことはなかなか難しく、旅客機用のエンジンとしては、このP&Wのエンジンが初めてだ。

MRJがPW1200Gを採用したことは、当初リスク要因ではないかとの懸念もあった。が、初飛行の音を聞く限り、信頼性を担保できれば大きなセールスポイントとなりそうだ。

■53年2カ月12日を振り返る
 国産旅客機YS-11の初飛行から、MRJまで53年2カ月12日。日数に直すと1万9431日。この長い空白をつなぐ項が三菱重工業だ。YS-11は当時の通商産業省が全産業を結集して企画したオールジャパンのプロジェクトだったが、中核となったのが三菱重工だった。そしてMRJは、三菱重工とその子会社の三菱航空機とが開発している。

 民間航空機の開発を行うメーカーは、現在日本には2つある。ひとつが三菱重工・三菱航空機であり、もうひとつは小型機を開発する独立系のオリンポス(東京都青梅市)だ。オリンポスは、メディア・アーティストの八谷和彦氏が企画した「オープンスカイプロジェクト」で、アニメ「風の谷のナウシカ」に登場する航空機「メーヴェ」とそっくりの機体「M-02J」を設計・製造したことで有名だ。

 自家用機の「ホンダジェット」を開発し、販売を開始しているホンダ(本田技研工業・ホンダエアクラフトカンパニー)は? と思われるかもしれないが、同社は開発・製造の本拠地を米国においている。航空機メーカーとしてのホンダは、実質的に米国企業とみたほうが良い。

 富士重工業も「エアロスバル」ことFA-200、さらに双発のビジネス機FA-300といった自家用機を開発・販売していたことがあるが、すでに撤退している。これ以外の日本の航空機産業は、防衛省向けの軍用機を開発・製造しているか、ボーイングやエアバス、カナダのボンバルディアやブラジルのエンブラエルといった海外メーカーの下請けとして部品を供給しているかのどちらかだ。

 与えられた条件に合わせて部品を開発・納入しているだけでは「航空機を開発・製造している」とは言いがたい。自らの意志と裁量で機体の諸元をひとつひとつ決定し、システム全体としての民間用航空機を開発しなければ、そして開発した機体を世界中に販売し続けなければ、「民間用航空機を作っている」と胸を張れない。日本の航空機産業は、こと民間航空に関してはほとんど“準・航空機産業”であり、MRJは“準”をはずすための試みといえる。



2015.11.11MRJ初飛行、「不安で眠れなかった」より
 2015年11月11日、三菱重工業傘下の三菱航空機は小型ジェット旅客機「MRJ(Mitsubishi Regional Jet)」を初飛行させた。初飛行スケジュールを5回も延期したため、「本当に飛べるのか」と懸念する声も少なくなかったが、晴れわたった秋空に、力強く離陸した機体は、約1時間半のフライトを終えて、県営名古屋空港に無事着陸した。
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 「(MRJは)いつ飛ぶんだと言われきたが、無事初飛行できてほっとしている。半世紀ぶりの国産旅客機で、開発に予想以上に時間を要した。ゼロからのスタートでよくここまできたなと思っている」。三菱航空機社長の森本浩通氏はこう感慨深げに語った。

 MRJの初飛行を成功させた後は、長い時間をかけて飛行試験を繰り返し、そこで見つかるさまざまな課題を乗り越えて、設計にフィードバックする必要がある。さらに日米の航空当局の認証を得ることも欠かせない。

 「文字通り、ここから始まる。これから数千時間の試験、(航空当局からの)型式証明の取得など道のりが続く。本日の喜びを糧に、また明日からゴールに向かって邁進したい」(森本氏)。

(中略)
 質疑応答で、とりわけ印象的だったのはチーフエンジニアの岸氏のコメントだ。開発を担当するエンジニアとしての本音を包み隠さず語った。初飛行の前夜は心配で、よく眠れなかったという。

 「不安で不安でしょうがなかった。エンジニアは概して心配性だ。(パイロットには)安全だと言っているが、万が一のためのバックアップも考える必要がある。何かあった時は、乗員を絶対に安全に帰すために何をするのか。機体が安全に戻ってくるのは当然だが、心配で心配で仕方なかった」
 
 「(昨夜は)2時半に目がさめた。メールが来るとまた寝れない。MRJの駐機試験の頃からも心配で仕方がなかった。(MRJの初飛行中も)飛行試験のデータをモニターして、大まかな飛行機の状態や、あるいは飛行中の実際のビデオ映像を見て、まさかの時に備えていた」

 また「ゼロ戦」の設計者と知られる堀越二郎氏に代表される三菱重工の航空機開発のDNA(遺伝子)をどう考えているのかという質問に対しては岸氏はこう答えた。

 「歴代の三菱重工のチーフエンジニア、堀越二郎などは、技術に誠実できっちりと仕事をしてきた。例えば重量軽減(軽量化)などを追求してきた。三菱重工の資料館には、歴代の所長やチーフエンジニアの写真がある。時々、そこに行って顔を拝見したり、当時の図面をみると身が引き締まる思いだ」




<MRJ関連情報>
MRJ関連の最新情報を見てみましょう。

2015/7/29MRJの初飛行「乗りたいと言ったら、断られた」より
「私は飛行機に乗るのが大好きで、戦闘機にも乗ったことがある。(2015年秋に予定されている)国産ジェット旅客機『MRJ』の初飛行にも乗せてほしいと言ったが、ダメだと断られた。2回目か3回目のフライトには乗りたいなと思っている」

 三菱重工業会長の大宮英明氏は、2015年7月28日、東京大学で開かれたシンポジウム「国産旅客機の開発とその意義」の基調講演でこう語った(図1)。三菱重工のグループ会社、三菱航空機が手がける78~92席の小型ジェット旅客機、MRJの開発は大詰めを迎えており、2015年秋の初飛行に向けた準備が進んでいる。

 大宮氏は三菱重工がMRJの事業化を決断した2008年に社長に就任し、2013年に会長に就任した後もMRJのプロジェクトを後押ししてきた。MRJの開発スケジュールは何度も延期され、費用も想定を大幅に上回ったが、あきらめずに続けてきた経緯などを語った。

 「航空機は高度で複雑化した技術集約型の製品で、MRJの場合は部品点数は100万点にもなる。2008年に社長になった当時、(開発費は)1500億~1800億円かかると言っていたが、実際は、はるかに多くのお金がかかることになった。だが、それは同時に大きな参入障壁にもなる」。

 ジェット旅客機は開発費用が莫大で、アフターサービス体制の構築にも初期投資がかかる。このため長期間にわたり赤字を覚悟する必要があるが、いったん成功できれば、競合メーカーの数は限られており、得られる果実は大きいとする。

 「技術は偏執症(パラノイア)的にやる。強度試験機を作って壊す必要があり、非常にお金がかかる。安全性の確保を徹底的にやる。着水試験、降雨試験、着氷試験などを、設備が整っている米国で進めている」





<ダーク・ブルー>
ドーバー海峡を2機編隊(ロッテ)で飛ぶ、スピットファイヤーの映像がきれいで・・・しびれた大使でおま♪
スピットファイア


【ダーク・ブルー】
ダークブルー

ヤン・スウィエラーク監督、2001年チェコ、英制作

<movie.walkerストーリー>より
ナチス占領下のチェコスロバキア。祖国をあとにし、英国空軍パイロットとして戦地に赴く中年男フランタと青年カレルは、年齢差を超えた友情で結ばれる。そんなある日、カレルが戦闘中に墜落。彼を助けたのは、夫が戦地で行方不明中の英国人女性スーザンだった。その夜、2人は関係を持ち、カレルは彼女を愛してしまう。だが彼女は彼に冷たく、代わりに愛したのはフランタであった。

<大使寸評>
ラブロマンスとしても、飛行機映画としても良くできた佳作とでもいいましょうか♪

movie.walkerダーク・ブルー
ダーク・ブルー(2001)by西澤晋




<中型ジェットMRJが年内に初飛行へ>
最新報道によれば、中型ジェット機商戦にロシアや中国が参戦するんだって・・・
むむ 中華のジェットと聞いて、にわかにナショナリズムが騒ぐ大使でんがな。


6/21MRJ、受注合戦が正念場 年内に初飛行へ より
MRJMRJ

 三菱航空機が開発中の「ミツビシ・リージョナル・ジェット(MRJ)」が、猛攻をかけるライバル機と受注合戦を繰り広げている。後発のMRJが投資を回収して収益を上げるには、2度にわたって延ばした初飛行を予定通り今秋に実施し、「離陸」できるかにかかっている。

 開催中のパリ航空ショー。世界40カ国以上から約2200社が参加する世界最大の商談会だ。MRJはこれまで、全日空(25機)と米国の2社(300機)から計325機を受注。だが、今回は新たな受注の発表はなかった。

 代わりに同社は、米イリノイ州に新たに品質管理拠点を設けると発表。米国にはエンジンや部品などの取引先が17社あり、日本から派遣していた検査員を現地に置く。品質管理を強化し、買い手の航空会社への信頼性を高め、さらなる受注の上積みを図る。

 MRJの強みは、燃費性能。燃費がいい米プラット・アンド・ホイットニー社のエンジンを採用し、ライバル機より約2割良いとされる。機体の軽量化のため、日本の「お家芸」の炭素繊維複合材を一部に使った。航空機1機を飛ばすのに必要なコストの約4割は燃料費とされ、買い手の航空会社にとって燃費の良さは大きな魅力だ。

 MRJが乗り込む小型ジェット旅客機の世界市場は今後、拡大が見込まれる。世界各国で地方路線の拡充が進み、今後20年で5千機の需要があるとの見方がある。MRJは、その半分を獲得する目標を掲げる。
 ただ、この市場では、先発のエンブラエル(ブラジル)とボンバルディア(カナダ)がシェアの約7割を占める。ロシア勢や中国勢も参入しており、競争は激しさを増している。
 特に、エンブラエルは今回のショーでMRJへの対抗心をむきだしにしてきた。MRJと同じP&W製のエンジンを採用した新しい機種「E2」の開発を発表。MRJ200機の購入を決めた米スカイウェストから、E2を200機受注したことも明らかにした。

 民間航空機ビジネスは「ギャンブル」といわれるほどリスクが大きい。MRJは開発費だけで約1800億円。巨額投資の回収には国内市場だけでは採算がとれず、最初から世界に売り込む必要がある。素材の開発から部品加工、飛行試験などに10年単位の長い年月がかかる。納入までに必要な安全性を証明する「型式証明」の取得も難しい。
 にもかかわらず、三菱航空機が参入するのは、長く依存してきた戦闘機などの「防衛需要」が頭打ちだからだ。1980年代に8割あった航空機産業に占める割合は、今は4割以下。伸びる民間需要に2007年に逆転された。

 日本の航空機メーカーは、長らく米ボーイングや仏エアバスの下請けに甘んじており、国産ジェット機の生産は日本の産業界の悲願でもある。三菱航空機はトヨタ自動車や大手商社も加わった「オールジャパン」体制で臨んでおり、まずは初飛行を確実にしたい考えだ。



<飛行機大好きの宮崎監督>
「風立ちぬ」というアニメーション映画が7月20日公開だそうです。
ゼロ戦開発を描くアニメだって・・・飛行機大好きの大使としては見逃せないでぇ♪


風立ちぬ公式サイトより
風

<企画書:宮崎駿>
 零戦の設計者堀越二郎とイタリアの先輩ジャンニ・カプローニとの同じ志を持つ者の時空をこえた友情。いくたびもの挫折をこえて少年の日の夢にむかい力を尽すふたり。
 大正時代、田舎に育ったひとりの少年が飛行機の設計者になろうと決意する。美しい風のような飛行機を造りたいと夢見る。
 やがて少年は東京の大学に進み、大軍需産業のエリート技師となって才能を開花させ、ついに航空史にのこる美しい機体を造りあげるに至る。三菱A6M1、後の海軍零式艦上戦闘機いわゆるゼロ戦である。1940年から三年間、ゼロ戦は世界に傑出した戦闘機であった。
 少年期から青年期へ、私達の主人公が生きた時代は今日の日本にただよう閉塞感のもっと激しい時代だった。関東大震災、世界恐慌、失業、貧困と結核、革命とファシズム、言論弾圧と戦争につぐ戦争、一方大衆文化が開花し、モダニズムとニヒリズム、享楽主義が横行した。詩人は旅に病み死んでいく時代だった。
 私達の主人公二郎が飛行機設計にたずさわった時代は、日本帝国が破滅にむかってつき進み、ついに崩壊する過程であった。しかし、この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。
 自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである。

独創的な設計にかける人物を描きたいのか♪・・・
格好つけてるけど、いずれにしても飛行機大好きな宮崎監督が見えます。

鈴木敏夫プロデューサーが宮崎監督のエトスを語っています。(朝日デジタルより)

6/17力をつくしてこれを為せより
マンガ

 「高畑勲はもうすぐ78歳、宮崎駿は72歳です。だからその、いつ異変が起きても……だって普通は70過ぎてアニメーション映画作るなんて大変なんですよ! 僕、聞いたんです『この映画は宮さんの遺言なんですか?』って。そしたら彼、『かも知れない』って」

 スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが6日、宮崎監督の5年ぶりの新作「風立ちぬ」(7月20日公開)の中間報告会見でこんな話をしました。主人公は、零戦の設計者堀越二郎さんと「風立ちぬ」の作家堀辰雄さんを融合させた人物で、零戦の誕生を縦糸とし薄幸の少女菜穂子との悲恋を横糸として、1930年代の青春を描く物語です。

 なぜ鈴木さんが「遺言」と思ったかというと、別に年齢的にアレだからとかそういうことのほかに、「仕事とは何なのか」と問い人生を振り返るような宮崎さん自身の感慨が作品から感じ取れるからだそうです。なるほど確かに、「自伝」ではないけれど「自伝」っぽくなることは予想がつきます。実在の堀越二郎さんが書いた「零戦 その誕生と栄光の記録」を読むと、設計チームを率いて困難な目標に挑みつつ飛行機という夢の中に自らの「美学」を注ぎ込む堀越さんの姿が、アニメーション映画をつくる監督の姿と重なり、「あんなに飛行機が好きな宮崎さんが、これを今まで映画にしなかった方が不思議だ」とさえ思えてきます。

 お二人が敬愛する文学者堀田善衞さんのエッセー集「空の空なればこそ」で、旧約の「伝道の書(コヘレトの言葉)」9章の中の言葉であるこの一節が紹介されていることを知りました。
 「凡て汝の手に堪ることは力をつくしてこれを為せ」

 ははーん、直接のネタ元はこれかな? ちなみに書名の「空」は「くう」と読んで下さい。「ソラのソラ、カラのカラと読まれたのでは、これはもうガッカリもいいところ」と堀田さんが書いています。



零戦設計者の夢 映画監督・宮崎駿さんより
Q:そこまで思い入れる零戦の魅力とは何でしょうか。

A:僕自身を含め、日本のある時期に育った少年たちが、先の戦争に対して持つ複雑なコンプレックスの集合体。そのシンボルが零戦です。日本は愚かな思い上がりで戦争を起こし、東アジア全域に迷惑をかけ、焦土となった。実際の戦いでも、ミッドウェー海戦など作戦能力が低かったとしか思えないような歴史しか持っていない。そんな中で『負けただけじゃなかった』と言える数少ない存在が零戦です。開戦時に322機あった零戦と、歴戦のパイロットたちは、すさまじい力を持っていた。

 零戦を一流機にしたのは、設計した堀越二郎のただならぬセンスです。零戦と同時期、別の設計者が手がけた『隼』という戦闘機があった。ほぼ同じ大きさで同じエンジンを積み、徹底的に軽量化した点も同じ。ただし武装は零戦の方が重い。なのに、並んで飛ぶと零戦の方が速く、はるかに遠くまで飛べた。不思議です。言葉では説明できない空気力学の謎を彼はつかんだんです。

 零戦、零戦と騒ぐマニアの大半は、コンプレックスで凝り固まり、何かに誇りを持たないとやっていけない人間です。思考力や技術力を超えた堀越二郎の天才的なひらめきの成果を、愛国心やコンプレックスのはけ口にして欲しくはない。僕は今度の映画で、そういう人々から堀越二郎を取り戻したつもりです。

Q:戦争を批判する一方で、零戦という兵器に愛着を持つ。矛盾していませんか?

A:矛盾の塊です。兵器が好きというのは、幼児性の発露であることが多い。だが、大学の財政学の講義で、戦争経済がどれほど国民経済を破壊するか、という話を教授が余談として滔々(とうとう)と述べられた。これは衝撃でした。僕が集めていた兵器の本や模型は無駄遣いの山だったと思って、全部捨てました。

 それでも、数年たってそういう本に出会うと、ついまた買ってしまう。そしたら自分の見方が全然変わっていた。工業力と資源を持っている国と戦う時、どういうことになるか。それは日本と米英が戦争中にどれだけの数の飛行機をつくったか、比較すれば一目瞭然なんです。

 零戦も戦争の中盤以降は消耗戦に巻き込まれ、優秀なパイロットをみるみる失った。それからは敗戦一方でした。機体の構造も大量生産向けではなかった。欧州の航空史家は『こんなややこしい飛行機を1万機以上も作ったことが驚きだ』と書いているぐらいです。

Q:堀越二郎を補佐した技術者の曽根嘉年は、零戦が特攻に使われるのを見て「情けなくて、こんなに大勢の人が死ぬのなら、作らない方が良かった。設計しなければよかった」と思ったそうです。堀越二郎の思いは違うのでしょうか?

A:彼もそう感じたかもしれませんが、同時に『それは自分の関わることではない』とも思っていたはずです。無論、堀越二郎も一人の日本国民としての戦争責任は背負っていますが、一人の技術者が歴史全体に責任を持つ必要はない。責任を問うのはくだらない、と思います。

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