『ニッポンの映画監督』

<『ニッポンの映画監督』>
図書館で『ニッポンの映画監督』というムック本を手にしたのです。
2008年刊でやや古い本なのだが、取り上げた監督、扱った題材、が渋くて・・・・ええでぇ♪

ということで、気にいった記事を紹介します。
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■「製作委員会」の功罪(p93)
 製作委員会システムは、情報化社会の隆盛にマッチした。一つの作品を、映画館の単一興行ではなく、ビデオ、DVD、CS放送、さらにインターネットや携帯電話への配信と、幾十にも広げることができる。

 このように製作委員会に名を連ねる各企業は、二次使用などの権利を取得しそれぞれの専門分野でビジネスを行うことで、映画がヒットしたとき以外にもさまざまな利益を得ることができる。70年代以降は、映画会社だけで作品を作り続ける体力が落ちたこともあって、製作委員会方式は映画作りのスタンダードとなった。

 製作委員会によるメディアミックスで、「大量宣伝をすれば映画は当たる」という図式も生まれた。この図式が出来上がってからは、出演するスターや作り手である監督の作品性よりも、スポンサーが宣伝しやすい映画を企画して、完成させることが優先される傾向が強まった。
 
 製作委員会方式の定着によって、映画は演じたり演出したりする人間が作る「作品」から、多様なメディアの連結によって、いかに売るかという「商品」へと変化してきたと言えるかもしれない。

 製作委員会方式では、より良い「商品」を作るために、出資会社から注文がつくケースもある。テレビ局から、のちのテレビ放送を考えてR指定がつく過激な描写やうポンサーからクレームがつくような内容は避けるよう指示が出るのが一例だ。

 このように製作委員会の規模が大きくなればなるほど、船頭が多くなり、映画を作る上での要求が増えていく。出資会社の思惑が作品自体に大きな影響を与えることになる上に、意見調整に時間もかかる。それが現場で実際に作業をする作者の足かせになり、作品性の低下につながる懸念もある。

■資金調達の味方!? 映画ファンド
 新しい製作資金調達の方法として注目されているのが、映画ファンド方式である。2005年に松竹が「SHINOBI」を製作した際に、日本で初めて、映画ファンドなどを対象にした個人向けファンド方式で、広く出資を呼びかけた。

フラガールフラガール

 06年のヒット作「フラガール」もファンドを使用した。こちらは製作母体であるシネカノンが製作、または買い付けた海外作品約20作品が対象だった。今後、環境整備が進んで映画ファンドが定着すれば、資金繰りに腐心する中小映画会社が、大手に対抗できる大作を生みだす手段として広がる可能性もある。

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■監督×脚本家の幸せな関係(p94~95)
 もともと監督自身に著作権が認められていない日本映画界では、監督は演出のために雇われた存在に過ぎない。しかし、監督の意向を盛り込む余地が少ないほど、映画は誰が作りたくて作ったものかわからない作品になってしまうことがままあるのだ。

 自然と、自らの世界観を作り上げようとしている監督と脚本家は、インディペンデント系のフィールドで活躍することになる。

■人と対峙すること、その大切さを描く
 『ジョゼと虎と魚たち』(03)と『メゾン・ド・ヒミコ』(05)の犬童一心監督と渡辺あやは、歩み寄ることが難しい人間同士の精神的な距離感をすくい取ってみせる。

ジョゼジョゼと虎と魚たち

 『ジョゼ~』では、普通の人には心を開かない風変わりな少女と大学生の不器用な恋模様を、『メゾン~』では死の床にあるゲイの父親と、長らく親子関係を絶っていた娘の歩み寄りを描いた。人と人が愛し合い、許し合うために必用なものは何かを見つめさせてくれる名コンビだ。

 『ジョゼ~』は犬童一心監督をメジャーシーンへと押し上げた出世作だが、その後のメジャー作品では、渡辺あやと組んでいない。不特定多数の観客を対象にしたメジャー会社の娯楽作と、渡辺あやと作る作家性の強い作品を、すみ分けしているとも言えるだろう。

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■「主張する映画美術」の原点(p96~97)
 「映画美術の神様!」
『フラガール』の李相日監督は美術監督・種田陽平の作品集『ホット・セット』に寄せて、そう賛辞を送ったが、決して大げさではないだろう。『フラガール』は小品にもかかわらず2007年の第30回日本アカデミー賞をはじめ多くの賞を獲得。スクリーンによみがえったリアルな炭鉱住宅街は、まさに昭和の時代そのものだった。

 「何もない家がある時代を描きたかった。美術予算が限られたセットを組めなかったので、実際に炭鉱住宅や炭鉱周りをつくるのは大変でした。オファーをいただいたとき、いい映画になるという予感がしたので、お引き受けしたんです」

 96年の『スワロウテイル』(監督・岩井俊二)で映画美術の重要性を国内外に知らしめた。21世紀に入ってから07年までに手がけた作品は、米映画『キル・ビルvol1』、『いま、会いにゆきます』、『THE 有頂天ホテル』、時代劇『怪談』など11本に及ぶ。

■こんな贅沢な町、見たことない
 『THE 有頂天ホテル』に続き三谷幸喜と組んだ『ザ・マジックアワー』(08)は、「町ありきで始まった企画」(三谷)だ。知らぬ間にギャングの抗争に巻き込まれる売れない役者と、映画監督のふりをして彼を操ろうとするしがないギャングの友情を描いたコメディ。だが、種田はこの作品を「引き受けるかどうか悩んだ」と明かす。
(中略)
 舞台となる港町・守加護はメーンストリートとそこに立ち並ぶクラブ「赤い靴」や「港ホテル」、波止場など、合計面積が4426平方メートル、日本映画史上類を見ない巨大セットが話題だが、最大の特長は実際に「2階」を造ってしまったことだ。
(中略)

■子ども時代の記憶がアイデアの原型に
 転機となったのが『スワロウテイル』だった。ミュージックビデオの現場で岩井と出会い、すぐに意気投合した。
 「当時、日本映画は低迷する一方で、香港からウォン・カーウァイが出てくるなどアジア映画に勢いがあった。日本映画にお客さんが見向きもしなかった時期に、僕たちの手で新しい映画を作るぞという、今とはまったく違うモチベーションを持っていた。そんな時代を経験したことは大きい」

スワロウスワロウテイル
 日本であって日本でない、架空都市「円都」に生きる若者たちの姿を描いた本作は、バブル後の虚無感漂う日本に生きる若者たちの心をつかんだと同時に、日本映画に「主張する美術」の重要性を認識させた。例えば、アヘン街にある医者のところへたどり着くまでの行程を、種田は何ヶ所も造り込んだ。「一見必要のない行程に見えても、その世界に入り込むためには、大切な時間、大切な空間」だからだ。
(中略)

 理想の映画美術は、「全然違う国の人が観ても、どこか懐かしいと感じてくれる」ことだ。『スワロウテイル』では、「昔、確かに同じような場所があった」と話してくれる中国人や、「映画に出てきたあの店でラーメンを食べたことがある」と主張する観客がいた。映画の記憶は役者の魅力だけで決まるのではない。空間や町並みもまた、記憶につながっていく。
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【ニッポンの映画監督】
アエラ

ムック、朝日新聞出版、2008年刊

<商品説明>より
大ヒット続出で活況を呈する日本映画界。新しい才能から世界が注目する奇才まで、21世紀に活躍する映画監督70人以上を一冊にまとめた名鑑スタイルのムック。目玉企画は識者・映画関係者に大アンケートを実施した「21世紀の日本映画ベスト10」。見巧者たちがいま観るべき映画を指南。そのほか、インタビューや初顔合わせの対談をはじめ、映画界の現状がわかる読み物も満載。DVD鑑賞のガイドブックとしても楽しめる保存版の一冊。

<読む前の大使寸評>
2008年刊でやや古い本なのだが、取り上げた監督、扱った題材、が渋くて・・・・ええでぇ♪

Amazonニッポンの映画監督



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