『韓国人が見た日本』

<『韓国人が見た日本』>
父の蔵書棚から『韓国人が見た日本』という本を見つけたのです。
1984年刊ということでかなりの古本であるが、朝鮮日報社編というのが・・・
興味を惹くわけでおます。

日韓で隣国に対する国民感情は、今が戦後で最悪のようだが、当時はどうだったか?ということで読んでみよう。

【韓国人が見た日本】
韓国から見た

朝鮮日報社編、サイマル出版会、1984年刊

<「BOOK」データベース>より
古書につき、データなし

<読む前の大使寸評>
1984年刊ということでかなりの古本であるが、朝鮮日報社編というのが・・・
興味を惹くわけでおます。

朝鮮日報といえば右翼的言論で日本のサンケイ新聞に匹敵するのだが、韓国での売れ筋トップというところが恐れ多いのかも。

rakuten韓国人が見た日本


巻頭に、1984年時点の朝鮮日報編集局長・崔さんのことばが載っています。
p2~3
<はじめに>
 日本に国を奪われたのち、日本の教育を受け、日本式の思考を経験した世代は、日本について多くのことを知っているかに見えた。それにもかかわらず、日本に対する知識は普遍化されえなかった。日本を知っているということが親日の烙印を押されると言う民族のわだかまりは、時代的に不可避であった。また日本を知っているといっても、それは植民意識の延長線上で、韓国人としての視角を見失ったものでもありえた。

 あれこれの理由から、韓国人にとっての日本は「豊かな国」として憧憬の対象にもなり、あるいは「掠奪者」としての呪詛のシンボルにもなるというように、きわめて整理されない「葛藤の国」に終始してきた。昨日の日本と今日の日本を、そしてそれをつなぐ日本の意識の脈を提示し、説明する書籍一冊すら出版されることがなかった。

 このような状況は、植民統治を受けるという国恥を実感できない、いわゆる「ハングル世代」の膨張とともに、深刻な様相に発展しはじめた。日本を皮相的に観察するしかなかったこの世代は、それぞれの尺度で日本を測った。日本を民主主義が理想的に発展した国してのみ認識する政治的偏重もあったし、経済大国としてのみ把握する経済一辺倒の見解が生まれたかと思えば思えば、あるいは、日本という国はまあまあの国でしかないのに、韓国はなぜ過去の束縛から脱皮できず、被害意識にのみとらわれているのかというような評価も、間断なく生まれた。

 朝鮮日報が、83年に「克日の道」シリーズをはじめたとき、克日という表現について多くの論議があったという事実一つからだけでも、今日の韓国社会に内在する日本に対する意識の幅がいかに広いかを知ることができる。

 ある人は、「日本が何であるからといって、日本を克服することを民族意識定立の一命題にしなければならないのか」と抗議したし、また他の見解は、克日という表現自体が日本への劣等意識を表すものだと主張した。日本を知ろうとすること自体を白眼視し、それを拒否する考え方もなくはなかった。一言でいって、日本は韓国人の意識を今も正面切って悩ませつづける怪物でもあった。

 このような状況は、朝鮮日報をして、日本はわれわれにとってどのような国であり、どのような意味をもつ国であるかを探り当てる必要性を、いっそう切実に感じさせるものであった。


この本の視点は歴史・政治・経済・生活・伝統など多岐にわたるが、一例として美意識に関する記事を見てみましょう。
p246~248
<柳宗悦批判:金両基>
 1919年の3・1独立運動に対する日本政府の弾圧に、即時、筆をもって強く抗議した柳宗悦は、韓国の民衆工芸をとおして民芸論という民衆芸術論を確立し、韓民族を非常に愛した日本人であった。韓国美の特徴を「白と線」だと説いた、そのひとである。

 宗悦は、「挑戦の美はすべて悲哀の美だ」という美論を展開し、その美論が50余年間、定説のごとく通用してきた。1983年、宗悦のその美論を批判する論が、韓国でも話題を集めている。時期遅れの感はあるが、歓迎したい。

 じつは70年代のはじめ、私は日本で柳宗悦の韓国美論について批判を展開し、朝日新聞の紙上で数年間論争を続けた。それを、世間では白の論争とよんでいる。

 宗悦の悲哀の美論を、わたしは過去の日本の植民地歴史観に汚染された美学であり、宗悦の誤認であると批判した。白の論争をとおして、韓国の美を悲哀の美だと説いた宗悦の定説は、日本からその姿を消していった。少なくとも、マスコミでは使われなくなった。それとは反対に、私が主張した韓民族の楽天性と飛翔が注視されている。

 ところで、白の論争での私の主張と相通じる芸術論が、十余年後の今年、韓国内でも話題にのぼっているが、遅きに過ぎると指摘せざるをえない。

 民族芸術論を確立する作業は、たいへん急を要するということは、二言を待たない。ところが、その作業は宗悦の悲哀を美論を黙殺したり無視しては、不可能なことである。その点から、時期が遅きに過ぎたと指摘しておきたいのだ。

 天才的な美学者であった宗悦が、工芸と同じ程度に、韓国の民衆のなかに深く入っていったならば、そうした誤認は絶対に起こらなかったにちがいない。宗悦の鋭い目も、結局は、わが民族芸術を表層的に観察したにすぎない、ということになる。それは、外国文化を鑑賞したり観察するときなど、必ず起こってくる問題である。韓国人もしばしば、日本文化を表層的に観察して、それをあたかも真理のごとく誤認することが少なくない。おたがいにその点を深刻に反省しなければならない。

 韓国と日本の文化には、似たところが世界のどの国よりも多いだろう。しかし、類似性が濃いからといって、それが必ずしも共通点になるとは限らない。同じ素材でつくっても、異色なものに仕上がるのが、民族的な特徴といえるのではなかろうか。

 日本のお新香も韓国のキムチも、同じく白菜を素材にした漬け物である。同じ素材の白菜を用いた漬け物なのに、漬けあがったキムチとお新香は、あまりにも対照的だ。こうした例は、たんにキムチとお新香にかぎらず、文化、芸術、政治、経済でもしばしば見受ける。

 文化や芸術などで誤認や錯覚が生じても、時間的な余裕があり、生命や民族の存在に直結するようなことは非常に稀である。が、政治や経済の面では、瞬間的にたいへん大きな問題に発展する憂いがある。

 韓日間に不協和音が生じるたびに、両国のリーダーたちがもう少し、おたがいに相手国の民族心理や思考方式を理解していたならば、もう少し睦まじい交流が生まれるであろうに、という想いにかられる。

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