『職業としての小説家』2

<『職業としての小説家』2>
大学図書館で『職業としての小説家』をみっけ♪、市図書館の予約を解消し、借出したのであるが・・・
大学図書館は穴場やで♪


【職業としての小説家】
村上

村上春樹著、スイッチ・パブリッシング 、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
「MONKEY」大好評連載の“村上春樹私的講演録”に、大幅な書き下ろし150枚を加え、読書界待望の渾身の一冊、ついに発刊!
【目次】
第一回 小説家は寛容な人種なのか/第二回 小説家になった頃/第三回 文学賞について/第四回 オリジナリティーについて/第五回 さて、何を書けばいいのか?/第六回 時間を味方につけるー長編小説を書くこと/第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み/第八回 学校について/第九回 どんな人物を登場させようか?/第十回 誰のために書くのか?/第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア/第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出

<読む前の大使寸評>
大学図書館でみっけ、市図書館の予約を解消し、借出したのであるが・・・
大学図書館は穴場やで♪

<図書館予約:(10/27予約、11/27大学図書館でみっけ、借出し)>

rakuten職業としての小説家

この本は読みどころ満載なんで、さらに(その2)として読み進めています。

どこから読んでも面白いし充実しているのだが・・・
小説家の世界を概観するということで、冒頭のあたりを見てみましょう。
p9~12
<小説家は寛容な人種なのか>
 小説について語ります、というと最初から話の間口が広くなりすぎてしまいそうなので、まず小説家というものについて語ります。その方が具体的だし、目にも見えるし、比較的話が進めやすいのではないかと思います。

 僕が見るところをごく率直に言わせていただきますと、小説家の多くは―もちろんすべてではありませんが―円満な人格と公正な視野を持ち合わせているとは言いがたい人々です。また見たところ、あまり大きな声では言えませんが、称賛の対象にはなりにくい特殊な性向や、奇妙な生活習慣や行動様式を有している人々も、少なからずおられるようです。

 そして僕も含めてたいていの作家は(だいたい92パーセントくらいじゃないかと僕は踏んでいるのですが)、それを実際に口に出すか出さないかは別にして、「自分がやっていること、書いているものがいちばん正しい。特別な例外は別にして、他の作家は多かれ少なかれみんな間違っている」と考え、そのような考えに従って日々の生活を送っています。こうした人々を友人や隣人として持ちたいと望む人は、ごく控えめに表現して、それほど数多くないのではないでしょうか。

 作家同士が篤い友情を結ぶという話をときどき耳にしますが、僕はそういう話を聞くと、だいたい眉に唾をつけます。そういうこともあるいはあるのかもしれないけど、本当に親密な関係はそんなに長くは続かないんじゃないかと。

 作家というのは基本的にエゴイスティックな人間だし、やはりプライドやライバル意識の強い人が多い。作家同士を隣り合わせると、うまくいく場合より、うまくいかない場合の方がずっと多いです。僕自身、何度かそういう経験をしています。

 有名な例ですが、1922年にパリのあるディナー・パーティーで、マルセル・プルーストとジェームズ・ジョイスが同席したことがあります。でも二人はすぐ近くにいたにもかかわらず、最後までほとんどひとことも口をきかなかった。まわりの人々は、20世紀を代表する二人の大作家がどんな話をするんだろうと、固唾を呑んで見守っていたのですが、きれいに空振りに終わってしまいました。お互い自負心のようなものが強かったのでしょうね。よくある話です。

 しかしそれにもかかわらず、職業領域における排他性ということに関していえば―簡単に言えば「縄張り」意識についていえばということですが―小説家くらい広い心を持ち、寛容さを発揮する人種はほかにちょっといないのではないかという気がします。そしてそれは小説家が共通して持っている、どちらかといえば数少ない美点のひとつではあるまいかと、僕は常々考えています。

 もう少しわかりやすく具体的に説明しましょう。
 仮にある小説家が歌がうまくて、歌手としてデビューしたとします。あるいは絵心があって、画家として作品を発表し始めたとします。その作家はまず間違いなく、行く先々で少なからぬ抵抗を受け、また揶揄嘲笑の類を浴びせられることになるでしょう。「調子にのって場違いなことをして」とか「素人芸で、それだけの技術も才能もないのに」みたいなことをきっと世間で言われるでしょうし、専門の歌手や画家からは冷たくあしらわれることになりそうです。ひょっとしたら意地悪くらいされるかもしれません。少なくとも先々で「やあやあ、よく来たね」みたいな温かい歓迎を受けることはほとんどないはずです。もしあったとしてもそれはきわめて限定された場所における、きわめて限定されたかたちのものになることでしょう。

 僕は自分の小説を書く傍ら、これまで30年ばかり積極的に英米文学の翻訳をしてきましたが、最初の頃は(あるいは今でもまだそうなのかもしれませんが)けっこう風当たりがきつかったみたいです。「翻訳というのは素人が手を出すような簡単なものじゃない」とか「作家の翻訳なんてはた迷惑な道楽だ」みたいなことをあちこちで言われたみたいです。

 また『アンダーグラウンド』という本を書いたときは、ノンフィクションを専門とする作家たちからおおむね厳しい批判をうけました。「ノンフィクションのルールを知らない」とか「安っぽいお涙頂戴だ」とか「お手軽な旦那芸だ」等々さまざまな批判を受けました。僕はいわゆるジャンル的「ノンフィクション」ではなく、あくまで自分なりに考える文字通りの「非フィクション」というか、要するに「フィクションではない」を書いたつもりだったのですが、結果的にどうやら「ノンフィクション」という「聖域」の番をしている虎たちの尻尾を踏んづけてしまったようでした。そんなものが存在するなんて考えたこともなかったので、最初のうちはずいぶん面食らったものですが。

 かくのごとく、なにごとによらず専門外のことに手を出すと、その分野を専門とする人々からはまず良い顔をされません。白血球が体内の異物を排除しようとするかのように、そのアクセスをはねつけようとします。それでもめげずにしつこくやっていれば、そのうちにだんだん「まあしょうがないな」という感じで黙認され、同席を許されてはくるみみたいですが、少なくとも最初のうちはずいぶん風当たりがきつい。

 「その分野」が狭ければ狭いほど、専門的であればあるほど、そして権威的であればあるほど、人々のプライドや排他性も強く、そこで受ける抵抗も大きくなるようです。


…なんか自慢話のようでもあり、丁寧で実直な報告のようでもあるが…
村上さんが何でもできてしまうのが良くなかったようですね(笑)

『職業としての小説家』1

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

藍色
2015年12月07日 11:55
こんにちは。同じ本の感想記事を
トラックバックさせていただきました。
この記事にトラックバックいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。

この記事へのトラックバック

  • 「職業としての小説家」村上春樹

    Excerpt: いま、世界が渇望する稀有な作家── 村上春樹が考える、すべてのテーマが、ここにある。 自伝的なエピソードも豊かに、待望の長編エッセイが、遂に発刊! 目次 第一回 小説家は寛容.. Weblog: 粋な提案 racked: 2015-12-07 11:36