『職業としての小説家』

<職業としての小説家>
大学図書館で『職業としての小説家』をみっけ♪、市図書館の予約を解消し、借出したのであるが・・・
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【職業としての小説家】
村上

村上春樹著、スイッチ・パブリッシング 、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
「MONKEY」大好評連載の“村上春樹私的講演録”に、大幅な書き下ろし150枚を加え、読書界待望の渾身の一冊、ついに発刊!
【目次】
第一回 小説家は寛容な人種なのか/第二回 小説家になった頃/第三回 文学賞について/第四回 オリジナリティーについて/第五回 さて、何を書けばいいのか?/第六回 時間を味方につけるー長編小説を書くこと/第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み/第八回 学校について/第九回 どんな人物を登場させようか?/第十回 誰のために書くのか?/第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア/第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出

<読む前の大使寸評>
大学図書館でみっけ、市図書館の予約を解消し、借出したのであるが・・・
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<図書館予約:(10/27予約、11/27大学図書館でみっけ、借出し)>

rakuten職業としての小説家


村上さんの文体の秘密や『風の歌を聴け』の誕生エピソードが、あっけらかんと語られています。
p45~49
<小説家になった頃>
 とはいえ「感じたこと、頭に浮かんだことを好きに自由に書く」というのは、口で言うほど簡単なことではありません。とくにこれまで小説を書いた経験のない人間にとっては、まさに至難の業です。発想を根本から転換するために、僕は原稿用紙と万年筆をとりあえず放棄することにしました。万年筆と原稿用紙が目の前にあると、どうしても姿勢が「文学的」になってしまいます。

 そのかわりに押し入れにしまっていたオリベッティの英文タイプライターを持ち出しました。それで小説の出だしを、試しに英語で書いてみることにしたのです。とにかく何でもいいから「普通じゃないこと」をやってみようと。

 もちろん僕の英語の作文能力なんて、たかがしれたものです。限られた数の単語を使って、限られた数の構文で文章を書くしかありません。センテンスも当然短いものになります。頭の中にどれほど複雑な思いをたっぷり抱いていても、そのままの形ではとても表現できません。内容をできるだけシンプルな言葉で言い換え、意図をわかりやすくパラフレーズし、描写から余分な贅肉を削ぎ落とし、全体をコンパクトな形態にして、制限のある容れ物に入れる段取りをつけていくしかありません。ずいぶん無骨な文章になってしまいます。でもそうやって苦労しながら文章を書き進めているうちに、だんだんそこに僕なりの文章のリズムみたいなものが生まれてきました。

 僕は小さいときからずっと、日本生まれの日本人として日本語を使って生きてきたので、僕というシステムの中には日本語のいろんな言葉やいろんな表現が、コンテンツとしてぎっしり詰まっています。だから自分の中にある感情なり情景なりを文章化しようとすると、そういうコンテンツが忙しく行き来をして、システムの中でクラッシュを起こしてしまうことがあります。

 ところが外国語で文章を書こうとすると、言葉や表現が限られるぶん、そういうことがありません。そして僕がそのときに発見したのは、たとえ言葉や表現の数が限られていても、それを効果的に組み合わせることができれば、そのコンビネーションの持って行き方によって、感情表現・意思表現はけっこううまくできるものなのだということでした。要するに「何もむずかしい言葉を並べなくてもいいんだ」「人を感心させるような表現をしなくてもいいんだ」ということです。

 ずっとあとになってからですが、アゴタ・クリストフという作家が、同じような効果を持つ文体を用いて、いくつかの優れた小説を書いていることを、僕は発見しました。彼女はハンガリー人ですが、1956年のハンガリー動乱のときにスイスに亡命し、そこで半ばやむなくフランス語で小説を書き始めました。

 ハンガリー語で小説を書いていては、とても生活ができなかったからです。フランス語は彼女にとっては後天的に学んだ外国語です。しかし彼女は外国語を創作に用いることによって、彼女自身の新しい文体を生み出すことに成功しました。

 短い文章を組み合わせるリズムの良さ、まわりくどくない率直な言葉づかい、思い入れのない的確な描写。それでいて、何かとても大事なことが書かれることなく、あえて奥に隠されているような謎めいた雰囲気。僕はあとになって彼女の小説を始めて読んだとき、そこに何かしら懐かしいものを感じたことを、よく覚えています。もちろん作品の傾向はずいぶん違いますが。

 とにかくそういう外国語で書く効果の面白さを「発見」し、自分なりに文章を書くリズムを身につけると、僕は英文タイプライターをまた押入れに戻し、もう一度原稿用紙と万年筆を引っ張り出しました。そして机に向かって、英語で書き上げた一章ぶんくらいの文章を、日本語に「翻訳」していきました。

 翻訳といっても、がちがちの直訳ではなく、どちらかといえば自由な「移植」に近いものです。するとそこには必然的に、新しい日本語の文体が浮かび上がってきます。それは僕自身の独自の文体でもあります。僕が自分の手で見つけた文体です。そのときに「なるほどね、こういう風に日本語を書けばいいんだ」と思いました。まさに目から鱗が落ちる、ということです。

 ときどき「おまえの翻訳調だ」と言われることがあります。翻訳調というのが正確にどういうことなのか、もうひとつよくわからないのですが、それはある意味ではあたっているし、ある意味でははっずれていると思います。最初の一章分を現実に日本語に「翻訳した」という字義通りの意味においては、その指摘に一理あるような気もしますが、それはあくまで実践的なプロセスの問題に過ぎません。

 僕がそこで目指したのはむしろ、余分な修飾を排した「ニュートラルな」、動きの良い文体を得ることでした。僕が求めたのは「日本語制を薄めた日本語」の文章を書くことではなく、いわゆる「小説言語」「純文学体制」みたいなものからできるだけ遠ざかったところにある日本語を用いて、自分自身のナチュラルなヴォイスでもって小説を「語る」ことだったのです。そのためには捨て身になる必要がありました。極言すればそのときの僕にとって、日本語とはただの機能的なツールに過ぎなかったということになるかもしれません。

 それを日本語に対する侮辱ととる人も、中にはいるかもしれません。実際にそういう批判を受けたこともあります。しかし言語というものはもともとタフなものです。長い歴史に裏付けられた強靭な力を有しています。誰にどんな風に荒っぽく扱われようと、その自立性が損なわれるようなことはまずありません。

 言語の持つ可能性を思いつく限りの方法で試してみることは、その有効性の幅をあたう限り押し広げていくことは、すべての作家に与えられた固有の権利なのです。そういう冒険心がなければ、新しいものは何も生まれません。僕にとっての日本語は今でも、ある意味ではツールであり続けています。そしてそのツール性を深く追求していくことは、いくぶん大げさにいえば、日本語の再生に繋がっていくはずだと信じています。

 とにかく僕はそうやって新しく獲得した文体を使って、既に書き上げていた「あまり面白くない」小説を、頭から尻尾までそっくり書き直しました。小説の筋そのものはだいたい同じです。でも表現方法はまったく違います。読んだ印象もぜんぜん違います。それが今ある『風の歌を聴け』という作品です。


この記事も村上春樹アンソロジーに収めておきます。

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