『日本語えとせとら』

<日本語えとせとら>
図書館で『日本語えとせとら』という本を手にしたのです。
日本語に関する言語学的エッセイか・・・・大使のツボでんがな♪

第2部が和洋書籍の書評集になっているが、これも、良さそう。


【日本語えとせとら】
阿刀田

阿刀田高著、時事通信出版局 、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
阿刀田高が綴る、日本語にまつわるエッセー。日本語への深い愛着が感じられる一冊。

<読む前の大使寸評>
日本語に関する言語学的エッセイか・・・・大使のツボでんがな♪
第2部が和洋書籍の書評集になっているが、これも、良さそう。
rakuten日本語えとせとら


第2部の冒頭に、書評を書くうえの心得が述べられています。
ウン 参考になるでぇ♪

<読書の旅路>よりp170~173
 当初、小説がとても書けないと考えたのは・・・・私は小説にはなにか世人を強く啓蒙するようなりっぱなモチーフが必要と考えていたからだろう。たとえば漱石の『こゝろ』のように。ローランの『ジャン・クリストフ』のように。
―そんなもの、俺が持っているはずがない―

 だから、とても書けなかった。モチーフとは作品を通して語るべき思案のことだ。「この小説、なにが言いたいのだ」という問いかけにおける“なにが”のことだ。私はとてもレベルの高いものを考えていたのである。

 勧められて、推理小説なら、と考えたのは、これは必ずしも壮大なモチーフを必要としないジャンルであり、謎解きがあれば読者に満足してもらえるだろう。

 さらにダールにめぐりあって、
 ―そうか、こんな軽い味わいで、読者に楽しんでもらうジャンルがあるんだ―

 欧米の短篇小説には、よくある傾向ではないか。目から鱗の落ちる思いを味わったのは本当だった。

 具体的に力となってくれたのは若いときからのたくさんの読書だったろう。モチーフは壮大でなくともいいが、なにかしら人間を、人生を感じさせてくれるものでありたい。と長い旅路のすえにこれを会得したこともわるくなかった。が同時に小説はおもしろくなくてはいけない、と、これも長い読書生活が教えてくれたことだ。

 30代のなかばを過ぎるまで小説家を志したことのない者が、急に書けるようになったのは・・・よくわからないところもあるのだが、やっぱり読書の賜物、書く経験が乏しくとも、読んでいれば書ける、と、これが私の経験則である。

 小説家を生業とするようになってからは、読書は、これはもう仕事の一部である。多読、精読、つんどく・・・いわゆる“積んでおく”だけの、読まないままの本だって、私は読書の一つだと考えている。
 ―このごろ、こんな本が出てるのか。あの人がこんな本を書いたのか。いいタイトルだな―

 これだけでもなにかのたしになる。
 話を戻して、読書をたくさんできるようになったのは、本懐と言えば本懐、しかし趣味であったものが
仕事の一部となってしまうと、これはこれでつらい。いつの日か仕事から解放され、ただ楽しいだけの読書に帰りたいと願っている。

 ときどき乞われて書評のたぐいを綴ることもある。これも楽しい仕事だが、読む前に「はい、書きます」と返事をしてしまい、読んでみると、
 ―ひどいな。どこを褒めようか―

 この苦慮はつらい。
 原則として書評では長所を語ることに努めている。そして批評より内容紹介、書評を読む人をして、
 ―ああ、こういう本か―

 書評だけで、あらましがわかるものとなるよう心がけている。
 近いところで2008年の4月から2010年の3月まで朝日新聞の紙上で書評委員を務めた。以下にこの期間の私の書評をすべて連ねて近刊32冊の長所とあらましを知っていただこうと願う次第である。


著者の書評をひとつ。

<菊池寛急逝の夜:菊池夏樹>よりp221~222
 海のように茫漠として大きい菊池寛について本書は直系の孫が綴った記録である。
 肉親を一冊の書として記すのは思いのほかむつかしい。どういう距離感を取るか、感情と客観性のバランスが取りにくいのだろう。

 著者は菊池寛の孫であり、膝に抱かれたことはあったが、直接の印象を持つ前に他界されてしまった。さいわい謦咳に接した親族が残っている。(平成20年の時点で)文豪の長女90歳、長男84歳、次女83歳、そのほかの関係者もみな高齢だ。
 このあたりで身近な人だけが知っているエピソードを記しておこう、と筆を執りその目的は十分に達せられた、と評してよいだろう。

 菊池寛は作家としての業績とはべつに文芸春秋(株)を創設して多くの文学者を支援したことなど文化事業の推進者としての多彩な功績があって、この二つについては多くの記述が残されているけれど、人柄についてはやはり親族の視点で記されたものが望ましい。第一級の見聞が綴られて読みごたえがある。

 妻に浮気がばれ、誤まりながらも「60歳になったら、マジメになります」と宣言して59歳で没したとか、女性の能力や立場をきちんと認めながら妻妾同居のときがあったりする。そもそも逝去の事情そのものが、あきれた妻に家出をされ、それを呼び戻すため不調の身でありながら快気祝いを自宅でするからと体裁を整え、その最中に急死したのだった。

 この妻もなかなかユニークな人柄で、それを通して文豪の日常の、見えない部分が見えてきたりする。もちろんもっと真摯なエピソードもたくさん盛り込まれ、簡単には捕らえられにくい文学者でもあったのだろう。

 著者が一つの総括として「菊池寛と北野武、このふたりとも時代が求めた大プロデューサーなのである」としているのは、おもしろい視点だが、菊池寛のほうが志が深いのではないか。身内の遠慮かもしれない。


菊池寛と北野武・・・志が月とスッポンでんがな。

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