個人的言語学6   ③

<個人的言語学6>  
異邦、異邦人に対する興味、あこがれがこうじてくると、その言語に目が向けられる・・・・・
ということで、方言とか言語とかについて集めてみます。
最近は仕事の関係もあり韓国語にはまって、おります。

・既に漢字文化圏
・「日本隠し」を続ける意地はすごいけど
・『海角七号』で日本語で歌われた「野ばら」
・漢字文化圏あれこれ

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個人的言語学5>目次
・英語や中国語より人生に役立つ言語を学ぼう
・翻訳とは憑依することである
・今日から始まる「100分de名著・徒然草」
・「実戦・世界言語紀行」2
・「日本語を書く部屋」
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個人的言語学4>目次
・「実戦・世界言語紀行」1
・泉州弁と河内弁の違い
・文字を得るということ(工事中)
・「すごっ」 ツッコミ語
・つれづれなるままに「徒然草」
・英語が嫌いな人にお奨めの本です

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個人的言語学3>目次
・「心臓に毛が生えている理由」
・漢字廃止で韓国に何が起きたか
・アジアの共通言語
・北方朝鮮族の女に
・孔子批判
・よくわからないけど

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個人的言語学2>目次
・関西弁の通訳
・英語公用化と絶滅危惧言語
・漢字物語
・リンガ・フランカ教育
・関西弁へのこだわり
・助詞(テニヲハ)がリエゾンする
・初等学校漢字教育反対汎国民委員会
・漢字文化圏の再興
・「日本辺境論」を読んだところですが
・exite翻訳のお手並み
・横尾さんのもの忘れ
・こんなの 序の口です
・カペでコピ(個人的ハングル講座 その3)工事中
・良質なハングル入門書
・英語が出来て当たり前か?
・現存する唯一の表意文字
・日本語を愛する者の心の叫び

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個人的言語学1>目次
・ぼっけえ きょうてえ
・「ちりとてちん」が ええな~
・ガラオケ・・・なんじゃそれ?
・韓国人の英語力
・呉音が好き
・ドングリ国の公用語
・野ばら
・カペでコピ(個人的ハングル講座 その2)
・カペでコピ(個人的ハングル講座 その1)
・泥縄式英会話術
・韓国のおさらい
・Yanさんの方言変換Proxyサーバ
・3都の関西弁 
・『河内弁基礎講座』文法編
・全国方言コンバータ 
・コンバータあれこれ
・スウェーデン語とノルウェー語 
・ラジオ日本
 
・アイヌ語ラジオ講座 
・excite翻訳のお手並み
・日本語あれこれ
・英語になった日本語のリスト
・バスク語 
・イディシ語 なに?  
・ムバンドウ語 なに? 
・アイルランド語とブルトン語 
・カタラン語

ウイルス辞典
韓国初、日本人演歌歌手デビュー、堂本貴子さん!
反「英語は世界の共通語」
デジタルネイティブ
分らない日本語 -近代個人主義の終焉試論 -
韓日ウェブ翻訳
翻訳についての二つの対話
比較言語学とは何か?
トンパ壁紙集
日本語ハラゴナシ
日本語教育通信
ことば紀行 バックナンバー


<既に漢字文化圏>
本屋に出向くと、文芸春秋、SAPIO、週間現代の特集のタイトルは、もはや開戦前夜であり・・・
メディアの警鐘だとしても、売り上げUPに協力する我が身をちょっと反省しないでもない昨今ですね。

領土に目を向けると、日中韓による共同体など永遠に実現できないとするのが、先人の教えであるが・・・・
日中韓それ自体が既に漢字文化圏であることは、歴史的事実であるわけです。

で、蔵書録などから以下に「漢字文化圏」に関する本を集めてみました。

・漢字のベクトル(1993年)
・ハングルへの旅(1989年)
・漢字で覚える韓国語(2006年)
・韓国が漢字を復活できない理由(2012年)


漢字文化圏を主張することが、危機を脱するために有効とも思えないが・・・・
図書館で「漢字のベクトル」を手にした時、漠然とした希望を感じたのかもしれない。


【漢字のベクトル】
(古書につき画像なし)
阿辻哲次著、筑摩書房、1993年刊

<「BOOK」データベースより>
構成要素の〈方向〉と〈位置〉―ベクトル―に着目した画期的な漢字論。

<大使寸評>
「漢字文化圏の歴史」という第三章のタイトルそのものに、惹かれたわけです。

Amazon漢字のベクトル


この本の「漢字文化圏」あたりを紹介します。
漢族嫌いの大使としても、漢字を媒介とした中華3千年の歴史は、厳然とした事実として認めるわけですね。(笑)

<国際文字としての漢字>p151~153
 そもそも「漢字」とは、もともと中国の主要な民族である漢民族の言語である「漢語」を表記するための文字であった。しかしその文字体系は、単に漢語が話される中国国内で使用されるだけの文字ではなく、儒教文化の伝播とともに東アジア地域一帯に広く普及し、古代における国際共通文字としての役割をも兼ね備えていくこととなった。こうしてこの地域には、漢字と古代中国の規範的文体を通じて交流できる集団が形成された。これがすなわち「漢字文化圏」である。

 この文化共同体は、いうまでもなく漢字の本家である中国を中心として、中国の周辺にあり、中国と外交や貿易の関係をもっていた国々で攻勢されており、具体的には、東は朝鮮半島に建てられたいくつかの王朝と海を隔てた日本、西ではシルクロードと呼ばれる東西交通の大幹線上に位置した国、それに南にあったベトナムなどがその中に含まれていた。なお中国の北に位置していた国々や、中国の西にあって高度な文化を栄えさせたことで知られるチベットなどがこれに含まれていないのは、それらの国々でも中国文化を受容して漢字を使用したことがあり、漢字を自由自在に使いこなす人々もたくさんいたものの、しかし最終的には漢字の使用を拒否し、自分たち独自の民族文字を作り出して、それによって言語表記や書物の出版などの文化的営為を行ってきたからである。

 この漢字文化圏という集団は、中世以後のヨーロッパでの中心的存在であったローマ教皇を中心とする宗教社会がラテン語という古典言語によって緊密に結びついているのと、外面的にはよく似たものと見えるところがある。しかしその歴史的な時間の長さと地域的な広がりについて見れば、漢字を絆とする文化的集団はキリスト教世界におけるラテン語文化圏よりもはるかに長く存在し、その規模もはるかに大きな広がりを持つものであった。また現代のヨーロッパではラテン語を日常的に使う人はすでにおらず、ごく限られた特定の宗教社会や、あるいは研究者による言語と古典を研究する場においてしか使われないのに対して、東アジア地域においては、漢字を日常的に使用し、それで文章を書く人が今も大量に存在するのも、両者のちがいのひとつである。

<漢字文化圏の時期>p153~154
 この文化共同体が明確に存在し、強い結束力をもっていた時間はいったいいつからいつまでなのだろうか。
 これは実はかなり難しい問題なのだが、古代中国で著わされた歴史書に見える日本や朝鮮半島関係の記事によれば、中国が国家の統治システムを確立して内政を安定させたあと、周辺の国家と外交関係を樹立しはじめるようになるのはだいたい前漢(前206~後8)の時代であり、漢字文化圏もそのころに萌芽といえるものが形成されたようだ。またその文化圏共同体が強大な勢力を失いはじめ、衰弱に向かいだしたのは、東洋社会における唯一にして絶対的な価値観として君臨しつづけていた儒教文化の権威がしだいに揺るぎだしたのとほぼ軌を一にしており、産業革命を経験したヨーロッパの、近代的思考と革新的で優秀な科学技術を伴った新しい文明が東洋社会に流入しはじめた時代、具体的にいえば、中国がアヘン戦争の敗北(1842年)を契機として欧州列強によって半植民地化されるとともに周辺諸国に対する影響力を失い、また日本が明治維新(1868年)を経験して、欧米をモデルとして急速に新たな国づくりを始めるようになったころからと考えていいだろう。こうして西洋から入ってきた新しい価値観が東洋に浸透し、それが主流になるまでは、漢字を媒介とした文化共同体が、東アジア地域には厳然として存在しつづけたのである。 


韓国をこよなく愛した茨木のり子さんの説く「漢字」です。

【ハングルへの旅】
ハングルへの旅
茨木のり子著、朝日新聞社、1989年刊

<「BOOK」データベースより>
『朝鮮民謡選』をくり返し読んだ少女時代。心奪われる仏像がすべて朝鮮系であることに気づいたのは、30歳過ぎた頃。そして、あたかも、見えない糸にたぐり寄せられるかのようにして50代から著者が学び始めたハングルは、期待通りの魅力あふれる言葉だった。韓国への旅の思い出を織りまぜながら、隣国語のおもしろさを詩人の繊細さで多角的に紹介する。

<大使寸評>
多言語習得の思いをこれほど魅力的に鮮やかに書き記した本を、他に知らないのだ♪
やはり、詩人の書いた本というしかないのかも。

Amazonハングルへの旅

この本から、ずばり「漢字」の章を紹介します。

<漢字>p70~72
 以前、野上弥生子さんが疑問を提出されていたことがあった。
「日本の漢字読みは独特で、中国音とは似て非なるものになっているけれど、いつ頃、どうして、こういうものとして定着したのか、誰に聞いてもこの疑問は解消されない」という意味のことを。
 私も気持ちがくさくさする時、現代詩の混濁に押し流されそうになる時、不意に「」を読みたくなり本棚から抜きとっていたりする。余分なものを削ぎ落とした漢詩の明晰さと余韻とに、心が洗いそそがれる思い。
 しかし、意味はともかく、音のとりかたは勝手な日本流であってみれば、調べとしての詩の半分かたは取り落としていることになるのだろう。杜甫の詩を中国音で朗読したのを聞いたことがあるが、カラっとしていて詩吟の悲壮感や音とはまるで違うものだった。
 野上さんの疑問はもっともに思われる。
 まあ翻訳と思えばいいわけだが、漢字が日本語の母胎をなしているのでなんだか変に落ちつかなくなるというわけである。
 古代、漢字を輸入し、借用し、自国語を創りあげていったということでは日本語も朝鮮語も同じであった。
 漢字だけの構成では表現しきれないものがあって万葉がなが創られたのだろうが、これは日本人の発明、新機軸とばかり思っていたけど、そうでもないらしいのだ。

 新羅時代の民衆の詩歌集、「郷歌」に吏読というものがあって、漢字を使って民族語を表記する方法が考え出され、7世紀頃には既に確立していたという。万葉がなと対応する方法である。吏読の発明の方が先なのだと韓国の人たちは言う。
『万葉集』が5世紀前半~8世紀末までにわたるアンソロジイだとしても、編纂されたのはその後だろうし、当時の文化度の差から言えば吏読からヒントを頂いたということは十分ありうる。
 そしてまた、同じく漢字をとり入れながら、隣国と日本の漢字読みの違いにも呆然となる。
 希望(ヒマン)、歓喜(ファーンヒ)、後悔(フーフェ)、少年(ソーニョン)、壮年(チャーンニョン)、老婆(ノーバ)

 これらは一例にすぎず、同一漢字と思えない読みが山なしているのだ。ごく稀に、
 要因(ヨウイン)、余裕(ヨユウ)、盗難(トウナン)、難民(ナンミン)、器具(キグ)、階段(ケエダン)
 など、同一音の漢字に出合うとほっとし、やはり姉妹語の面もあるのだと、息がつける。
私の友人に中国語に堪能で、辞書の編纂にも参加し、かつ、ハングルも物にしてしまった青年がいるが、こういう日本の若者を見ることは大きな喜びである。
 彼が北京に1年留学し、帰ってきた時、いろいろ話を聞いて楽しかった。彼によると、朝鮮半島の漢字読みは、中国の南北朝時代の音が多く入っているという説や、明末までのいろんな時代の音が入っているという説などさまざまであるらしい。
 日本は呉音を採ったとよく言われる。
 隣国は漢字を音で読み、日本は訓で読むとも言われる。


韓国語に興味を持った大使は、韓国語の速習に漢字が欠かせないと分かっているわけですが・・・・
いかんせん地道な訓練が嫌なので、いつまでたっても韓国語学習に踏み出せないのです。
せっかく買ったこの本が積読状態のままになっております(汗)

【漢字で覚える韓国語】
漢字で
市吉則浩著、河出書房新社、2006年刊

<「BOOK」データベースより>
“日本人だから”楽しみながら有効な漢字でひも解く韓国語学習書。頻出フレーズに当てはめて学習すれば単語とともに使用法も同時マスター!指差し会話にも対応の一冊。

<大使寸評>
この本を持っていることを忘れていたけど(積読未満)、見える所に置き換えよう。

Amazon漢字で覚える韓国語



最強のハイブリッド言語ともいえる「漢字かな交じり文」を韓国の偏狭なナショナリズムが頑なに排斥しているが・・・・
日本がもたらした負の記憶は罪深いようです。

【韓国が漢字を復活できない理由】
漢字
豊田有恒著、祥伝社、2012年刊

<「BOOK」データベースより>
韓国はもともと漢字の国だった。中国への従属関係から公文書はすべて漢文であり、世宗王が創製したハングルは蔑まれ、知識階級が使うことはなかった。日本統治時代、日本製の漢語が大量に流入する。韓国で使われた漢字熟語の七、八割は和製漢語なのである。なぜ、韓国は、漢字を廃止したのか。その後、復活論がわき起こるたびに潰されてきたのはなぜか。韓国研究で名高い著者が、その深い謎に迫る。

<大使寸評>
漢字かな交じり文の利点を知っていても、意地でも漢字を復活させない理由とは?
SF作家の豊田さんは、東アジア史にも造詣が深いことをこの本で知りました。

Amazon韓国が漢字を復活できない理由

日韓の決定的な違いは漢字の訓読みの有る無しだと思われるが、そのあたりの経緯が 漢字文化圏の成り立ちについてに見られます。

なお、中華主導の同文同軌に抗してやまない言語ナショナリズムの方は、漢字文化圏あれこれを参照ください。




<「日本隠し」を続ける意地はすごいけど>
たとえ不自由はあろうとも「日本隠し」を続ける意地はすごいけど・・・
隣国の民として「漢字・ハングル混じり文」だけは復活してほしいと思うのだ。

豊田さんのこの本を読んで、切にそう思ったのです。

【韓国が漢字を復活できない理由】
韓国
豊田有恒著、祥伝社、2012年刊

<「BOOK」データベースより>
韓国はもともと漢字の国だった。中国への従属関係から公文書はすべて漢文であり、世宗王が創製したハングルは蔑まれ、知識階級が使うことはなかった。日本統治時代、日本製の漢語が大量に流入する。韓国で使われた漢字熟語の七、八割は和製漢語なのである。なぜ、韓国は、漢字を廃止したのか。その後、復活論がわき起こるたびに潰されてきたのはなぜか。韓国研究で名高い著者が、その深い謎に迫る。

<大使寸評>
豊田有恒と言えばSF作家とばかり思っていたが、著者の著述分野の多彩さにまず驚いた次第です。
この本も書店で衝動買いした1冊でおま♪
(Amazon豊田有恒参照)

Amazon韓国が漢字を復活できない理由


内容の一部を紹介します。

<李承晩大統領が出した「ハングル専用法」>p50~52
 1945年8月15日、韓国で言う光復の日から、すでに67年、その間、韓国の漢字政策は、朝令暮改、試行錯誤の連続だった。
 戦前の日本教育世代の多くの方々は、漢字・ハングル混じり文の効用を知っているから、日本語の言い換えと並行して、国語を再編成するに当って、漢字語の重要性を説いたが、李承晩大統領は、ハングル優先政策を採った。日本統治を逃れて、アメリカに亡命していた李大統領は、アメリカ人の夫人を伴い帰国し、大韓民国初代の大統領に任命されると時を同じくして、正式な建国の1948年に早くも「ハングル専用法」を公布し、公文書のハングル表記を命じた。
「大韓民国の公文書はハングルで書くものとする。ただし、当分のあいだ必用な時には漢字を併用することができる。
 付則、この法律は公布の日から実施する」
 この「ハングル専用法」は、公文書のみを対象としたものだが、それでも漢字の併用を認めている。終戦後3年、韓国も大韓民国を称して独立したものの、いまだに言語そのものが、日本語の影響から逃れなかったのである。
 李大統領は、日本漁船を拿捕するなど、反日をむき出しにした。ハングル政策も、その反日の一環だったのだが、必要な場合は漢字を併記することも認めざるをえなかった。やはり漢字抜きでは無理があると、考えたからであろう。
 日本統治時代、植民地ではなく、併合していたのだから、国語といえば日本語だった。朝鮮総督府は、台湾でも同様だったが、日本語を国語とし、国語常用家庭を表彰するなど、日鮮一体化政策を遂行したが、必ずしも漢字・ハングル混じり文を、禁止したわけではなかった。慶応義塾に籍を置いたことのある筆者は、呼び捨てにしにくいので、あえて福沢諭吉先生と呼ばせてもらう。すでに併合以前、福沢諭吉先生は、王朝時代の漢文至上主義を批判し、みずからハングル活字を作らせ、漢字・ハングル併用を、推進しているほどである。こうした経緯については、のちほど詳しく説明する。
 ただ、第二次世界大戦後、このことが仇となり、漢字・ハングル併用は、日本帝国主義の残滓のように誤解され、排斥の対象とされるようになった。その一方で、ハングルは、民族のシンボルの域にまで祭り上げられることになった。



<朴正熙は、なぜ漢字追放に踏み切ったのか>p52~54
 ここで、ハングル派の言い分にも、耳を傾けてみよう。たしかに、ハングル派の努力によって、ハングルは、韓国社会に定着している。韓国は、日本と同様、識字率の高い国だが、日本時代の初等教育の普及と、ハングル教育に負うところが少なくない。ハングル派の言い分は、要約すれば、漢字論者への反論である。
「ハングルは、韓国語の表記に適している。また、文字の機械化にも適している。それにもかかわらず、せっかく定着しているハングルに、漢字表記を加えることは、歴史の歯車を元に戻すようなものである」と、言うのだ。
 これに対して、漢字混用論者は、こう主張する。まるで人体実験のように、韓国語の70%を占める漢字語を排斥した結果、相当数の教養欠落者を出した。教育効果を増進する漢字を、ただちに復活すべきである。
 その後も、折に触れて、日本時代の教養を有する知識人たちは、ハングル至上主義による知識、教養の低下を憂え、漢字復活を建議し続けた。中には、漢字復活を訴え、ハングル至上の国粋派の指弾を受けて、大学の職を追われた教授すらあった。
 韓国中興の祖とされる朴正熙大統領は、いわゆる第三共和国の一時期(1968~72年)、教育カリキュラムから、漢字を追放した。大邸師範学校を卒業した朴大統領自身は、必ずしもハングル至上主義ではなかったのだが、日本統治時代に奨励された漢字・ハングル混じり文が、いわゆる日帝のシンボルとして槍玉に挙げられたのである。
 朴大統領は、日本の軍歴を持ち、日本寄りと見做されることも少なくなかった。朴大統領は、国民の大反対を押し切って、日韓基本条約を締結した。国民のポピュリズムに迎合しない姿勢は、高く評価されるべきだが、その代償のように漢字がスケープゴートにされたわけである。




<『海角七号』で日本語で歌われた「野ばら」>
『海角七号』で印象的なのは、日本語で歌われた「野ばら」であるが・・・・

冒頭とラストで「野ばら」が日本語と中国語で歌われていて象徴的であるように・・・・日本が好意的に描かれた映画である。
確かにコミカルでほろりとしたところもあり見てて面白いが、これが台湾映画史上、歴代第一位のヒット作だって?
なぜ、この映画が台湾で受けるのか?ということの方が興味深いのです。


【海角七号/君想う、国境の南】
海角
ウェイ・ダーション監督、2008年台湾制作、H22年観賞

<goo映画解説>より
ミュージシャンの夢敗れ、台北から故郷の恒春に戻った青年アガは、郵便配達の仕事についたものの、無気力な日々を送っていた。そんな時、日本から中孝介を招いて行われる町おこしのライブに、前座バンドとして駆り出されることに。オーディションで集められたメンバーは寄せ集めで、練習もままならない状態。ひょんなことからマネージャーをする羽目になった日本人女性・友子とも、衝突してばかりだったが…。

<大使寸評>
台湾語と北京語の掛け合いの面白さは、日本人にとってはつんぼ桟敷でありわからないが、若しかしてそのあたりが台湾で受けた訳なのかもしれません。
監督は霧社事件の映画が作りたいのだが、スポンサーがつかないので、先ずこの長編第一作「海角7号」で実績を上げるつもりだったようです。
それが、歴代第一位のヒット作というがすごいですね。

goo映画海角七号/君想う、国境の南
海角七号 byドングリ


たまたま「中国・台湾・香港映画のなかの日本」という本を図書館で借りたのですが・・・
著者は日本語で歌われた歌に着目して中国・台湾映画を語っています。


【中国・台湾・香港映画のなかの日本】
台湾
林ひふみ著、 明治大学出版会、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
陳凱歌、張芸謀、侯孝賢、楊徳昌、王家衛…。中国、台湾、香港出身で、二〇世紀末の国際映画祭を席巻した監督たちは、いずれも戦後生まれながら、例外なく日中戦争のトラウマを作品に映し出していた。そして21世紀。中国の馮小剛、台湾の魏徳聖が生み出した記録的大ヒット作のクライマックスシーンで日本語の歌が流れ、観客の心を癒やした。日本と中国語圏の近現代史を映画によって読み直す。

<大使寸評>
この本では日本語で歌われた「野ばら」と「知床旅情」に着目して・・・・そこから日中の近現代史に触れながら中国、台湾、香港の映画を語るわけです。
大使が映画で読みとれなかった台湾の悲しみなんかが、この本でよくわかりました。(礼)
著者は香港特派員を経験した中国通とのことです。

Amazon中国・台湾・香港映画のなかの日本


この本の一部を紹介します。

<中国語映画に響く日本語の歌>p1~3
 2008年、中国と台湾で、それぞれ現地映画史上最大のヒット作となるフィルムが封切られた。特筆すべきは、そのどちらもが、日本に関わる内容をもち、映画の中で歌われる日本語の歌が、観客の深い感動を呼んだ事実である。
 
 台湾では魏徳聖監督の『海角七号-君想う、国境の南』。こちらは、台湾最南端の恒春半島を舞台とする音楽群像劇だ。1945年、敗戦とともに本土に引き揚げた日本人教師が、船の甲板で、恋人だった台湾人女生徒に宛てて書いた7通の手紙。当時投函されなかった手紙を入れた小包が、21世紀の台湾に届く。しかし宛先は植民地時代のもので、年老いた郵便配達員にも届けることができない。この宛先不明小包と、現地で日本人歌手のコンサートが開かれるにあたり急遽結成された前座バンドをめぐる物語だ。日本語で書かれた手紙が一通一通朗読されるため、これまで海外で製作された映画のうち、おっそらく最も多く日本語が聞かれる作品となった。そのクライマックス場面で、前座バンドの演奏が観客を熱狂させたあと、思いもかけず、シューベルト作品「野ばら」の日本語による大合唱が鳴り響く。ひとつひとつのパズルのピースを組み合わせるように、丹念に語られてきた物語が、この「野ばら」で予想を越えた大団円に結びつく感動は、言葉でいいあらわせないほどだ。

ことば紀行:林ひふみ【中国語】



<漢字文化圏あれこれ>
領土問題で波風が吹き荒れている日中韓であるが・・・・
この日中韓を「東アジア共同体」として括ることは同床異夢の最たるもので、色々と誤解を生みかねないので、この括りは取り下げることにする。
 その代わりに「漢字文化圏」というわりと文化的な括りが緩く感じられるので、最近はこの括りを多用している大使である。

先日も取り上げた「中国はなぜ「軍拡」「膨張」「恫喝」をやめないのか」というナショナリズムをくすぐる本に、言語学にも造詣の深い平川祐弘さんの論説が載っているので紹介します。
(中華に反発する平川さんの言語ナショナリズムに惹かれる大使である)


<混交文化礼賛:平川祐弘>p128~130
 歴史は単線的に進歩するのではない。中心文化の場合でも外来文化から影響を蒙るが、周辺文化の場合、外来文化のインパクトは大きく、時に文化の混交が生じる。クレオール化といわれる現象である。クレオール化ということは初めは西インド諸島で起きた歴史的現象に対して用いられたが、いまでは混交文化現象一般に対しても広く用いられるようになってきた。
 ところで人間のアイデンティティーは「三つ子の魂百まで」といわれるから基本部分はあるのかもしれないが、固定的なものではない。他を取り入れることで変貌する。しかし変貌するようでいてある種の型は変化しない。日本語が漢字や片仮名語や新語などを取り入れてどんどん変化するようではあるが、シンタックスは変わらない。主語の次に動詞を置く「私・である・平川祐弘」とはいわない。そしてこのような日本語の語順が諾否の返事を後に延ばすという日本人に顕著な心理的傾向を与え続けていることもまた確かであろう。
 日本人は過去において大陸から漢文化を取り入れた。そのような過去の日本について「漢文明によって汚染された」と声高に非難する気が私にはない。それと同様、今日の日本について「西洋文明を排除せよ」と主張する気もない。ただし「チャイナ・スクール」と呼ばれるような漢意(からごころ)の持主の日本人については困った人だと思い、日本を西洋製の価値のフィルターを通してしか見ない、根無し草の人々についても、やはり困った人だとは思う。
 私は歴史上の過去に理想の時代を描いて復古を夢見る人ではない。現在の雑種文化としての日本、いいかえると広い意味でクレオール化しいる島国日本の歴史的実態をありのままに肯定して、その中にプラスの要因を求めている。この場合、広義のクレオール化とは中心文化と周辺文化の習合の謂いで、日本列島では宗教、思想、表現、風俗などに混交現象が多く見られる。神仏習合とか本地垂迹説とか漢字仮名混じり文、音と訓を混ぜる読み方、和食洋食、和服洋服、和洋折衷の建築など混交現象は枚挙にいとまがない。そのような日本についてCreore Japanという把握も不可能ではない。当初日本のことをそう言ったアメリカ人日本研究者は日本の悪口を言ったつもりだったらしいが、私はそれで結構というクレオール礼賛の立場なのである。

 日本はかって中国文化の恩恵を受け、その後は西洋文化の恩恵を受けた。「恩恵を受けた」とは上品な言いまわしで、文化的には隷属した、と置き換えて言えないこともない。それを隷属と感じないのは、島国日本が軍事的・政治的に中華帝国の版図に押し込められたことがないからである。朝鮮半島では北も南も漢字ハングル混じり文から漢字を排除した。それだけナショナリズムが激しいからだが、しかし私は順列組合せの可能性が大きく、視覚的にも聴覚的にも訴える漢字仮名混じり文の良さを感じる。美しい日本語は漢字漢語とかなの上手な取りあわせで出来上がる。隣国でも漢字ハングル混じり文は復活するのではあるまいか。漢字を用いなければ同音異義の言葉を区別することはできない。


平川祐弘さんはラフカディオ・ハーン研究の第一人者であり、中華の感性からは遠い人である。
ゼロサム思考が強く出る中華の民、プロテスタントの民は自己中で、とかく覇権にはしるが・・・・
世界を破滅に導きかねないこの米中から、世界を救うのはアイルランド人や日本人のような辺境の民の感性ではないかと思ったりするのです。

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