日本語は天才である

<日本語は天才である>
図書館で『日本語は天才である』という本を手にしたが・・・・
日本語や英語に関する薀蓄には定評があり、なにより、柳瀬さんの本は面白いはずである。


【日本語は天才である】
日本語

柳瀬尚紀著、新潮社、2007年刊

<「BOOK」データベース>より
縦書きも横書きもOK。漢字とかなとカナ、アルファベットまで組み込んで文章が綴れる。難しい言葉に振り仮名をつけられるし、様々な敬語表現や味わい深い方言もある。言葉遊びは自由自在ー日本語には全てがある、何でもできる。翻訳不可能と言われた『フィネガンズ・ウェイク』を見事に日本語にした当代随一の翻訳家が縦横無尽に日本語を言祝ぐ、目からうろこの日本語談義。

<読む前の大使寸評>
日本語や英語に関する薀蓄には定評があり、なにより、柳瀬さんの本は面白いはずである。

(借りたのは2007年刊ハードカバーで、データは2009年刊文庫本のものです)

rakuten日本語は天才である


柳瀬さんの薀蓄のひとつを見てみましょう。

<!を呑み込んだ日本語>よりp73~75
 余談になりますが、チャールズ・キングズリーという19世紀のイギリス人作家に《West-ward Ho!》という小説があります。エリザベス時代を舞台とした海洋冒険物語です。ちなみにこの作中にも“Oh God! oh God!”という嘆き声などが出てくる。そして、この小説のタイトルがそのまま感嘆符付きで地名になっている場所が、南イングランドにあります。つまり、ウェストワード・ホウ!海水浴場のある観光地として知られています。

 ついでながら、カナダのケベック州に、やはり感嘆符付きでSaint-Louis-du-Ha! Ha!という小さな町があります。ケベック州で使われているのはほとんどフランス語ですから、サン=ルイ=デュ=ア! ア!でしょう。

 《West-ward Ho!》という作品を、ぼくはアーノルド・ベネットという同じくイギリスの作家経由で知りましたが、そのベネットの小説に、若い男女のこんな愉快なやりとりがあります。

“Fifty pounds! How mean! Your brother is rich enough to invest!”
“Do modify your exclamation marks”
 「50ポンドですって! しみったれ! お兄さんはお金持ちなんだから、ぽーんと出せるじゃない!」
 「感嘆符を加減してくれよ」

 もう少し感嘆符にお付合いください。
 永井荷風が生田葵山という作家に宛てた手紙に、

 葵山君!!

 と書き出しているのがあります。これは荷風の中では、かなり珍しい例です。同じく荷風の『ふらんす物語』(明治42年刊)に、こういう文章があります。

 文字で示したら、エキスクラメエシヨン、マアクの三つ-!!!-も付く様な語調で

 永井荷風は、外国からの記号を用いたこの形容を、もしかすると独創的な言い回しと思っていたかもしれません。少なくとも、江戸趣味に殉じ、文章の中ではほとんど感嘆符や疑問符などを用いない人ですから、意味を込めて!!!を使ったことは確かでしょう。

 しかし、当時すでに、これらの記号は日本語の中で珍しいものではなくなっていました。何人かの作家の使用例を挙げてみましょう。

 「占めたぞ! 占めたぞ!! 有難い!!!」         (尾崎紅葉『金色夜叉』)

 恋愛観の結末に同じく色鉛筆で色情狂!!!と書いてある。 (夏目漱石『野分』)

 「断じて眼を! 眼を!! 眼を!!! ひらき」       (宮沢賢治『疾中』)


もうひとつ見てみましょう。

<敬語は「お」苦が深い>よりp111~114
 おしっぽの「お」にもうすこしおつきあいください。
 池田弥三郎『暮らしの中の日本語』に、次のようなくだりがあります。

 おでんなどは「お」はとれない・・・おひやを持ってこいと言った場合は水が来るが、ひや持ってこいというと酒がきてしまう。まけとおまけとは違うし、つきあいとおつきあいとには、また微妙な違いがある。しぼりとおしぼりとは違うし、しゃれとおしゃれも違う。・・・にぎりもそうで、にぎりというとおすしで、これはちらしずしに対してにぎりずしのことだが、おにぎりというとむすびのことで・・・

(中略)
 敬語というのは「お」苦が深いかもしれませんね。しかし必ずしもその「お」苦が不快ではないように思います。臆せずに敬語を使うようにすれば、たとえば、初対面の相手や年長者に、自分の輪郭を鮮明に印象づける爽快感を幾度も味わうことができるはずです。

 お「ビール」について言うと、ぼくはそれが耳障りに聞こえません。よほど体調を崩さないかぎりビールを飲まない日はないので、外来語という感触も味覚もないからでしょうか。あるいは、そういう世代なのかと思っていたら、ずっと年長の大野晋先生がこう書いておられます。

 「お財布を落としてしまったものですから」というような言い方をした場合に、その財布は話手のもので、相手のものでも、尊敬する人のものでもなく、また、尊敬する人に対するものでもない。しかし、財布を話題にするときに、それに「お」をつけることによって、その話題の場全体を尊敬的な、丁寧なものとして考えていることを話手が示すのである。
 だから、料理屋で、女中さんたちが、「おビール」「お手ふき」「おてもと」などと、何にでも「お」をつけるのは、話題全体を尊敬的に扱っていることを示すもので、あまりそれを責めるのは、酷なことだということになろう。   (『日本語の年輪』)

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