杉浦日向子アンソロジー

<杉浦日向子アンソロジー>
最近流行っている漫画が、あまり面白くないのだ・・・
それは単に我がテイストが時流に遅れているだけかもしれないな~。

それに反して、杉浦日向子のテイストがますます貴重なものに思えるのだ。
本当に惜しい人を亡くしたものだ。

・・・ということで、杉浦日向子についてあれこれ集めてみます。

・『百日紅~Miss HOKUSAI~』
・大江戸観光
・娘を化十(ばけじゅう)と呼ぶ
・東京という夢 YASUJIと杉浦日向子
・いしかわじゅんの『百物語』評
・コメディーお江戸でござる
*********************************************************************
<『百日紅~Miss HOKUSAI~』>
杉浦日向子のまんが『百日紅』に出てくるお栄を題材にしたアニメ映画が公開中であるが、視る前に個人的予告編を作ってみました。
それにしても・・・
新聞で4面ブチ抜きで広告されていたのには、驚きました。

新聞1

新聞2

ネット情報を見てみましょう。
原監督も杏も杉浦日向子作品の大ファンだったようですね。

杏が、原作・杉浦日向子×主題歌・椎名林檎に大喜び!より
杉浦日向子の同名コミックを映画化した『百日紅~Miss HOKUSAI~』の初日舞台挨拶が、5月9日にテアトル新宿で開催。声優を務めた杏、松重豊、濱田岳、立川談春、清水詩音、原恵一監督が登壇した。

原監督も杏も杉浦日向子作品の大ファンだったので、初日を迎えた喜びもひとしおだ。原監督は「自信をもって観てもらえる作品になりました。何より、原作者の杉浦日向子さんや自分に対して、誠実に作った作品です」と力を込めて挨拶をした。

主人公・お栄の声を担当した杏も「1年前にお話をいただき即諾しました」と喜びを口にした。また、主題歌「最果てが見たい」を椎名林檎が手がけたことについても「小躍りするくらいうれしかったです」と言った後「最果てを本当に見たいのか?それとも、追い続けるのが作り手の業なのか?というところがとてもリンクしていると思いました」と曲への思いを述べた。


つらつらと個人的予告編を書いたが、書いた後、映画を観に行ったのです。
・・・で、くだんの鑑賞フォームを作ってみました。

【百日紅~Miss HOKUSAI~】
アニメ

原恵一監督、2015年制作、2015.5.21鑑賞

<movie.walker解説>より
江戸時代に当時の風俗をとらえ、庶民から愛された“浮世絵”。浮世絵に生涯を捧げ、3万点を超える作品を発表した浮世絵師・葛飾北斎とその娘・お栄と、江戸に生きる人々との交流を描いた、杉浦日向子の同名漫画を『カラフル』の原恵一監督がアニメーション映画化した人間ドラマ。主人公・お栄役で杏が長編アニメ作品の声優に初挑戦。

<大使寸評>
お栄の顔は原作のほうが好みだけど、杉浦日向子の軽妙で怖いテイストは概ね再現されているように思います。

それにしても、お栄がおかま置屋に乗り込み、一晩ともにする場面もあったりで、思った以上に大人向けアニメであり・・・
アナ雪は見ない大使だけど、これなら、ええでぇ♪

この種のアニメでペイできるなら、日本のアニメも爛熟してきた感があるのです。
(ということで、この映画の収支決算を知りたいわけです)

movie.walker百日紅~Miss HOKUSAI~


*********************************************************************
<大江戸観光>
この本のあちこちに、SF映画のうんちくが出てくるように・・・
日向子さんは、けっこうSF映画が好きだったようです。
だいたい、時代考証という点では、歴史小説もSF映画も似ているもんね。

【大江戸観光】
大江戸
杉浦日向子著、筑摩書房、1994年刊

<「BOOK」データベースより>
ちょっと江戸を散歩してみませんか。理屈や趣味やウンチクにとらわれるよりも、はとバスにでも乗った気分で出かけてみましょう。名ガイドが、明るく案内する浮世絵、歌舞伎、戯作、怪談、珍奇なものたち…遠い昔の江戸の街が、ホラ、こんなに身近で、愉快なワンダーランドだったなんて…。タイムマシンに乗って、別天地へようこそ。

<大使寸評>
漫画作家としても秀逸で、独特な拘りが良かったですね。惜しい人を亡くしたものだ。

Amazon大江戸観光


日向子さんは、けっこうSF映画が好きだったことが、次のエッセイに出ています。

<江戸のディレッタント>よりp100~103
「なんで江戸がすきなんですか?」と聞かれると、いつもうまい答がみつかりません。
 たとえば南極とかガラパゴス諸島に行ってみたいというのと同質で、皇帝ペンギンの群れの中にボーゼンと佇んでみたいとか、イグアナと戯れてみたいとか思うのと同じように、江戸時代へ行ってバクゼンと数日間暮らしてみたい、できれば毎年ひと月は江戸時代に住みたいという感覚なのです。

 ただ決定的な違いは、現実化が不可能という点ですが、それでもファルコン号でハンソロとランデヴーを楽しみたいというのとも違います。それは、「足下の過去」だからであります。
 とはいえ、ミーハー的心情に少しの隔たりもない事はコックリ認めます。
「もし~だったら」というifあそびをしたいと思います。
 江戸時代に住むのなら、どんなニンゲンが良いか。迷うことなく大店の若旦那です。しかもタダの若旦那ではなく、謹厳実直な弟に家業を譲り、財産を半分こして風雅な地に若隠居をするという念の入れようです。
 滝亭鯉丈描くところの『花暦八笑人』の左次さんがソレです(八笑人は落語「」のモトになった戯作で、講談社文庫で手軽に読めます。ゼヒおためしを)。アア左次さんになりたいと日夜願っております。

 要は江戸のディレッタントにあこがれているのです。江戸のディレッタントは3種に分けられます。つまり<通人><半可通><野暮>であります。
 <通人>といえば、趣味人の最高峰であり、皆が目指すところであります。

 <半可通>というのは、その登頂に失敗し、しかもソウナンに気付かず、本人は征服した気になっているのが特徴です。この人達は遊女にふられたり、イロイロばかにされたりする訳ですが、ソコハカとなく哀愁ただよう愛すべき人々です。

 <野暮>はいうまでもなくダサイ人です。が田舎っぽいとは別に未熟である事もいいます。ウブな息子は後者の野暮であり、つまり成長株といえます。通人の予備軍もこの野暮中にあるのですが、野暮は野暮のままでも、かわいいとか純だとかいわれて、意外と遊女にもててしまったりするのです。

 野暮には通人への可能性が残されていますが、半可通は通人になありえない存在です。野暮→半可通→通人という図式は成り立たず、半可通は別種の固体といえます。半可通の哀愁というのは、どうやらそのへんにあるようです。

 さて、<通>とは何でしょうか。
「あの人は粋だね、通だね」とは未だにいいます。通と粋は同義のようです。
 さっそく名著『「いき」の構造』を岩波文庫で読む。なんだかわからない。で『「いき」の構造を読む』という朝日選書を読む。一向にわからない。
 ソコはソコ、江戸時代人の美意識なんだと納得して、自分が見て、通だな粋だなと思う身だしなみ、着こなしを図解し、「あなたもなれる江戸の色男」を立案いたします。

*********************************************************************
<娘を化十(ばけじゅう)と呼ぶ>
東京なんて、仕事でもないかぎり、あんな成り上りの街は敬して近づかないのがいちばんと思う大使であるが・・・・
東京で会う人のてまえ口には出さないけど、実は密かに東下りと思っているのです。

でも、杉浦日向子が描きだす江戸は話は別です。
杉浦日向子の漫画『百日紅』を図書館で借りたけど、これが大当たりでした。

NHKの「コメディーお江戸でござる」のコメンテーターとして、その膨大な時代考証を披露していたときは、その博識にただ唖然としたが、彼女の漫画を手にしたのは初めてでした。

人三化七(にんさんばけひち)とは、まずい女を表す非情な形容なんですが・・・・・・
アゴ(アゴというのは北斎が娘のお栄を呼ぶときのあだ名です)を、時に「化け十」と実も蓋もなく呼ぶ北斎である。
この漫画には、父と娘の浮世離れした生活が描かれるが・・・・いい味出ています♪
お栄をアゴと呼ぶのは、芸術家の不器用な愛情表現と言えなくもないのですが、北斎は娘の画力を案外と買っているのです。

アゴアゴ

お栄には、杉浦日向子自身が投影されているようですが・・・・
やや物憂げな顔とうらはらに、一晩で龍の絵を描ききるというガムシャラなところがある・・・
やはり、芸術家肌なんですね♪

杉浦日向子は見てきたように江戸のイメージを構築するクリエーターでしたが、上方に住む大使としても・・・・・
東京は好きになれないが、日向子ワールドのお江戸が好きなんです。

杉浦日向子『百日紅』

ところで、日向子さんはリドリースコットを高くかっていたようですが、時代考証に拘る日向子さんならではでしたね。

「エイリアン」がショックだったのは、宇宙船が、油まみれで汚れ、あたかも東名高速を地ひびきをたてて走る輸送トラックのようなリアリティだったからです。リドリー・スコットは、だから、エライ。「ブレード・ランナー」も、未来都市のごちゃごちゃが、ヒドク、リアルでスゴかったです。荒唐無稽な「レイダース」がオモシロイのも、小道具やセットが限りなく本物っぽいからなのです。『大江戸観光』p65


*********************************************************************


【東京という夢 YASUJIと杉浦日向子】より
安治井上安治の絵

7年前46歳で惜しまれながら世を去った漫画家・杉浦日向子。「百日紅」、「百物語」など江戸を見てきたように描き、その土地の地霊に深く共振し、数々の忘れがたい名作を残した。
その杉浦がとりわけ傾倒した浮世絵師が、明治初期に活躍した井上安治であった。安治は25年という短い生涯の間に、百数十枚の江戸名所絵を残した。〈浅草橋夕景〉〈蛎殻町川岸の図〉・・・・・・隅田川沿いの暮れゆく町のゆったりしたたたずまい、静まりかえったたそがれが小さな画面の中に奇跡のように描かれている。
1988年に出版された漫画「YASUJI 東京」で、杉浦は切々と安治への思いを語り、安治の版画絵を透かしてその向こう側に明治の東京を、さらにそのずっと昔の武蔵野の原野を幻視した。杉浦は思う「東京はいつでも原野に戻る用意があるように思われる」江戸のたび重なる大火、明治以来の近代化、大震災と東京大空襲と焼け跡からの復興。
常に死と再生、破壊と刷新を繰り返してきた東京という土地、東京という現象。
杉浦日向子が想いをはせた東京のはるかな夢の記憶、そして私たちも「東京という夢」を生きているのかも知れない。
この番組を見たあなたは、どんな夢を見ますか?


*********************************************************************


<いしかわじゅんの『百物語』評>
「漫画の時間」から『百物語』のいしかわじゅん評を紹介します。


【本当に怖いもの】「漫画の時間:いしかわじゅん」p275~276より
百物語

 さあて、今回はなにを紹介しようか、と思って、各種単行本が山積みになっている仕事場を見回したら、杉浦日向子が目についた。
 彼女をご存じだろうか。時々テレビにも出ているので、きっと顔くらいは見たことがあるだろう。世間では美人ということになっているが、まあそのへんは、趣味の問題もあるので、ここで深くは追求しないが。いや、ぼくはもちろん、なかなか可愛いと思っているのである。

 彼女の本職は、時代考証家だ。それと同時に、漫画家でもある。時代考証家のほうは、彼女がどのくらい偉いのか全然わからないが、漫画のほうは、断言できる。
 杉浦日向子は、面白い。そして、怖い。
『百物語』というのが、今回ご紹介する漫画だ。これは、ほんとに面白い。出版元が新潮社なのが、ちょっとネックではある。いや、別に新潮社の社風に問題があるという意味ではない。ただここは、漫画をあまり出していない。活字の山が中心だ。だから、漫画を売るノウハウがあまりない。実はぼくも、『約束の地・憂国』という単行本を、ここから出したのだが、残念なことにさほど売れなかった。でもまあ、その代わり、きちんとしたいいい本を作ってくれたので、いいのである。彼女の本も、たぶんそこそこは売れているとは思うが、その面白さを考えれば、ベストセラーリストに登場してもいいところである。もったいないのである。

 さて『百物語』だ。これは、『小説新潮』に連載されたものだ。1回8ページだから、ごく短い。その短さが、内容にぴったりだ。
 どんな内容なのかというと、ごく簡単ないいかたをしてしまえば、怪異譚だ。江戸時代、どこどこでこんな出来事があった。不思議なことがあった。それだけなのだ。それ以上のことは描いてないし、描こうともしていない。それなのに、そこにはそこには人間の心の恐ろしさや理不尽さ、このうつし世の不思議さや怖さが、充分に描かれている。今もいくつかを読み返して、ぞっとしたばかりだ。決して最近流行のホラーではない。死体も内臓も生首も出てこないし、斧やチェーンソーを持って追いかけてくる怪人もいない。しかし、怖さは天下一品である。それは、杉浦が、死人の思い出や物の怪のことを描いていながら、その実、本当に描いているのは生きている人間のことだからだ。本当に怖いのは、実は人間なのである。
 
 この話に、元ネタがあるのかどうか、ぼくは知らない。ベースにした怪異譚があるのかどうか、そちら方面に造詣が深くないので、ぼくには判断ができない。似た話をどこかで読んだことがあるような気もする。すべてが彼女が創り上げたフィクションであると考えるには、その恐ろしさに、あまりにもリアリティがありすぎるのだ。しかし、元ネタがあろうとなかろうと、その面白さに変わりはない。恐ろしさに変わりはない。その面白さ恐ろしさこそが、杉浦日向子のオリジナリティなのだ。


*********************************************************************
<コメディーお江戸でござる>
東京嫌いの大使も、このコメディーの江戸情緒にはわりと惹かれていたんです♪

江戸


wikipediaコメディーお江戸でござるより
『コメディーお江戸でござる』は、1995年3月30日から2004年にNHK総合・NHK-BSで放送されていた、江戸時代の江戸を舞台とし、町人の生活をコミカルに描いた喜劇を中心に据えたバラエティ番組。
番組構成は、演劇(4幕)、歌、「杉浦日向子のおもしろ江戸ばなし」の3部構成であった。

<杉浦日向子のおもしろ江戸ばなし>
江戸風俗研究家の杉浦日向子が、演劇に出てきた場所や職業、物や流行など、江戸の町人文化を紹介するコーナー。進行はその時の座長格の出演者が務めた。
コーナーの冒頭には、まず、座長が「今日のお芝居に間違いはありましたでしょうか。」と杉浦に評価を求める。そして、杉浦が笑顔で演劇コーナーの考証の誤りを指摘したり、逆に良かった点(特に小物や演者の言葉遣い)を褒めたりする。番組初期には間違いが多く指摘されたが、滝大作が脚色を担当するようになってからは、それもほとんど無くなった。この杉浦の指摘はともすると「江戸マニアの粗探し」とも受け取れそうだが、様々な制約(例として江戸の長屋の井戸は地下水道から長柄杓で水を汲み上げる形が主流だったが、スタジオに長柄杓を入れられるだけの穴を掘れないため地下まで掘られているように見える釣瓶井戸に変えられている点。杉浦の指摘を受け番組中では後に水道井戸が再現された)から事実とは異なっている時代劇や舞台における江戸の情景が一般に事実と誤認されつつある傾向への警鐘でもあり、視聴者が江戸の世界をより深く楽しむための教養度の高いコーナーであった。


杉浦日向子さんの本

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック