本に携わる職人たち ③

<本に携わる職人たち>
図書館で借りた『イラストノートNo.27(特集:本の仕事)』という本には、本つくりの楽しさ、拘りがあふれています。
…で、この際、本に携わる職人たちにについて、集めてみました。

・日本橋檜物町
・小村雪岱の版画がええでぇ
・本の顔
・鳥への挨拶
・造本装丁コンクールで『gallay』が受賞
・イラストノートNo.27(特集:本の仕事)
・藤田嗣治、本のしごと
・夏目漱石の眼
・佐々木マキが描く表紙
・気になる絵本作家
・百田尚樹さんの職人かたぎ



<日本橋檜物町>
図書館で『日本橋檜物町』という本を手にしたが・・・・
とにかく、この本の装丁が素晴らしいのです。


【日本橋檜物町】
小村

小村雪岱著、平凡社、2006年刊

<裏表紙>より
わが国装幀史上屈指の名作、泉鏡花『日本橋』を手がけた日本画家・雪岱。その仕事は、挿絵・装幀はいうにおよばず、舞台美術の世界でも一家をなすほどで、本職の画業に収まらない広がりと奥行を持っていた。同じく画家であり名文家の誉高い鏑木清方から非凡な文才を評価されていたが、遺した文章は多くない。本書は雪岱の死後、有志の計らいで成った貴重な一冊。同時代人による雪岱評アンソロジーを併録。

<読む前の大使寸評>
装丁史上の大家ともいえる雪岱の本であるだけに、この本の装丁が素晴らしい。
もちろん、巻頭の画像、雪岱のエッセイ、雪岱評アンソロジーも・・・ええでぇ♪

heibonsha日本橋檜物町


小村さんの人柄が表れているところを見てみましょう。
p219~220
<小村さん:久保田万太郎>
 わたくしは「小村さん」とばかり呼んで、どんな場合でも、「小村君」とも「雪岱さん」とも呼ばなかった。小村さんの、やさしい、しづかな、落ちついた、ときに遠慮ぶかすぎはしまいかとさへおもわれた人がら・・・おそらく小村さんは、一生のうち、ただの一度でも癇癪声をふりしぼったことはなかったらう・・・が、わたくしに、さう呼ぶことの正しさをはじめっからわきまへさせてくれたのである。

 わたくしが小村さんにはじめて逢ったのは大正4年の3月である。そのとき、本郷座で井伊、喜多村の一座が鏡花先生の『日本橋』をやってゐた。わたくしは、そのころ春陽堂から出てゐた「新小説」の編集主任の本多直次郎さんにさそはれ、それをみに行き、たまたま茶屋で本多さんから引合はされたのである。

 こえよりさき『日本橋』の原作は、そのまへ年の9月、千章館といふ本屋から書下しで出たもので、その装丁をしたのが小村さんだった。だから、わたくしは小村さんについて、逢はないまへからいろいろと知ってゐたのである。
 それにしてもその『日本橋』の装丁の目もあやに美しかったことよ。

39日本橋

 そのころ、小村さんは根岸に、お年よられたおっ母さんとふたりでつつましく住んでゐた。わたくしは、浅草から、しばしば訪問した。そして間もなく、わたくしは、わたくしの三四冊目の短篇集及びはじめての随筆集の装丁をしてもらった。

 爾来二十四五年、わたくしは、何冊わたくしの著作集を小村さんの手に委ねたことだらう? しかも終始かはることなく・・・といってはうそになる、有名になればなるほどいよいよ熱心に、いよいよ親切に、いよいよ身にしみまさる仕事をわたくしのためにしてくれた小村さんである。・・・




<小村雪岱の版画がええでぇ>
図書館で『版画芸術 #146』という雑誌を借りたが、特集している小村雪岱の版画がええでぇ♪

この雑誌の解説にあわせて、その版画の一部を紹介します。
「日本橋」の装丁なんかコンテンポラリーで、今でも充分イケてるで♪


<第一章 装丁・装画>よりp26
<雪岱が描く泉鏡花の世界>
2枚


日本橋

 小村雪岱は、泉鏡花に始まり、久保田万太郎、水上龍太郎、谷崎潤一郎、里見頓、長谷川伸、邦枝寛二らの本を、木版画による表紙画、見返し絵で数多く装丁している。
 中でも質量共に最も充実しているのが、泉鏡花の本である。雪岱は10歳頃から鏡花の小説を愛読し、21歳のときに縁あって知己を得る。二人の深い関係を示すのは、「雪岱」という号を鏡花から贈られたことでもわかる。

 大正3(1914)年に、鏡花の「日本橋」(千章堂)を初めて装丁して以来、雪岱が春陽堂から刊行した鏡花本のほとんどの装丁を行った。雪岱は鏡花本の装丁について「中々に注文の難しい方で、大体濃い色はお嫌いで、茶とか鼠の色は仕えませんでした」と振り返るが、鏡花の浪漫的な文学世界に雪岱の情緒豊かな装丁・装画はぴったりと寄り添い、えもいわれぬ美しい世界を生み出している。

<「日本橋」>p28
39

 泉鏡花は、この単行本を書き下ろしながら、装丁を小村雪岱に託した。しかし脱稿まで「日本橋」という題は決まらず、題名が決まってから、「日本橋」の文字を橋に見立てた背表紙に置き、表紙の表と裏に川岸の町並みをあしらった絵に描きなおした雪岱初の装丁作品である。

<第二章 挿絵>よりp46
<白黒の線描に息づく江戸情緒>
 雪岱は、大正11(1922)年から新聞や文芸雑誌の連載小説の挿絵を手がけている。里見頓が、『時事新報』に「多情佛心」を連載する際に、鏡花を通じて知己を得た雪岱を推したことがきっかけとなった。その後、雪岱は数多くの新聞挿絵を描くが、挿絵画家としての人気を不動のものとしたのは、なんといっても邦枝寛二の「おせん」、「お傳地獄」であった。

白黒

 雪岱は、気に入った挿絵を一枚絵の紙本墨絵に描きなおしたが、それらが木版画に起こされたり、挿絵を元に、新たな版画が作られたりしている。現在では、挿絵そのものよりも木版画作品のほうがよく知られている。

<小村雪岱の版画と装丁>よりp66
 ずいぶん前のことだが、「ザ・ウーマン」(高橋陽一監督)という映画があった。江戸の竹本小伝、俗に「あんばいよしの小伝」と呼ばれた、何百人切りだかの女性をモデルにした林美一原作の映画だったと聞く。濡れ場を延々と執拗に撮るこだわりがなかなかのもので、それだけでも見ものの映画なのだが、移り気な「小伝」を妻とした人気役者坂東三津五郎が、女に気持ちを変えられる悲しみ、男の悲しみがその濡れ場から奇妙に響いた映画でもあった。
(中略)
 映画「ザ・ウーマン」に雪岱の匂いを嗅いだのは、原作からでも、監督からでもなさそうだ。おそらくその脚本からだろう。映画の脚本家が『小伝抄』で直木賞をとり、雪岱についても書いている星川清司で、たしか単行本の表紙に雪岱が使われた記憶がある。そのあたりからの匂いだったようだ。小村雪岱は、突然、どこにでもあらわれる。

 小村雪岱の版画の版元となったのは「高見澤木版店」である。もともとは江戸錦絵の復刻木版の仕事を主としていた版元だったが、昭和10年前後から創作版画も含める木版画ブームに呼応して、現代浮世絵を作ろうとした版元の一つだった。すでにコンテンポラリーのまなざしを持った伝統木版の仕事は、その先駆けとして大正時代に渡辺版画店が「新版画」として提示した。
 そして、昭和のこのあたりに、もう一つの動きがある。安井曽太郎作品を木版とした求龍堂、土屋光逸やノエル・ヌエットの土井版画店、やがて竹久夢二や富本憲吉を出すことになる加藤潤二などが活躍し始めるのだ。とりわけ「高見澤木版店」は、版画家ではない岸田劉生のリプロダクションを版行し、藤田嗣治などの洋画家の原画も木版化した。雪岱の版画も、その路線の上にある。



【版画芸術 #146】
版画

雑誌、阿部出版、2009年刊

<商品説明>より
[特集]小村雪岱 KOMURA Settai
たおやかな女性美と江戸情緒
[注目の作家] 中山正/松本旻/オノデラユキ
[版画を見る] 山本容子/山中現
[版画を買う] 2009年冬 版画実勢価格
[版画を作る] 版画技法講座 木版リトグラフ<最終回>
[版画を知る] メディアとしての近代版画史

<大使寸評>
装丁、挿絵に表した小村雪岱の江戸情緒、モダンな感覚が…ええでぇ♪

Amazon版画芸術 #146




<本の顔>
図書館で『本の顔』という本を借りたのだが・・・装丁のいろはの判る内容になっています。
装丁は出版社がやるものと思っていたが、装丁専門の会社がやっているようですね。


【本の顔】
本

坂川栄治, 坂川事務所著、芸術新聞社、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
「人と人とのコミュニケーションが装丁をつくる」それを30年間、第一線で実践してきた坂川栄治と坂川事務所による、装丁の教科書。今までに手掛けた数千冊の中から約180冊を厳選し、1冊の装丁ができるまでを図解した、坂川事務所の集大成ともいえる内容です。
【目次】
1 装丁の依頼/2 文字で装う/3 イラストで装う/4 色で装う/5 写真で装う/6 絵本を装う/7 紙と印刷

<大使寸評>
装丁は出版社がやるものと思っていたが、装丁専門の会社がやっているようですね。
この本には、色んな本のカラー写真が満載で、見て楽しいのです。

rakuten本の顔


冒頭に「本ができるまで」が載っています。

<本ができるまで>よりp14~19
1.こんにちは
 日時を約束した編集者がゲラを持ってやってきます。事務所の入口の本棚には最近手掛けた装丁本を並べています。それを眺めながら立ち話が始まることもしばしば。

2.打合せ
 ゲラを手繰りつつ、編集者から内容を説明してもらいます。内容に加えて「こんな人に読んで欲しい」「この時間に刊行します」「これまでの著者の作品はこうでした」、などいろいろな情報をもとに、そこからどんな顔にするか考えます。打合せはおおよそ1時間。そこでだいたいの方向性は決めてしまいます。

3.配役
 イラストや写真などの素材はいわば役者です。誰にこの本の顔を演じさせるか、というキャスティングを編集者へ投げかけます。役者が決まったらどういう見せ方をするかという演出をしつつ、商品としての全体のバランスを考えたり、限られた予算の中でやりくりしたり。
 装丁家は監督のような役割です。

4.発注
 装画(本の装丁のための絵)が確定後、打合せに来てもらって発注する場合と、電話でお願いしてからFAXやメールで簡単なラフや情報を送って発注する場合があります。時には既にある作品を借りることも。

 立体の作品の場合は出来上がってからカメラマンに撮影してもらいます。写真を使用する場合は、予算的にも時間的にも使いやすいストックフォトを使用することが多いですが、場合によっては撮影に出向いたり、写真家に依頼することもあります。

5.本文レイアウト(文章を組む)
 装丁の仕事はカバーや表紙といった外側のデザインだけではありません。
 ページをレイアウトすることで本の厚さが分かってくるので、順序としてはカバーのレイアウトの前に中の文章の文字組み(本文組)をすることになります。

6.カバーレイアウト
 いよいよ本の顔の制作です。まずはカバーの表側のラフ案を数パターン作ります。イラストや写真は本番使用のものがある場合もありますし、まだラフ段階の仮のものを使う場合もありまあす。

7.用紙、加工、色決め
 デザインが決まったらカバー、帯と表紙、扉と順に作っていきます。全部が出来上がったところで、編集者にレイアウトチェックと文字校正をしてもらうために、メールで送ります。
 この段階になると編集者は本全体のコストを出すために、資材と呼ばれる用紙や加工、色数などにかかる予算を計算します。その際に用紙や色も決めます。

8.入稿
 編集者からGOサインが出たら、印刷所に渡す入稿データを用意します。装丁の場合はカバーに使われる文字量もさして多くないので、修正が出た場合は直すことが多いです。
 紙で出力した見本を添付して手渡しする場合と、データをメールで送る場合があります。

9.色校正
 入稿後、初校と呼ばれる色校正が出てきます。指示通りに色が出ているか、イラストは原画通りか、版ズレがないかなどをチェックします。問題がない場合はここで責了。

10.完成
 入稿からおおよそ1ヶ月後には、出来上がった本が書店に並びます。その直前に、見本が宅配便で届いたり、編集者が持ってきてくれたりします。




<鳥への挨拶>
図書館で『鳥への挨拶』という本を手にしたのです。
ジャック・プレヴェールの詩を高畑勲さんが訳し、全ページサイズの奈良美智さんの絵が散りばめられている絵本のような、きれいな本です。

ふだん、詩の本など読まない大使なんだが、奈良さんの絵を見ながらジャック・プレヴェールの詩をながめるのも・・・ええやんか♪


【鳥への挨拶】
鳥

ジャック・プレヴェール×高畑勲編著、ぴあ、2006年刊

【目次】(「BOOK」データベースより)
校門を出たら/パリの色彩/そして祭りはつづく/一生が首飾りなら/地球それはひとつの星/自然にならって/この子の見ているものは/血と羽根/絶望がベンチにすわっている/礼儀正しくな/血だらけの歌/自由な外出/鳥の肖像を描くには

<大使寸評>
ふだん、詩の本など読まない大使なんだが、奈良美智さんの絵に惹かれて借りたのです。
ところで、この本は装丁や紙質が、フランス風であり・・・いい感じの本である。
(デジタル・メディアもこの点に関しては手も足も出ないんだろうね)

rakuten鳥への挨拶


訳者の高畑勲さんの「あとがき」の一部を紹介します。

 ジャック・プレヴェール(1900~1977)は20世紀フランス最大の民衆詩人です。1946年『ことばたち』(全訳版、ぴあ)が出版されて以来、詩の好きな人にも、ふだん詩など読むことのない人々にも彼の詩は愛しつづけ、「枯葉」など60曲ものシャンソンとなって多くの歌手に歌われました。彼はまた、『天井桟敷の人々』(直訳「天国の子どもたち」)『王と鳥』など数々のフランス映画の名作を生みだした脚本家でもあります。21世紀に入ってもプレヴェールの人気はおとろえず、いまなお世界中で読まれているだけでなく、新しい節づけを得て、新しい歌手がそのレパートリィに加えています。

 一昨年『私は私このまんまなの~プレヴェールの歌~』(ユニヴァーサルミュージック)というCDの選曲・訳詩・解説をしたとき、そのジャケットには奈良美智さんの絵がいいな、と私も思いました。あの、かわいいくせに自立して、世の中つっぱって生きている子どもたち。使わせてもらったのは、赤い帽子に赤い服の、大きな眼でこちらを見上げる女の子です。手にはしっかりとナイフを握りしめていて、プレヴェールにぴったり、「愛し合う子どもたち」や「私は私このまんまなの」を歌ったジェリエット・グレコさんにそれを見せたら、たちまちナイフに気づき、手を叩いて喜んでくださいました。

(中略)
 奈良さんの子どもたちのまなざしは、プレヴェールの書いたさまざまな子どもたちを思わせます。しかしまた同時に、プレヴェールその人を、そしてプレヴェールを読むときの私たち自身のまなざしをさえ、そこに見いだすことができるのではないでしょうか。プレヴェールと奈良さんの絵と私たちがふしぎに響き合うのです。そしておそらく奈良さん自信も。


先日読んだ『王と鳥 スタジオジブリの原点』という本なんですが・・・
編集、装丁が似ているので、紹介します。
この「王と鳥」というアニメーションの脚本をジャック・プレヴェールが手懸けたようです。

【王と鳥 スタジオジブリの原点】
王

高畑勲×叶精二×大塚康生 著、大月書店、2006年刊

<「MARC」データベース>より
若き日の高畑勲、宮崎駿に影響を与えたとされる、1979年に完成したフランスのアニメーション映画「王と鳥」を軸に、アニメーションの魅力、作品に込められた意味、国家と個人の関係、そして今の日本について考える。

<大使寸評>
この本の前半は「王と鳥あらすじ」となっていて、上にアニメ画面、下にあらすじという絵本スタイルになっています…しゃれてまんな♪

脚本にかかわったジャック・プレヴェールは『枯葉』の作詞で知られるが、脚本家が本業のようですね。まさにクロスメディアの芸術家なんだ♪
ところで、大塚康生という人はアニメ「白蛇伝」の原画にかかわったアニメーターとのことで、おみそれしました。「じゃりン子チエ」の作画監督でもあったそうです。

Amazon王と鳥 スタジオジブリの原点
王と鳥byドングリ



<造本装丁コンクールで『gallay』が受賞>
今年の「造本装丁コンクール」の文部科学大臣賞には、青磁社の『gallay』が受賞したそうです。
そして、この本はドイツで開催される「世界で最も美しい本コンクール」に出品される予定だそうです。

gallay

フーン、画像ではあまりパッとしないが、実際に手にすると、手触りの良さなんかが分かるのかももしれませんね♪

ところで今たまたま、『図説 本の歴史』という本を読んでいるのだが、この本から装丁のあたりを紹介します。

<装丁の技>p74~75より
 装丁とは、本の表紙を形成し、装飾を施してより美しい本にする様々な工夫のことと表現できるであろう。製本やブックデザインなどと混同して使われることも多いが、それぞれ異なるものである。

 製本については別項で述べているが、手書きもしくは印刷された紙などの中身を、折りたたみ綴じ合わせて、本の形にするのに必要な加工方法である。またブックデザインとは、表紙から本文までの本の全体をとおして、読みやすく美しく見せるための数々の表現や工夫とでも表現できるだろう。

 西洋で羊皮紙を使った写本が登場してからは、木の板を表紙に使用して製本をした。その板を芯材として皮やビロードなどで包み、本を貴重なものとして保護すると同時に、表紙には装飾を施したことが装丁の始まりである。

 そもそも写本は、聖書などを僧侶などが手で書き写していたものである。そのため神のことばとしての聖書の表紙には、豪華な装飾を施した。本の表紙には、むやみに開かないように銅製や真ちゅう製の留め具が付けられ、図書館では盗難防止のために書見台に鎖でつなぐといった厳重な装丁本も登場した。

 その後、羊皮紙に代わって紙が使用されるようになり、さらに15世紀中葉に活版印刷術が発明されると、本は大量に生産されるようになって、装丁の形態も変わってくる。
(中略)
 17世紀以降の装丁は、凝った意匠が施されていくが、産業革命など工業化が進むにつれて職人技の工芸的な装丁本は少なくなっていった。本が大衆のものとなった20世紀には、印刷などの製造工程で表現される表紙の姿が本の装丁となっている。

 いわゆる和綴じ本の装丁は、西洋のものとは違って非常に質素である。手書き本ではなく、春日版や高野版のような中世の版本の表紙は、本文と同じ用紙を使い、その表に本のタイトルである外題を書きしるした簡単なものであった。それが江戸時代に入り、町人文化として盛んに版本が出版されるようになると、表紙の素材や表現が多様化していったのである。
(中略)
現代の装丁家は、本の保護はもちろんだが、それ以上に、いかにその本の内容が表現されているか、書店で購買者の目を引くか、制約があるなかでも美しい本が作れるかといった条件を満たす装丁を心がけているようである。



【図説 本の歴史】
本

樺山紘一著、河出書房新社、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
石に刻み、木や葉に書くことから始まった。紙の発明、大印刷時代。デジタル化、本の未来形までを考える。
【目次】
1章 書物という仕組みは(本とはなんだろうー旅のはじめにあって/紙という舞台ーこの最強のメディア ほか)/2章 本が揺り籃から出る(アルファベットを書くー書体の工夫/漢字の書体 ほか)/3章 書物にみなぎる活気(グーテンベルクの存在/大印刷時代の展開 ほか)/4章 本の熟成した味わい(本は権利のかたまりー著者権と著作権/本の文明開化ー本木昌造と福沢諭吉 ほか)/5章 書物はどこへゆくか(神田神保町ーどっこいそれでも古本は生きている/デジタル化の衝撃 ほか)

<大使寸評>
本の歴史=知の歴史のような内容となっていて、画像も多くて充実した図説である。
デジタル化の潮流にさらされる製本業界であるが・・・
歴史上、長くアナログでやり過ごしてきた「紙の本」は、今後も生き残るような予感がするのです。

rakuten図説 本の歴史


今流行りの電子書籍なるものを買ってみようとも思う大使であるが・・・
やはり、アナログな紙の本に執着するような予感がするのです。




【イラストノートNo.27(特集:本の仕事)】
イラスト

ムック、誠文堂新光社、2013年刊

<商品説明>より
【本の仕事】
さまざまな「本」にまつわる数々のイラストレーションの仕事の取材を通じて「本」のイラストレーションに求められるものを解説。
読者が、一番知りたいと思っている装画のイラストレーションに求められるクオリティや感性を伝えるとともに、装幀家からの情報、印刷物の専門知識も充実させた特集。

●特集1 装画を描く
本の表紙を魅力的に彩る装画は、イラストレーションが最も際立つ仕事だ。個性的な装画を生み出す4人のクリエーターの「つくる」に迫ってみた。
●特集2 手づくりの本が持つ可能性
プライベート・プレス(自費出版)が存在感を高めている。ここでは、さまざまな角度から「手づくりの本」が秘めた面白さや可能性を紹介する。

<大使寸評>
「手づくりの本」の作り方がイラスト付きで説明されていて・・・
よし プライベート本を手づくりしてみようという気になってきます♪

amazonイラストノートNo.27(特集:本の仕事)


この本から角背上製本の手順を引用します。

1

2

3

4





【藤田嗣治、本のしごと】
藤田

林洋子著、集英社、2011年刊

<「BOOK」データベースより>
画家・藤田嗣治が80年を超える生涯のなかで、母国日本や第二の祖国となったフランスなどで関わった「本のしごと」-書籍や雑誌を対象とした表紙絵や挿絵-から約90冊を、新たに公開された彼の旧蔵書を核として、国内の公共図書館、美術館や個人のコレクションを交えて紹介。パリ時代のオリジナル版画入り豪華本から、日本でのモダンな女性誌や戦時下の出版まで、そして愛妻のために見返しに少女像を描いた一冊など、貴重な図版を200点以上収録。

<読む前の大使寸評>
この本の編集、掲載した資料の多彩さ、内容が今でもハイカラなことなど、この本自体がビジュアル的にええでぇ♪

rakuten藤田嗣治、本のしごと



藤田嗣治、本のしごとより
朋友・石黒敬七の書籍「蚤の市」のために表紙絵を手がけています。

蚤の市



<夏目漱石の眼>
図書館で「芸術新潮6月号(夏目漱石の眼)」を借りたのだが・・・
この特集は漱石を絵で読み解いているわけで、ええでぇ♪(ダジャレになってるがな)


【芸術新潮6月号】
新潮

雑誌、新潮社、2013年刊

<商品の説明>より
名作をいろどる絵画たち ・絵で読み解く漱石の理想の女性像と芸術観 (文)古田亮 ・〈再録〉文展と芸術(抄) ・“門外漢”の美術時評 大正元年(1912)第六回文展評「文展と芸術」より ・〈コラム〉イメージの連鎖 漱石から宮崎駿へ (文)古田亮

<読む前の大使寸評>
テレビドラマや映画作品などで、明治維新、太平洋戦争あたりの世情についてはイメージがわくのであるが・・・大正時代となるとイメージがぼけるわけですね。
そのミッシングリングを知りたいという個人的な思いもあって、夏目漱石の眼で物事を見てみたいわけです。

zassi芸術新潮6月号


この本から、漱石本のあたりを紹介します。
美術に造詣の深い漱石は本の装丁にも拘ったようだが……
大使の場合、大正時代も気になるが、漱石が示した装丁への拘りも興味深いのです。

<漱石本を解剖する>よりp84~86
 夏目漱石の著書は凝った造本、美しい装丁に包まれて世に登場し多くの読者を楽しませた。その装丁デザインは、明治末から大正初期の優美でたおやかな雰囲気を感じさせ、当時の欧州世紀末芸術やアール・ヌーヴォーの影響、あるいは中国趣味をみる向きもある。漱石のこうした一連の著作本を、概して愛書家たちは「漱石本」と呼んでいる。

 菊版全盛期の装丁名品揃いの「漱石本」は、日本近代の洋装本普及にかかわり、近代装丁の見本とか、現代の本の装丁の原点にあたるとも評されている。
 もちろん、本はひとりの手で出来るわけではないが、漱石には常に美しい本へのこだわりがあって、周りの編集者や装丁担当者たちもそれによく同意して理想の装丁をめざした感がある。
『我輩ハ猫デアル』から、遺著となった『明暗』まで、小説・随筆だけでも16タイトル18冊に及んでいる。遂には趣味が高じて『こゝろ』と『硝子戸の中』の二著は自ら装丁を手掛けた。
(中略)
 本の表紙を飾るだけが装丁ではない。
 <装丁家は自分の趣味を表現する為には製本の形、綴じ方、表背裏との関係や、文字と画或いは模様の関係、それから材料即ち皮とかクロース紙等を使用する事や、製版印刷の関係等を注意して善用しなければならぬ>と芸術的仕事をめざしたのが橋口五葉で、その五葉の才能を予見し抜擢したのが夏目漱石であった。
(中略)
 漱石本には近代人の書斎文化を推進した功績もある。また、漱石本をヒントに自らの著作の装丁に活かした漱石門下生は多く、一例に芥川龍之介が『羅生門』の表紙に藍布を用いたことなどが知られる。漱石のこだわりが「漱石本」となって、後世の出版界、装丁デザインに与えた影響は大きい。しかし、美しいものには危うさが伴う。漱石本の玉にキズは、本を綴じる製本技術で、未だ機械化以前の数物製本の手仕事の時代であってみれば、安易な「角背」は壊れやすい。残念ながら百年を経て一層その危うさが現実のものとなっている。実に惜しい気がする。

漱石本の一部(p78、79)です。
本1

本2

なるほど、ここまで読むと遅れてでてきた藤田嗣治が本造りに拘ったのも、わかるような気がします。

ここで「古本的大正100年」というサイトで菊版を見てみましょう。

古本的大正100年より
菊版菊版

 昭和初期の単行本はデブ、いやいや活字の分量が充実している本が目立ちます。これも昭和モダンの特徴、「機能性」といってよいのかもしれませんね。その後の岩波をはじめとする文庫本も廉価で内容充実、そういた狙いが受け、本がよく売れた時代でした。

 では大正浪漫というフレーズに値する書物といったら何? これも私見ですが袖珍本(しゅうちんぼん)ではないでしょうか。小型の本のことですが、この呼び名が好きなのです。巾箱本(きんそうぼん)とも言いますね。いずれ中国経由の言葉で、まあ袖に入るくらいの大きさの本、と理解してください。大小のいい例は夏目漱石(写真)で、明治期(一部大正期)に刊行された初版本はみな菊版(A5判よりやや大きいサイズ)の堂々たる大きさなのです。それが大正期の再版は、装丁は初版を踏襲しているものが多いながら、みな縮刷版。文庫本に近い大きさのコンパクト・サイズに変身してしまいます。




<佐々木マキが描く表紙>
団塊世代と並行するように漫画月刊誌『ガロ』が発刊されていたようだが・・・
その時代の大使は、お仕事の真っ最中であり、『ガロ』を見ずに過ごしてきたわけです。
今では佐々木マキという作家の展覧会まであるようですね。知らなかった。

佐々木


暇になった大使は、過去の空白を埋めるようにネットの海をさまよっているんですが(笑)・・・・
それにしても赤瀬川原平といい、佐々木マキといい、『ガロ』には本当に異能の持ち主がいたんですね。

(文字数制限により省略、全文はここ



<気になる絵本作家>
絵本を読むほど暇な大使ではないのですが・・・
絵と文章の双方をあつかうメディアとしての絵本が気になるのです。
ということで、気になるイラストレーターのなかから絵本作家を見てみましょう。



<百田尚樹さんの職人かたぎ>
本つくりに携わる人の全てに気をかける百田尚樹さんの弁を紹介します。
百田さんの職人かたぎが感じられますね♪

「テレビの世界では、どんなに面白い番組を作れたといっても、数字が悪ければ失敗なんです。本の世界も、同じだと思うんですよ。多くの人が喜ぶものを語らないとダメなんです。本というものは、“文化”でもありますが、ビジネスのひとつなんですよ。作家が書いた原稿を、編集者が受け取って、印刷所が紙を刷り、製本屋が本にして、取次会社が全国の書店に配る。そして、書店員が棚に並べて売る。本が売れるというのは、書店の棚にたどりつく過程に関わった、すべての人達がほんの少し潤うということです。そう考えるとね、利益を生み出すものを作るのが当たり前なんですよ。」

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