クールジャパンあれこれ2 ③

<クールジャパンあれこれ2>
最近は百家争鳴のようなクールジャパンについて集めてみました。
お役所主導の縄張り争いのような、経済優先の薄っぺらの文化政策は、叩きがいがあるんでしょうね。
クール

・だから日本はズレている
・政府主導のクール・ジャパン
・日本の「ソフトパワー」戦略
・「NARUTO―ナルト―」連載完結
・外国人のほうが実態がよく見える
・キャリーの威力はすごーい♪
・したたかなキャリーパミュパミュ
・日本文化って

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クールジャパンあれこれ1>目次
・クールジャパンと日本流
・「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか
・1番人気の日本
・官主導のクールジャパン
・クールジャパンのいかがわしさ
・村上隆さんへのインタビュー
・韓国の反応



<だから日本はズレている>
図書館に予約していた『だから日本はズレている』という新書をゲットしたが、五ヶ月半待たされたわけで・・・・
果たしてこれだけ待つと、新書の賞味期間が過ぎてしまうではないか?と心配されるわけです(笑)

新書のテーマが短期的視点で書かれることが増えているようだが・・・
半年後に生き残る新書の戦略とは何なのか?という読み方も面白そうである、いやホント。


【だから日本はズレている】
古市

古市憲寿著、新潮社、2014年刊

<「BOOK」データベース>より
リーダーなんていらないし、絆じゃ一つになれないし、ネットで世界は変わらないし、若者に革命は起こせない。迷走を続けるこの国を二十九歳の社会学者が冷静に分析。日本人が追い続ける「見果てぬ夢」の正体に迫る。
【目次】
「リーダー」なんていらない/「クール・ジャパン」を誰も知らない/「ポエム」じゃ国は変えられない/「テクノロジー」だけで未来は来ない/「ソーシャル」に期待しすぎるな/「就活カースト」からは逃れられない/「新社会人」の悪口を言うな/「ノマド」とはただの脱サラである/やっぱり「学歴」は大切だ/「若者」に社会は変えられない/闘わなくても「革命」は起こせる/このままでは「2040年の日本」はこうなる

<読む前の大使寸評>
斎藤環が古市憲寿のズレに注目しているが、団塊世代の「おじさん」として、それを見ているだけでは・・・
あかんのやろな~。

<図書館予約:(12/08予約、5/26受取)>

rakutenだから日本はズレている


今ではクール・ジャパンという用語も定着したが、使う人の思惑で一人一人のイメージが異なるクール・ジャパンを見てみましょう。
p40~48
<「クール・ジャパン」の誕生>
 「クール・ジャパン」という言葉がここまで普及したのは、それほど昔のことではない。ネタ元は1990年代に登場したイギリスの「クール・ブリタニア」だ。イギリスの持つ古臭いイメージを打破することが目的で、イギリスのような大国までもが国家のブランド戦略に乗り出したことが当時話題になった。

 もっとも、イギリスでクール・ブリタニアはちっとも普及せずに、数年で死語になった。一方の日本では、2005年頃から、村上隆などの現代アートを海外で展開する際などに用いられるようになり、2006年には『クール・ジャパン―世界が買いたがる日本』(祥伝社)という本も発売された。

 そして次第に、アニメやマンガ、映画、ファッションを中心とした日本のポップカルチャーを総称する際に「クール・ジャパン」の文字が躍るようになっていった。

 政府もこの動きを後追いした。民主党政権時代、経済産業省が2010年にクール・ジャパン室を開設、翌年には同省に生活文化創造産業課(通称クリエイティブ産業課)も設置された。

 クール・ジャパン政策は自民党政権にも受け継がれた。初代クール・ジャパン戦略担当大臣に任命された稲田朋美が、フランスで開かれたイベントでゴスロリファッションを披露、世間の温かい視線を浴びたことは記憶に新しい。

 当初はアニメやマンガといった「オタク」的な文化、渋谷の「かわいい」ファッションといったポップカルチャーを指して使われていたクール・ジャパンという用語だが、最近では日本食や伝統工芸までがその範疇に含まれるようになった。

(中略)

<出雲大社はクールじゃない?>
 クール・ジャパンに関しては2011年に「クール・ジャパン官民有識者会議」による提言も出されている。提言によれば、「世界は『つながりあった共同体』であるという気運も興って」おり、「日本人が本来持っていた精神性への原点回帰と新たな『進化』を遂げ」て、「日本ブランドの輝き」を取り戻すべきだという。

 そのためには和魂漢才や神仏習合など「二分法をこえる日本的創造性」といった「日本流の自覚」などが必用らしい。

 また、日本は「枕草子」などで「小さきもの」を尊ぶ文化があったから、「小ささと引き算の活用」で日本を伝えたいとか勝手な日本文化論がとうとうと語られる。本殿の高さが48メートルあったとされる出雲大社や、世界最大の陵墓である仁徳天皇陵を完全に無視した日本文化論で、関係各所からクレームが入らないか心配だ。

 それで肝心な結論はというと、地域を活性化する「クリエイティブ・タレント」を養成したり、世界中からクリエイティブな人を呼び込む「クリエイティブ・フォーラム」を開催したり、「新たなライフスタイルや産業の創造」が必用とのこと。

 立場の異なる複数の有識者が参加する会議の報告書が、抽象的になってしまうことは仕方ないとしても、あまりにも具体性にとぼしい。
 というか、何度読んでも一体「クール・ジャパン」が何なのかということさえもわからない。おそらく、会議の参加者、官僚、政治家の一人一人がイメージしている「クール・ジャパン」が違うのだ。

 日本のコンテンツを海外に輸出する話なのか、逆に観光客を日本に呼び込む話なのか、ただ「日本ってやっぱりすごいよね」って言い合いたいだけなのか、それによって結論はまるで変わってくるはずだ。なのにその前提が共有されていない。そりゃ、議論もまとまるわけがない。




<政府主導のクール・ジャパン>
日頃から政府主導のクール・ジャパンに疑問を呈する大使であるが・・・
そもそも、政府主導のクール・ジャパンとは如何なるものか?

経産省が感性価値創造イニシアティブなるものを唱えているので、nippon.comというサイトでじっくり見るとしよう。
(だいたい、感性価値創造イニシアティブという命名がお役人風であるが)


nippon.com文化が外交と経済に重要な役割を果たすときより
<新しいジャポニズムの輸出 文化外交のコンセプトと発信のための体制づくり>
 19世紀後半から1920年代までヨーロッパではフランスを中心にジャポニズムの時代と呼ばれた時代があった。
 フランスでは美術を出発点に日本の社会生活全般に高い関心が集まり、『Le Japon artistique(芸術の日本)』という雑誌も刊行された。とはいうもののジャポニズムの中心はやはり美術の分野であり、愛好者は一部のインテリが主で、その基礎には東洋異国趣味があった。19世紀前半に流行したオリエンタリズムの延長だった。

 今日の日本文化ブームはそれとは違う。若者を中心としたポップカルチャーの浸透を反映して、先ず底辺が拡大している。一部の人間の異国趣味を超えている。日本文化は世界でその普遍性を認められつつある文化である。
 ポップカルチャー愛好家の青年が真顔で、「日本にも伝統的な歴史と文化があることを最近改めて認識しました。勉強しようと思っています」と小生に言ったことがある。違う入り口で日本文化に親しむ人々がいて、確実に日本の理解者となっている。

 2008年から2011年にかけて、経産省の感性価値創造イニシアティブの一環として、海外主要都市で「日本デザイン展」が開かれた。
 パリではルーブル宮内の国立装飾博物館で開催され、大好評であった。漆、白磁醤油さし、土瓶、和風照明、筆ペン、箒、牛刀、扇子、座布団、トースター、ガラス、空気清浄器、西陣織クッションカバー、液晶テレビ、加湿器などが展示された。
 これらの日常生活品には機能性を兼ね備えた商品デザインの美しさがあった。いわば「用の美」と呼ぶにふさわしく、民芸に代表されるような日本的な美的感覚の特徴が一目瞭然としていたのである。

ナルト『NARUTO』のキャラクター

 すべての展示品は、「かげろう」「にしき」「たたずまい」「きめ」、「もったい」「かろやか」「もてなし」「むすび」、「おる」「しつらえる」「しなる」「はぶく」といった表情、心、動作を表す和言葉の具体的表現によって分類され配置されていた。

 コンセプトの説明と商品のデザインが見事に結びついて日本文化のコンセプトが容易にイメージできた。それらは日本的な「やさしさ」「柔軟さ」「自然との調和」「慎ましやかさ」「平穏」を伝えていた。

 実はこれらは伝統文化だけに表れているものではない。マンガの中でもそうしたイメージを十分に伝えているものがある。人気マンガ『NARUTO』には少年忍者がさまざまな青春期の経験を通じて成長していく様子が描かれているが、そこには友情や連帯などがきわめて日本的な情緒の中で伝えられている。これは普遍の中に日本の精神的風土が見事に溶け込んだ成功例と言える。こうしたコンセプトづくりは今後の日本の文化外交の方向性の重要なひとつである。


ふんふん、和言葉に結びつけた商品のデザインか・・・格調高いコンセプトではある。
「日本デザイン展」開催を企画してくれるのは良しとしても・・・
『NARUTO』など勝ち馬を讃えるだけなら、猿でもできるのではないか、と思うのである。

『NARUTO』は成功例だけど、経産省はその『NARUTO』にどれだけサポートしてくれたのか?
それよりも、アナ雪などディズニー映画に蹂躙される前に、国内のアニメ産業にどれだけサポートしてくれたかを知りたいのである。

先日、ジブリの窮状を「日米アニメ戦争が始まる」で紹介したが・・・
ディズニー映画の躍進を指をくわえて見てるだけじゃ・・・あかんで。



<日本の「ソフトパワー」戦略>
アメリカの大学教授が日本の「ソフトパワー」戦略に疑問を呈しています。
nippon.comというサイトから、その箇所を紹介します。


2015.02.10日本のアニメ、“ソフトパワー”としての実力を問うより
 アニメ、マンガは近年、日本の「ソフトパワー」戦略の一環で注目されている。だが、外交政策としての “クールジャパン” の効力に対して、米プリンストン大学のレーニ―教授は大きな疑問を投げかける。

 日米両国において、ポップカルチャーを通じて、自国の明確で一貫した価値観がわかりやく他国民に伝わり、受け入れられるという思い込みがあるが、それはあらゆる面で間違っている。そもそも価値観がそんなに明確になるわけがないし、しかも政府が期待するような形で、米国・日本発の文化を理解して敬意を表するなどあり得ない。

まったく、身もフタもない物言いであるが・・・
お役所主導のクール・ジャパンのピント外れを正す、正論なのかもね♪

一方、アナ雪や東京ディズニーランド、大阪USJは好調のようです。
ご愁傷さまというか、日本人の審美眼も狂ってきたんじゃないか?



<「NARUTO―ナルト―」連載完結>
ナルトを読んできたわけではないが、15年もの長期連載が完結したようです。
クールジャパンの現状を朝日デジタルに見てみましょう。
ナルト


11/11クールジャパン、世界に渦 「NARUTO―ナルト―」連載完結より
■ネット時代、草の根で広がり @中国
 中国のネット通販の人気サイト「淘宝網」。日本からアニメの有名声優が訪れるイベントのチケットが売り出されると、購入希望が殺到する。会場が上海なら、400元(約7500円)の600席が、1時間足らずで売り切れる。

 仕掛けるのは、日本のアニメやマンガの愛好サークル「次世代動漫社」。中国一の名門として知られる清華大学で1999年に発足した。

 声優を呼ぶ試みを始めたのが元会長の于智為(ユイチーウェイ)さん(33)。小学生の時に家にやって来たテレビで、日本の「一休さん」を見て育った世代だ。「次世代」の会員数は今や、600人に達する。

 その中国の愛好家たちの間でも「NARUTO―ナルト―」は別格の存在だ。先月、連載の終了が告げられた際は、ネットに「青春が終わった」と惜しむ書き込みがあふれた。中国国内で翻訳出版されたマンガの販売数は750万冊を超え、動画配信サイトでのアニメの再生回数は1週間で2千万回以上にも達する。

 日中関係の悪化もあり、中国の地上波で日本のアニメはほとんど放送されていない。ただ、于さんは「ネットもあり、僕らの時代よりはるかに恵まれている」と話す。日本ファンは「草の根」で広がっていくと楽観的だ。(北京=斎藤徳彦)

■日本政府の支え「弱い」 @フランス
 「NARUTO―ナルト―」の人気は欧州でも高い。とりわけフランスでは関連本も含めた売り上げが1700万部にのぼる。「友情や自分探しといったフランス人が好きな要素が詰まっている」という。

 日本のマンガやアニメが広がったのは1980年代から90年代。仏語圏のマンガ、バンドデシネ(BD)の大御所が他界。テレビの多チャンネル化もあって、日本に目が向いたという。子どもたちは、「日本かどうか」を意識せずに、ドラゴンボールやセーラームーンとともに育った。

 日本通のジャーナリスト、クロード・ルブラン氏(50)は「マンガやアニメで育った子どもたちは親となる年齢になり、いまは第2世代。もっと日本を知りたいという人が増えている」と話す。「始業前にそろって体操をしてから働き」「新幹線などのテクノロジーがある国」といったステレオタイプな日本のイメージを打ち破る好機だとみる。

 ただ、「『クールジャパン』というわりには政府の支えがいまひとつだ」。日本語を教える態勢や、良い作品が多い映画産業などの後押しが弱いという。「(同じアジアの)中国や韓国の積極性を考えると、時間がたっぷりあるわけではない」(パリ=青田秀樹)

■情熱、「海賊版」も生む @アメリカ
 「北米の日本アニメ市場に最も貢献したのが『ドラゴンボール』なら、マンガ市場を刺激したのは『NARUTO―ナルト―』。この作品でマンガを読み始めた人も多く、魅力的なキャラと優れた世界観でファンに影響を与えた」

 そう語るのは「ビズメディア」で「SHONEN JUMP」編集長を務めるアンディ・ナカタニ氏。ビズ社は小学館や集英社などが出資、サンフランシスコを拠点にマンガやアニメの販売を手がける。

 「SHONEN JUMP」は「週刊少年ジャンプ」の英語版で02年11月創刊。当初は紙の月刊誌だったが、12年初めに週刊のデジタル版に移行した。日本で月曜発売の「ジャンプ」作品の英語版をアメリカ西海岸の月曜朝に配信。時差はあるが、ほぼ同時だ。

 「アメリカは広いので印刷時間や各州への配本に時間がかかる」ことに加え、「スキャンレーション対策も理由の一つ」だという。スキャンレーションは、スキャンしたマンガ作品の吹き出しに英語のセリフを入れてネット上で公開するもので、「ファンの情熱が生み出す海賊版」だ。

 もてはやされるクールジャパンだが、古くて新しい問題は今も続いている。(竹端直樹)

■ビジネス展開、まだまだ余地
 日本マンガやアニメはなぜ世界に受け入れられたのか。
 フランスで「NARUTO―ナルト―」の翻訳に携わるセバスチャン・ビジニ氏は、「エキゾチックな部分や技術の高さに加え、ストーリーの端々に道徳心が垣間見えることが大きい」と話す。

 フランスでは「ロード・オブ・ザ・リング」など、アメリカのファンタジー映画も大ヒットする。「類似点は、正義や道徳観がふんだんに含まれること。我々が本来求める“純粋な道徳を目にする貴重な機会”は、日本のアニメやマンガにも存在しています」

 アメリカにおけるクールジャパンの歩みは、ファンが好きなアニメ作品のコピー「ファンサブ」(ファンがサブタイトル=字幕をつけた映像)を交換し始めた80年代に始まったと言われる。技術の進歩でインターネット上のファンサブも増加。マンガのスキャンレーションも横行し始める。経済的見返りを求めないファンの熱意が人気を広げ、正規ビジネスにつながった。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)のイアン・コンドリー教授は「日本の文化産業は、ハリウッド映画やアメリカのテレビとは違うビジネスモデルで成功した。テクノロジーが著作権管理に挑戦する時代には、管理より参加が重要だ」と分析する。

 経済産業省時代にクールジャパン政策の立案に関わった三原龍太郎氏は、マンガもアニメも日本側が「押し込んだ(プッシュ)」のではなく、インターネットを媒介としてファンに「引っ張り込まれた(プル)」ことによって広がったと見る。「企業がビジネスとして海外市場に出て行かないのに、ネットで(海賊版を)見ているファンは最新情報に詳しい。そういう構図は世界共通です」。今後は出版社やアニメ会社も国際ビジネスの経験者をそろえ、海外のビジネスパートナーとの連携や流通インフラを広げていくべきだと指摘する。

 世界に広がったクールジャパンの渦だが、実はまだ始まったばかり。戦略と努力次第で、さらに大きな波になる可能性を秘めている。(竹端直樹)

■クールジャパンの歩み
<1960年代>
 「鉄腕アトム」「マッハGoGoGo」が米国で放送され人気に(「マッハ」は2008年にハリウッドが実写映画化)
<1970年代>
 「UFOロボ グレンダイザー」「キャンディ・キャンディ」がフランスはじめヨーロッパで人気に
<1980年代>
 「ドラえもん」アジア・欧州で人気に
 「DRAGON BALL(ドラゴンボール)」世界的ヒット
<1990年代>
 「美少女戦士セーラームーン」世界的ヒット
<1996年>
 「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」が米ビルボード誌ビデオチャートで1位に
<1999年>
 「ポケットモンスター ミュウツーの逆襲」が邦画初の週間興行収入全米1位に
<2002年>
 「千と千尋の神隠し」がベルリン国際映画祭で金熊賞(世界3大映画祭で最高賞を得た初のアニメに)
 アメリカで「SHONEN JUMP」創刊
<2003年>
 「千と千尋の神隠し」が米アカデミー賞長編アニメ賞
<2006年>
 ナルト、ニューズウィーク日本版の「世界が尊敬する日本人100」に選出
<2009年>
 スイスのロカルノ国際映画祭で大規模な日本アニメ特集「マンガインパクト」開催
<2010年>
 集英社がトルコ・イスタンブールでマンガ展「ディスカバー・マンガ 少年ジャンプの世界」開催




<外国人のほうが実態がよく見える>
お役所主導のクールジャパンがさっぱり機能しないが・・・
灯台元暗しに陥っているのではないか?

日本の伝統工芸について、イギリス金融マンがチャレンジしているので、ご意見を聞いてみましょう。


10/31日本の伝統工芸を改革するイギリス金融マンより
<職人の世界は聖地だと思っていたが……>
「長く金融の世界で戦ってきたこともあり、前職のゴールドマン・サックスを辞めた時には、3年くらい休もうと思っていました。そこで出会ったのが、小西美術工芸の先代社長。経営的に厳しい状況だっただけでなく、話を聞いていくうちに、現場の職人が置かれている環境もおかしいのでは?と思うことがありました。そこで、今まで金融の世界で戦ってきた人間としてできることがあるんじゃないかと思い、関わり始めたのです。そして、先代社長と話し、私が社長となって経営を引き継ぐことになったのです」

 アトキンソンさんは、最初から日本の伝統技術に関わる仕事に就いていたわけではありません。日本で長く銀行セクターのトップアナリストとして活躍していました。1990~2000年代にかけて、不良債権問題に鋭く切り込んだアナリストとしてアトキンソンさんの名前を知っている人も多いかもしれません。

 そんなアトキンソンさんがこの業界に入ったきっかけは、裏千家から茶名を受けるまで茶道に造詣が深く、日本文化に強い興味があったということと、偶然、軽井沢の別荘の隣に小西美術工芸の先代社長が住んでいたことでした。そして、アトキンソンさんも当初は、日本の伝統を守る老舗企業ととらえ、職人の高い意識と技術を期待して社長になったのです。

「職人の世界は聖地だと思っていました。しかし、自分が経営者として参画した時には、小西美術工芸は業界最大手にも関わらず、経営から品質までさまざまな問題がありました。だから、自分が必要とされたのだと思います。そして、自分が改革しようとした時には、特に年配の職人からものすごい反発がありました。国の予算がないから、業界が疲弊している。いい仕事をしても、でたらめな仕事をしても同じ給料をもらえるし、誰も見ていない。いい仕事をしても無駄だ、だから手抜きでいいという風潮もあったのです」

 小西美術工芸は1636年創業で、日光東照宮を作った際に全国から集まった職人の中から、日光に残った職人が設立した会社です。現在では全国の建造物漆塗のシェア40%を占める文化財修復業の最大手となっています。そんな会社であっても、アトキンソンさんが来た当初は、手抜き工事があったわけです。 

 私たちは、無意識に伝統の老舗企業で手抜きなどあるわけないと考えてしまいがちです。日本の伝統工芸の職人と聞くと、どうしても意識が高く崇高なものと見てしまいます。もちろん、意識も技術も高い人は大勢いるのは事実でしょう。一方で、全部が全部そうだと決めつけるのは、間違っています。

 これは伝統工芸を保護・支援する政策という点からも、モラルハザードを生む可能性があることを示唆しています。支援する主体(文化庁など)が専門知識を有し、伝統工芸の価値を評価する明確な基準がなければ、伝統工芸をひとくくりにして、補助金を提供していくしかありません。

 しかし、その結果、何とか新しい価値を作り出そうと努力している伝統工芸も、そうではなく単にフリーライドしている伝統工芸も、すべて支援の対象として一緒くたに含まれてしまう。それが本来、予算対効果が高い伝統工芸にきちんとした予算が行き渡らないという結果を生むことになるのです。

「文化財を残していって、その技術を伝えていくためにはどうしても予算が必要ですが、日本全国の国宝、重要文化財として指定されている建造物修理予算はたったの81.5億円です。この限られた予算が、手抜きを作ったという現実もあります。職人を雇って、育てて、素晴らしい仕事をさせるには、私はこの予算を200億円に増やす必要があると分析しています。経済効果を見れば、公共投資の中で大した金額ではないし、伊勢神宮や出雲大社の式年遷宮の経済効果を考えると、公共投資の優等生だと思います」

 一方で、そもそも伝統工芸で「残すべきもの」「残さないもの」を単純に線引きするということ自体がとても難しいことだとアトキンソンさんは指摘します。

「どこまでが伝統工芸になって、どこまでが伝統工芸でないのか。ちょんまげは残ってませんよね? 平安時代に革靴を作っていた人は間違いなくいましたが、今はいません。伝統工芸とは、現代社会で否定されている技術として定義されているから、伝統工芸として守るべきものになっているわけですよね。漆はジャパニーズペンキで、西洋からペンキがやってくるまで一般的に使われていました。それまでは普通のいわゆるペンキだったわけです」

 ここに、伝統工芸のお客様とはいったい誰なのか?という問いが生まれます。アトキンソンさんが言うとおり、もし伝統工芸とは現代社会で否定された技術であるとするならば、そこには一般のお客様はほとんどいません。

 一般のお客様不在で、技術を残すことが目的化された場合、お客様は技術自体=職人であるという矛盾をはらむことになるのです。国の補助金などで保護・支援されている場合にはなおさらです。

 そして、一度保護されることが決まってしまえば、一般のお客様がいないため、然るべき評価をされない、だから努力しなくなってしまう可能性があるのです。いずれにしても、何らかの評価軸を持たなければ、現場から努力するインセンティブが奪われてしまうことになります。

<「若い後継者がいない」は本当か?>
 アトキンソンさんが経営者として小西美術工芸に来た際に、最初に改革したのは、現場の責任者を年配の職人から若い職人へと変えたことです。

「年配の職人には親方を外れてもらい、工房に行ってもらいました。漆塗の現場は外仕事なので体力が重要ということもあります。やはり年配の職人は力が衰えている。人によっては情熱も冷めていますので、仕事の質が下がる傾向もあります。だから、40代の職人に現場の責任者になってもらいました。すると、同じ人が作ったものかと驚くくらい、品質が変わったのです」

 また、全体の4割を占めていた非正規雇用の職人を、全員正社員に変えました。さらに、若い人に責任を持たせ、現場で働く職人さんの給与を少しずつ上げていきました。すると、手抜きが減って品質が上がっただけでなく、利益も増えたのです。きちんと現場での経営改革を進め、現場が出している付加価値に合わせて評価を行うだけで、設備投資や研修、若い人を雇うのに必要な、まっとうな利益を出るようになったのです。

 この流れを10年、20年と継続していくためには、若い人を採用し、技術を継承していくことが必要になりますが、伝統工芸の世界で最も挙げられる問題点は、若い後継者がいないことです。しかし、これについてもアトキンソンさんは、経営的な問題ではあるが、実際に起きていることは違うと指摘します。

「伝統工芸に興味を持つ若い後継者がいない、というのは幻想です。それは自分の立場を強くしようとしている年配の人が言っている言葉だと思います。やりたい若い人はいるのですが、予算が増えない中、寿命も延びて、現役が強いので、なかなか席が空かない。それと、業界として然るべき採用活動をしていない。この業界で幅広く、工夫して、採用求人を出しているのは私たちの会社だけだと思います。求人を出すと若い人の応募はかなりありますよ。それが事実なのです。後継者がいないのは本人たちの問題も大きいのではないでしょうか?」




<キャリーの威力はすごーい♪>
キャリーの威力はすごーい♪ですね。
やっぱり、官主導の柔なクール・ジャパンとは別行動だったのが良かったのかも。
何事も、他人をあてにせず、自己責任で、がんばらなくっちゃね。

そのあたりを、日経ビジネスの記事に見て見ましょう。

7/14「きゃりーは日本民族の誇り」、ワーナー会長が語る快挙より
キャリー
 
 CDの世界展開は、デジタル音楽配信とはわけが違う。世界3大メジャーレーベルの1つ、米ワーナー・ミュージック・グループが、きゃりーを世界規模のアーティストとして認めた証左。この事態は日本の音楽産業にとって、いかほどのことなのか。ワーナーミュージック・ジャパンの石坂名誉会長はこう評した。

<「各国が価値を認めている」>
 「海外への日本のポップアーティストの進出というのは、歴史が長いんですよ。でも従来、ビジネス上の成功例はない。失敗例ばっかりですね。成功の基準は損益がプラスになること。従来はマイナス分をレコード会社が補填するというような形態が多かった」

 「私自身、1970年代からアーティストの海外進出に挑戦してきました。携わったのは、サディスティック・ミカ・バンド、クリエイション、それからフラワー・トラベリン・バンドがちょっと。海外でのライブはお客が入るが、しかし、リリース物(CD)が成功するというところまでは至っていない」

 「その意味において、きゃりーぱみゅぱみゅの15カ国・地域で同時期発売というのは、すごいことなんですね。現地の人気アーティストと同じ扱いということ。単なる輸入盤ではないと。それは、各国の現地のレコード会社が価値を認めている証拠なんですよ」

 「アジアと北南米、欧州で同じ素材を同時期に発売して世に問うというのは、私の知る限りではクラシックを除いて初めて。その登場の仕方も音楽性も意外でしたが、恐らく誰もここまで来ると予測していなかったのではないか」

<3年前から地道なプロモーション活動>
 きゃりーは3年前から着実に階段を登ってきた。

 2011年7月、「PONPONPON」が世界23カ国の「iTunes Store」で配信されると、いきなりフィンランドとベルギーのiTunesエレクトロニックチャートで1位を獲得。動画サイト「YouTube」にアップされたプロモーションビデオの再生数は一気に5000万件を超えた。うち、約6割が海外からのアクセスだったという。
 その後、2つのアルバムが世界111カ国でデジタル配信され、1stアルバムは米国・フランス・ベルギーで、2ndアルバムは香港・台湾・マレーシア・シンガポール各国のiTunesエレクトロチャートで1位を記録。昨年は、ライブで世界をまわる初のワールドツアーにも挑戦した。




<したたかなキャリーパミュパミュ>
(文字数制限により省略、全文はここ



<きゃりーの世界>
NHKの深夜番組「紅白直前SPアンコール」で、きゃりーぱみゅぱみゅを見たけど、衝撃的であった(大使、遅れてるで)

きゃりー

(文字数制限により省略、全文はここ



<日本文化って>
クールジャパンで喧しい昨今であるが、お役所の食いものなのか、クリエーターの味方なのか?・・・立場が違えばまったく別の顔が見えるクールジャパンである。
そもそも、日本文化って何?

本屋で與那覇先生の『日本人はなぜ存在するか』という本を見かけたので、中も確かめずに購入したのです。(事前に書評を読んでいたもんで)

で、ラジカルな與那覇先生の説く日本文化のあたりを紹介します。

<「文化になる」のはいいことか?>p102~104より 
 あるものが「文化」と認定されるのは、本当に喜ぶべきことなのでしょうか・

 この問題をカルチュラル・スタディーズでは「有標」と「無標」という対概念で分析します。実はあるものを「どこそこの文化」と呼ぶのは、それを文化というラベルによって「有標化」する営為なのですね。たとえば西洋人が「畳は日本の文化だ」というときには、「フローリングの方が普通だけど」という価値基準がセットになっている。この場合、あまりにも標準的なのでむしろ文化と呼ばれない、フローリング=西洋風の暮らしの方が「無標」です。

 つまり文化として認定される=有標化されることは、「スタンダードではない特殊なもの」として、世界の中心から一段下がった価値づけをされることと表裏一体なのですね。あらゆる現象において、中心的な地位を占めるものはつねに無標であり、周縁に位置づけられるものの方が有標です。

たとえばヒップホップを「黒人音楽」と言っても、ベートーベンは「白人音楽」とは呼ばれない。女性の著述家を「女流作家」と言うのに、男性の物書きは「男流作家」ではなく、単に「作家」。チャイナドレスやチマチョゴリは「アジアの民族衣装」なのに、スーツにネクタイは「欧米の民族衣装」ではなく、「普通の格好」と言われます。

 渡辺氏が宝塚の変遷を描く際に「東京帝国主義」という言葉を用いたのは、まさにこのような問題を意識するがゆえでした。一国の内部では、その首都がしばしば無標のものとして中心にあり、地方の方が有標化されているからこそ、「地方文化」や「地域の個性」を求められる。それは、世界全体の構造の縮図なのです。

 特に近代においては、西洋・白人・男性の価値観が無標のスタンダードとして中心の位置を占め、それ以外のものが「民族文化」のように有標化されてきました。実際、国内ではフレンチ・レビューを導入して以降の宝塚歌劇団も、欧米での公演ではむしろ、「日本的な」な歌舞伎風な作品を上演しています。海外での彼女たちは、欧米人と同様の「普通のミュージカル」を演じる存在ではなく、「日本の劇団」という有標化されたブランドにすぎなかったからです。同じことは、昨今のクールジャパン現象についてもあてはまるでしょう。

 近代という時代において、欧米から見れば日本はつねに、有標の存在でした。本書の後半ではまず、世界で日本がどのように「見られてきたか」を振り返るところから、議論を始めたいと思います。


なるほど・・・中華文明に対する反発、東京に対する関西のコンプレックスなどを考える上で、おおいに啓蒙される与那覇先生の講釈でした♪


朝日デジタルの書評がこの本を取り上げていたので、紹介します。

日本人はなぜ存在するかより
日本人

<歴史の見方の「殻」を破る:原真人(本社編集委員) >
 通説にとらわれない新鮮な日本史観を提示してきた気鋭の歴史学者が、こんども多くの読者が興味をそそられるであろう「日本人とは何か」というテーマに迫った。ありがちな日本人論を想定して読むと、その先入観はことごとくひっくり返されるだろう。

 まずは「集団主義的な日本人」というイメージ、「日本の伝統文化の起源は奈良や京都」といった常識を次々と覆す。それも心理学や社会学、文化人類学などの研究手法をあの手この手で駆使してだ。

 過去に「本当の日本人」を見つけに行っても見つかるわけがない、最初から実在していないのだから、と著者は言う。では“日本人”とは何か。著者が探ろうと試みるのはそれが存在するかのごとく人々を信じさせた「物語」がどうやって生まれたか、だ。
 まるで哲学入門を読んでいる気分にさせられる本だ。そうか、歴史をたどるとは哲学的な作業だったのだ。歴史の見方の殻をまた一つ破ってくれた。與那覇潤、恐るべし。
    ◇

『日本人はなぜ存在するか』與那覇潤著、集英社インターナショナル、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
日本人は、日本民族は、日本史はどのように作られた?教養科目の人気講義が一冊の本に!
【目次】
1 入門編ー日本人論を考える(「日本人」は存在するか/「日本史」はなぜ間違えるか/「日本国籍」に根拠はあるか/「日本民族」とは誰のことか/「日本文化」は日本風か)/2 発展編ー日本人論で考える(「世界」は日本をどう見てきたか/「ジャパニメーション」は鳥獣戯画か/「物語」を信じられるか/「人間」の範囲はどこまでか/「正義」は定義できるか)


<読む前の大使寸評>
與那覇先生の日本人論とあれば、読まないといけないでしょうね♪

rakuten日本人はなぜ存在するか

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